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2012年7月11日 (水)

名古屋グルメツアー

 7月7日、8日は学生時代の友人たちと名古屋へグルメツアーに行ってきた。
 以前から仲間うち最年長のI長老に「名古屋独特の食べ物を中心にB級グルメツアーをやろう」と言われていた。尾張の生まれで名古屋の高校を出ているわたしとしては特に珍しいものでもないので、あまり乗り気ではなかったが、K新幹事長の発案で暑気払いとして企画され、参加することになった。

Dscf6709_4 7日12時JR名古屋駅「金の時計」前集合。わたしが高校生の頃には集合の目印として「金の柱」「銀の柱」があった。「きんさん・ぎんさん」が有名になるより前の話である。名古屋は金や銀が好きなようだ。
 おおぜい人がいる。集合した東京人や横浜人は、この後地下街へ行っても地下鉄に乗っても人が多いと驚いていた。名古屋はよほどひなびた街だと思っていたらしい。

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 グルメツアーの第一弾は昼食に山本屋本店(名古屋駅前店)味噌煮込みうどん。わたしは大好きである。一口食べて「生煮えじゃないか」と言う声も出たが、これはこういう仕様であると説明した。それなりにみんな納得して食べたようである。この味は慣れると病みつきになるのだ。

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 この後、午後二時からナゴヤドーム中日DeNAの試合を一塁側で観戦。中日ファンはわたしだけなので、中日の応援というよりナゴヤドームを見に来たというところである。

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 わたしの高校はこの近く、地図を見ると歩いて十分とかからないところにあるのだが、何しろ四十年以上前のことで、当時はドームもなければここまで来る地下鉄もなかった。ドームからまわりの街を見ても、昔を思い出すようなものはない。
 試合は珍しく中日が早い回に大量点をとった。今日は楽勝だ、早めに球場を出て名古屋城にでも行こうかと思っていたら、先発投手中田賢一が乱調で9-5まで追い上げられてしまい、結局八回まで見てしまった。写真はドアラのバック転である。結局9-5のまま中日勝利、名古屋城は割愛した。

Dscf6730 さて東急インに荷物を置いて、夕食はグルメ第二弾の鰻のひつまぶしの「いば昇(いばしょう)」へ行ってみると、土曜の夕方とあって行列ができている。
 ひつまぶしが名古屋の名物だというけれど、いつからそういうことになったのか。子供の頃、自宅の隣は魚屋で、土用丑の頃はいつも店頭で鰻を焼いていて、香ばしいうまそうなにおいがたまらなかった。当時、鰻は高い贅沢な食べ物だったけれど、あんなに細かく刻んで食べたりはしなかったと思う。始末屋の名古屋人が少量の鰻でたくさんご飯を食べよう、くずの鰻も全部食べようと開発したものではないかと疑っている。最近鰻が高騰しているそうだから、これから全国的に「ひつまぶし」が流行るかもしれない。

 いやいやそんなことを言っては老舗に失礼にあたる。とにかくみんなで行Dscf6732b_2列に並ぼう。並んでいる写真を見ると、みんなとても楽しそうである。四十年も前からのつきあいで、今でも会えばすぐ「おれ、おまえ」になって、「相変わらずバカだなあ」とか言葉は乱暴だが、昔に戻ってお互いに遠慮なしで話ができる。盛り上がるとはた迷惑なくらいにぎやかになる。まあ一名、大音声が混ざっていることもあるが。
 そしてひつまぶし、おいしく食べた。みんなにも好評であった。ここで俺はやっぱり鰻丼の方が好きだ、と言ってはいけない。

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 この後、K機長が現役時代の常宿ホテルのあった伏見までぶらぶら歩いて、機長なじみのバーへ行こうとしたのだが、あいにく貸し切りでパーティをやっていて入れなかった。日本中飛び回っていたので、主要都市には常宿や常バー、常飲み屋があったらしい。うらやましい。
Dscf6740 しょうがない。洒落たイングリッシュ・バーはあきらめて、大衆居酒屋で手羽先を肴に一杯やった。
 ここは若い客で混んでいて、ともかくにぎやかというかうるさいというか、われらが大音声のK教授がいくらはしゃいでも目立たないくらいだった。そして安かった。

 名古屋第一日は、ホテルへ戻って、少しだけ飲んでおしまい。

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