« 2012年6月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年7月

2012年7月20日 (金)

名古屋グルメツアー4

Dscf6799_2 犬山から名古屋に戻ったときはもう午後一時をすぎていたが、矢場とん(やばとん)名鉄店はまだ行列が続いていた。みんなふだんは行列までして食事をとることはないというが、今回は名古屋独特のものを食べるという趣旨で、黙って並ぶ。
 当然ここへはミソかつを食べに来たのだが、ミソ味とソース味が両方食べられるという、わらじとんかつのハーフアンドハーフというのを頼んでみた。
 わらじと同じ大きさというボリュームが売り。肉は薄いが柔らかい。やっぱりミソの方がうまかった。

Dscf6797b Dscf6796

 この店は、昔からとんかつ屋として有名だ。名古屋出身の落語家三遊亭円丈は『名古屋人の真実』(朝日文庫、2006)という本に、子供の頃(昭和30年代)は、年に数回、この矢場とんで買ってくる串かつをおかずにして食べるのが最高のごちそうだったと書いている。

Photo
 この本には「名古屋式発想の公式 A+B=C」、というのがあって、AとBを足してCという新しい物にしてしまうのが、名古屋式だという。
   ミソ+うどん=ミソ煮込みうどん
   ミソ+かつ=ミソかつ
   ミソ+モツ焼き=どて焼き
   天ぷら+おむすび=天むす
   きんさん+ぎんさん=合わせて200歳
 最後の例はよくわからないが、食べ物については当たっている。あんかけスパゲッティもこの範疇だ。

 ミソかつの後、名古屋城か熱田神宮へ行って、夕方また何か食べようかとも思っていたのだが、還暦を何年か過ぎたわれらが老人旅行会は、犬山で暑い中けっこう歩いた疲れとミソかつのボリュームとに十分満足し、このあたりでそろそろお開きにしようということになり、大阪から参加した大音声のK教授(大学の先生をしている)、地元豊橋から来たI相場師(証券会社に勤めていた)とは名古屋駅で別れた。
 帰りの新幹線では名古屋式発想の天むすでビールを少々。うつらうつらしながら横浜へ戻った。

Dscf6801 Dscf6803

 円丈は上記の本で、名古屋三大みやげは、ういろう、きしめん、守口漬で、重い、安いがポイントだと言っている。
 わたしが買ったのは、きしめん伊勢の赤福。赤福は名古屋名物ではないが、これも重くて安い、そのうえ女性には人気がある。準名古屋名物に認定しておこう。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月18日 (水)

名古屋グルメツアー3

犬山城

 モーニングサービスの後は名古屋駅から名鉄電車犬山へ。
 子供会の遠足で行ったりした場所で、大人になってからも何度か行っているのだが、城の下に昔風の町の通りができているのは知らなかった。観光地としてがんばっているらしい。下右は、その通りにあった昔の商家。屋根が湾曲しているのがおもしろい。

Dscf6761 Dscf6757

 来る前は天気が心配だったが、ちょうど梅雨の晴れ間にあたって、青空が広がり、少し暑くなってきたが、風があるのでさわやかだ。

 犬山城は国宝で、ついこないだまで旧城主の成瀬家の私有財産だったことでも有名だ(今は財団法人の所有になっている)。その成瀬家というのは、尾張藩の初代藩主徳川義直に、徳川家康から、藩主の補佐に加えて、幕府へ謀反など起こさぬよう藩主の目付の役割もする御附家老(おつけがろう)としてつけられたのだという。だから通常の家老より格式も高く、こんな立派な城も持っていたわけである。

Dscf6771_2

 以前このブログに、八代将軍を選ぶとき、尾張は紀州の吉宗に出し抜かれたという話を書いた。(→将軍吉宗と尾張宗春) 
 このとき尾張藩の対応は非常にまずかったというか、御三家筆頭なのだから当然こちらに来るはずだと考えて、将軍になるための運動や工作は何もしていなかった。対して紀州はこの日に備えて尾張、水戸の様子を探り、老中などへの根回しも着々とすすめていた、という話で、大石慎三郎の『徳川吉宗とその時代』(中公文庫、1989)によって書いたのだが、ここのところに成瀬家も出てくるので、引用しておこう。

 吉宗が将軍後見に決まった三十日の夜、尾州藩邸では藩主継友をかこんで、御付家老の成瀬隼人正以下の重臣たちが集まり、人払いをして何かひそひそと話していたが、しばらくたつと成瀬隼人正が大声で二言、三言いったと思うと、不機嫌きわまりない顔をして荒々しく出ていってしまったという。このとき尾州藩邸奥深くで何が話されていたのかわからないが、このころ江戸市中で、
「尾張衆はこしぬけじゃ、尾張大根もくさってはくらわれぬ。岐阜あゆのすしおしつけられて、へぼ犬山の城主(成瀬隼人正)も、ここでは声が出ぬ」
などといわれているところをみると、尾州家の御付家老の成瀬隼人正が、あらかじめ紀州側の工作にとりこめられていて、そのためにまんまと将軍職を吉宗に持っていかれたのだ、というようなことがその夜の席で話題になり、隼人正が声を荒らげて席をたったのかもしれない。とにかくこのときの尾州継友側の立ち遅れは、なんとしても不自然すぎ、紀州側に内通して工作するものがあったとしなければ説明が付けにくいのである。(前掲書p27)

 はたして成瀬家老はぼんくらだったのか、吉宗に内通していたのか。
  内通していたとすれば、それは御付家老として、幕府のためには尾張継友より紀州吉宗の方が有益だと判断したんだろうか…というのは妄想の世界の話で、尾張人としては、成瀬がもっとしっかりしていてくれたら、というのが正直な感想である。

Dscf6769_2 Dscf6773_2

 子供の頃、わが家に古い短冊が飾ってあって、そこにこんな歌が書かれていたのを覚えている。「さやかにも」の「も」が「し」に見えた。

   犬山の城の白壁さやかにも映りて清し木曽川の水

 この歌は、四日市の興正寺の僧、天白光宣(読み方?てんぱく・こうせん?)の作という。
 雨が降ったばかりで、天守閣から見下ろす木曽川の水は水量豊かだが濁っていて、さやかに白壁が映っているふうでもなかった。しかしいい眺めである。

 城のすぐ近く、名鉄犬山ホテルの敷地内に有楽苑(うらくえん)という日本庭園があり、織田信長の実弟の織田有楽斎(うらくさい)茶室如庵(じょあん)がある。京都から移築したもので、これも国宝である。

Dscf6788 Dscf6792

 名古屋グルメには入らないかもしれないが、この苑の一郭でお菓子と抹茶をいただいた。いつも騒々しいこのグループとしては珍しい静寂のひとときであった。(ということにしておこう)

 東京の有楽町の地名はこの織田有楽斎の江戸屋敷があったことからきている。東京も大阪ももともとは愛知県の植民地みたいなものだった、とひそかに愛知県人は思っているのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年7月14日 (土)

名古屋グルメツアー2

Dscf6742  名古屋グルメツアー第二日は喫茶店のモーニングサービスから。豪華なモーニングサービスを食べたいという希望だったが、これは店によってずいぶん違うので地元の人に聞かなければわからない。街中より、車でないと行かれないような郊外の喫茶店がいいのだという。
 わざわざそこまで朝食には行かれない。ホテルの目の前のコメダ珈琲店へ行くことにした。これは名古屋を中心に展開されている喫茶店チェーンで、400店以上もあり、最近は首都圏にも進出しているらしい。
 ドトールやスターバックスなどとは違って、ゆったりとした座席で、新聞や週刊誌などがたくさん置いてある、昔ながらという感じのする喫茶店である。こういう雰囲気が再度流行るのかどうか、ちょっと注目している。
 モーニングサービスはトースト半分ととゆで卵だけで期待より少ないが、メニューには「小倉あん¥100」というのもある。これを二人でひとつあてとって、それぞれ「小倉トースト」にして食べた。これも名古屋メニューである。わたしは別メニューでとろうとしたのだが、あとはミニサラダだけでいいという。みんな歳のせいで食が細くなっているようだ。(ホテルのバイキングの朝食だったら、腹一杯になるまで食べたのではないかという疑問は残るが…)

Dscf6745_3 Dscf6744b

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月11日 (水)

名古屋グルメツアー

 7月7日、8日は学生時代の友人たちと名古屋へグルメツアーに行ってきた。
 以前から仲間うち最年長のI長老に「名古屋独特の食べ物を中心にB級グルメツアーをやろう」と言われていた。尾張の生まれで名古屋の高校を出ているわたしとしては特に珍しいものでもないので、あまり乗り気ではなかったが、K新幹事長の発案で暑気払いとして企画され、参加することになった。

Dscf6709_4 7日12時JR名古屋駅「金の時計」前集合。わたしが高校生の頃には集合の目印として「金の柱」「銀の柱」があった。「きんさん・ぎんさん」が有名になるより前の話である。名古屋は金や銀が好きなようだ。
 おおぜい人がいる。集合した東京人や横浜人は、この後地下街へ行っても地下鉄に乗っても人が多いと驚いていた。名古屋はよほどひなびた街だと思っていたらしい。

Dscf6711_3
 グルメツアーの第一弾は昼食に山本屋本店(名古屋駅前店)味噌煮込みうどん。わたしは大好きである。一口食べて「生煮えじゃないか」と言う声も出たが、これはこういう仕様であると説明した。それなりにみんな納得して食べたようである。この味は慣れると病みつきになるのだ。

Dscf6715 Dscf6713b

 この後、午後二時からナゴヤドーム中日DeNAの試合を一塁側で観戦。中日ファンはわたしだけなので、中日の応援というよりナゴヤドームを見に来たというところである。

Dscf6718 Dscf6728_2

 わたしの高校はこの近く、地図を見ると歩いて十分とかからないところにあるのだが、何しろ四十年以上前のことで、当時はドームもなければここまで来る地下鉄もなかった。ドームからまわりの街を見ても、昔を思い出すようなものはない。
 試合は珍しく中日が早い回に大量点をとった。今日は楽勝だ、早めに球場を出て名古屋城にでも行こうかと思っていたら、先発投手中田賢一が乱調で9-5まで追い上げられてしまい、結局八回まで見てしまった。写真はドアラのバック転である。結局9-5のまま中日勝利、名古屋城は割愛した。

Dscf6730 さて東急インに荷物を置いて、夕食はグルメ第二弾の鰻のひつまぶしの「いば昇(いばしょう)」へ行ってみると、土曜の夕方とあって行列ができている。
 ひつまぶしが名古屋の名物だというけれど、いつからそういうことになったのか。子供の頃、自宅の隣は魚屋で、土用丑の頃はいつも店頭で鰻を焼いていて、香ばしいうまそうなにおいがたまらなかった。当時、鰻は高い贅沢な食べ物だったけれど、あんなに細かく刻んで食べたりはしなかったと思う。始末屋の名古屋人が少量の鰻でたくさんご飯を食べよう、くずの鰻も全部食べようと開発したものではないかと疑っている。最近鰻が高騰しているそうだから、これから全国的に「ひつまぶし」が流行るかもしれない。

 いやいやそんなことを言っては老舗に失礼にあたる。とにかくみんなで行Dscf6732b_2列に並ぼう。並んでいる写真を見ると、みんなとても楽しそうである。四十年も前からのつきあいで、今でも会えばすぐ「おれ、おまえ」になって、「相変わらずバカだなあ」とか言葉は乱暴だが、昔に戻ってお互いに遠慮なしで話ができる。盛り上がるとはた迷惑なくらいにぎやかになる。まあ一名、大音声が混ざっていることもあるが。
 そしてひつまぶし、おいしく食べた。みんなにも好評であった。ここで俺はやっぱり鰻丼の方が好きだ、と言ってはいけない。

Dscf6733_2 Dscf6736b 

 この後、K機長が現役時代の常宿ホテルのあった伏見までぶらぶら歩いて、機長なじみのバーへ行こうとしたのだが、あいにく貸し切りでパーティをやっていて入れなかった。日本中飛び回っていたので、主要都市には常宿や常バー、常飲み屋があったらしい。うらやましい。
Dscf6740 しょうがない。洒落たイングリッシュ・バーはあきらめて、大衆居酒屋で手羽先を肴に一杯やった。
 ここは若い客で混んでいて、ともかくにぎやかというかうるさいというか、われらが大音声のK教授がいくらはしゃいでも目立たないくらいだった。そして安かった。

 名古屋第一日は、ホテルへ戻って、少しだけ飲んでおしまい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 6日 (金)

『瑞巴記』できました

ここに書いていたスイスとパリの旅行記をようやくひとつにまとめました。スイス(瑞西)とパリ(巴里)なので「瑞巴記(すいぱき)」です。

Photo_5

   ひとつにまとめたらファイルがとても大きくなって、このブログではリンクできませんでした。それでなむや文庫のホームページに『瑞巴記』の頁を追加しました。
 次のURLをクリックして、そちらからダウンロードしてご覧ください。→

http://homepage2.nifty.com/namuyabunko/swissparis.html

 

 これも電子書籍と言っていいのか。二百頁あるので、ダウンロードに少し時間がかかります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 4日 (水)

sp48 スイス本リスト

 書きっぱなしでブログのあちこちに散らばっているスイスとパリの旅行の話をまとめることにして、手始めにブログにとりあげたスイスの本のリストを作ってみました(一部ちがうものもありますが)。
 一般書ばかり、すぐ手に入る本ばかりです。

写真

 著 者 名
 題    名

出版社
刊行年

ブログ

1

T_6

ゴットフリート・ケラー

岩波文庫、1952

スイス本メモ

グライフェン湖の代官

2

T_7

シラー

岩波文庫、1957改版

スイス本メモ

ヴィルヘルム・テル

3

Photo

シラー

レクラム文庫

スイス本メモ

sp04 バーゼル観光

Wilhelm Tell

4

T_8

新田次郎

新潮文庫、2004改版

スイス本メモ 2

sp13 『アルプス登攀記』

アルプスの谷 アルプスの村

5

T_9

新田次郎

新潮文庫、1978

スイス本メモ 2

アイガー北壁・気象遭難

6

Photo_4

トレヴェニアン

河出文庫、1985

スイス本メモ 3

アイガー・サンクション

7

Dvd

クリント・イーストウッド監督

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン

スイス本メモ 3

(DVD)
 
アイガー・サンクション

8

Photo_5

ヨハンナ・シュピリ

角川文庫、2006改版

スイス本メモ 4

sp30 マイエンフェルト

アルプスの少女ハイジ

9

Heidi

Johanna Spyri

Puffin Classics

スイス本メモ 4

sp30 マイエンフェルト

Heidi

10

Photo_6

新井満・新井紀子

講談社文庫、2007 

スイス本メモ 4

sp30 マイエンフェルト

ハイジ紀行

11

T_10

福原直樹

新潮新書、2004

スイス本メモ5

黒いスイス

12

T_11

森田安一

 中公新書、2000

スイス本メモ5

物語スイスの歴史

13

T_12

池田光雅

 晶文社、1993

スイス本メモ5

 

スイス・アルプス旅の宿

14

T_13

八木あき子

新潮社、1980

スイス本メモ5

二十世紀の迷信 理想国家スイス

15

Photo_8

土田陽介

リブロポート、1993

スイス本メモ5

 

スイス・ホテル案内

16

T_14

トラベルジャーナル

トラベルジャーナル、1997

スイス本メモ5

 

ヨーロッパ・カルチャーガイド スイス 小さな国のひそかな楽しみ

17

Jtbt

JTB

JTBパブリッシング、2006

スイス本メモ5

 

ワールドガイド スイス

18

T_15

エドワード・ウィンパー

講談社学術文庫、1998

sp13 『アルプス登攀記』

アルプス登攀記

19

Photo_10

P・アードマン

新潮文庫、1993

sp18 ベルン観光

暗号名スイス・アカウント

20

T_17

国松孝次

角川書店、2003

sp31 スイスの共同体

スイス探訪

21

T_18

犬養道子

中公文庫、1983

sp09 ツェルマットの町

sp31 スイスの共同体

私のスイス

22

T_16

笹本駿二

岩波新書、1991

sp31 スイスの共同体

私のスイス案内

23

Photo_9

笹本駿二

岩波新書、1988

 ブログには出てこない

スイスを愛した人びと

24

Photo_11

Photo_12

ウンベルト・エーコ

東京創元社、1990

sp25 ザンクトガレン修道院

スイス本ではないが…

薔薇の名前(上・下)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月 2日 (月)

J39 福沢諭吉の開口笑話2

 『福沢諭吉の開口笑話』からの続き。
 最初が英文、次が明治時代の訳、その次が現代語訳なのは前と同じ。
 

A NEW COOK-BOOK WANTED.

Wife―I've got a new cook-book.
Husband―Confound your cook-book. They are all alike. They tell you to take so much of this and so much of that, but they donn't tell how to get the money to buy the ingredients.

料理指南書の新作を望む

 私は子料理指南書の新作を買てきましたよ
 お前の持て居る料理の書(ほん)は悉皆(みんな)役に立たないよ何れもゝゝ同じことが書いてあるンだ何を幾何(いくら)、何を幾何交ぜろと書てあるけれど扨(さて)其交物(そのまぜもの)を買ふ銭を如何して儲けると云ふことは一切書てないワ

奥のその奥

 私、新しい料理の本、買ってきたのよ。
 ちぇっ! 料理の本! みんなおんなじだ。あれを何グラム、これを何グラムなんてことは書いちゃいるが、肝腎のその材料を買ってくる元手はどうして作るか、何も書いちゃいねえ。
(p266~267)

--------------------------------------------

"I see no good in his books." "I read them with considerable profit to myself." "You did?" "Yes. I was paid twenty five dollars for correcting the proof-sheets." ――Harper's Magazine.

私はあの人の著書を読んで何にも役に立つ所を見ませんでした
私は彼書(あれ)を読んで大(おほい)に利益を得ました
へゝーあなたは何か益(とく)した所がありましたか
左様、私は彼の書物(ほん)の校合をして二十五円儲けました

公正な得

 あの人の本を読んだけど、無駄だったね。
 私は読んでかなりの得を致しました。
 へえ、得をしたんですか。
 ええ、二十五ドルも。あの本の校正をしたもんですから。
(P274~275)

--------------------------------------------

AN EASY SOLUTION

A man who wanted to learn what professional he would have his son enter, put him in a room with a Bible, an apple, and a dollar bill. If he found him, when he returned,reading the Bible, he would make a clergyman out of him ; if eating the apple, a farmer, and if interested in the dollar bill, a banker. When he did return, he found the boy sitting on the Bible, with the dollar bill in his pocket, and the apple almost devoured. He made a politician of him.

容易なる決断

或人が其子を教育するに如何なる方向に導いて然る可きや其好む所、長する所を知るこそ要用なれとて一室に聖書(バイブル)と林檎と一円札とを置き室内に子を鎖じ込めて外出したるは留守中に其子が聖書を読みつゝあらんか以て僧と為す可し、林檎を食いつゝあらんか以て農と為す可し、若し又一円札を弄びつゝあらんか以て銀行者たらしむ可しと思案を定めたることなり扨親父がいよゝゝ帰り来りて室の戸を開き見れば彼の童子は聖書を尻の下に敷いて一円札を懐に捻込み林檎は殆んど食ひ尽してありければ是れは屈強なりとて政治家に仕込みたりとぞ

賢明な判定

 ある人が息子をどういう職業につかせたらいいか知りたいと思い、部屋に一冊の聖書と一個の林檎と一枚のドル紙幣を置いて、子を閉じ込めた。あとで戻って、もし子供が聖書を読んでたら牧師に、リンゴを食べてたらお百姓に、お札を手にしてたら銀行家にしようという考えであった。さて帰ってみると、息子は聖書を尻に敷き、お札をポケットにしまい込み、リンゴはあらかた平らげてしまっていた。そこでその人は、息子を政治家に仕立てた。
(p317~318)

 最後の「容易なる決断」の落ちは、前に紹介した「22 ユダヤのジョーク」では、「おお神様、この子はカトリックの神父になってしまいそうです」となっていた。

 本に関するジョークはこれだけだが、ついでにもうひとつ紹介しておこう。

YEARS LESS OBJECT THAN MONEY

Mr.Lazarus Goldstein― I love your daughter, and would like tomarry her.
Mr. Isidore Goldfogle― You may have her, my poy. Mit Rebecca, who is 18 years old, I give $5.000 ; mit Sarah who is 24, $10,000 ; mit Loweza, who is 30, $25,000. Vicn van do you vant?
Goldstein― Haven't you van about 40?

年齢(とし)より銭

花依団五郎(はなよりだんごろう) 私は貴家(あなた)のお娘子が懇望で御在まして何卒(どうか)御縁談を願ひます。
持丸屋(もちまるや)主人 夫れは御相談を致しませうお梅は十八歳で御在まして五千円やるつもりです、お竹は二十四歳で一万円、お松は三十で二万五千円やる積りですがあなたは何の娘を御所望で御在ます。
団五郎 貴家には四十歳位の御娘子はありませんか

多々ますます弁ず

ゴルトシュタイン氏 僕はお宅のお嬢さんに恋をしました。結婚したいと思うのですが。
ゴルトフォグル氏 いいですよ。レベッカなら十八、持参金として五千ドルやりますな。セアラは二十四、これには一万ドル、三十のラウザには二万五千ドルやるつもりじゃが、このうち誰と結婚したいのだね。
ゴルトシュタイン氏 伺いますが、お宅には四十歳ぐらいのお嬢さんはいらっしゃらないんで?
(P212~213) 

 英文の"poy"とか"Vich van"とかは間違いではなく、ちょっと訛っているところ。
 この落ちはわかりやすい。明治の訳は花依団五郎とか持丸屋とか名前の翻訳もおもしろく、味がある。

Photo これで『開口笑話』からの引用はおしまい。
 わたしが入手した本には見返しに飯沢匡の署名が入っていた。たまたまカバーで隠れていたせいか、価格にプレミアはついておらず、ちょと得した気分だった。

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年10月 »