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2013年3月

2013年3月26日 (火)

甲子園ツアー1 遠軽がんばれ

 2013(平成25)年3月23日(土)、選抜高校野球大会に出場の北海道立遠軽(えんがる)高校を応援に甲子園球場まで行ってきました。学生時代の友人グループの現幹事長であるK君(以下K幹事長と呼ぶ)が遠軽高校の出身であることから、みんなで応援甲子園ツアーをやることになったものです。

Dscf7305 そもそもは遠軽高校が、2005年の夏に北北海道大会の決勝まで進んだときに始まります。半分冗談で、もし勝ったらみんなで甲子園ツアーをやろうと言っていたら、残念ながら敗れてしいました。、そうしたら翌年の夏も決勝に進み、またも敗れてしまいました。こうなると冗談からだんだん本気になってきます。
 その後、2011年、2012年もまったく同様に北北海道大会の決勝で負けてしまい、遠軽には縁もゆかりもないわたしたちも、次第にジリジリしてくるようになりました。それがようやく今回の選抜で21世紀枠で選ばれ、めでたく甲子園ツアー開催となりました。

Photo わたしたちの世代は子供の頃から野球に親しんでいて、高校野球にもそれなりの思い入れを持っています。グループの中には高校時代まで野球部で活躍した者もいます。
 しかし実際に甲子園に出場するのは簡単なことではありません。最近はわたしたちの時代よりもっと、私立の強豪校と一般の公立高校との実力差が開いているように思います。だからわたしたちそれぞれの母校が甲子園に出ることは、これまでほとんど考えられないことでした。
 そんな中で、がんばる一般校にも出場の機会を、と設けられた選抜の21世紀枠に、寒い北海道でがんばってきた遠軽高校が今回とうとう選ばれました。卒業生のK幹事長はもちろん、その他のわれわれも準関係者の心情で甲子園へ応援に行くことになりました。

 遠軽高校がどのくらいがんばったかというと、インターネットの毎日新聞のニュースサイトには、「記者の目:センバツ初出場・遠軽高校」という記事があります。記者は遠軽のOBで、2005年の夏に地区大会決勝で敗れたチームの主将だったそうです。一部引用します。

 野球部に入って最もつらかったのが極寒の真冬の練習だった。例年、10月下旬から雪が降る。冬の降雪量は400センチ以上になり、3月までグラウンドを使えない。実戦練習ができず、ボールに触る機会が極端に減る。室内練習場代わりの普通のビニールハウスで、ティー打撃をする。暖房設備は火力の弱いストーブだけで、寒さで手が痛み、ボールを芯で捉えなければ響く。マメが潰れ白い手袋を血で真っ赤に染め、バットを振り続けた。極寒の中、学校周辺を毎日走り込んだ。路面の凍結で転倒者が続出し、耳や指先が凍傷になった。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130130k0000m070135000c.html

 どうです。ちょっとじーんと来ますね。極寒のビニールハウスの中で練習です。これは応援するしかありません。

 一回戦、対するは福島県のいわき海星高校で、同じく21世紀枠の出場校です。
 試合中いわきのブラスバンドが、加山雄三の「海よ~ 俺の海よ~」という曲(「海 その愛」)をテーマソングのように何度も演奏していたので、野球の応援には珍しいなと思っていたら、この学校は水産高校だそうです。

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 試合は早いテンポでどんどん進行し、なんと三十五分くらいで五回が終わってしまいました。遠軽が少し押し気味ながら、どちらにも点が入りません。
 途中、突然わたしたちの席の近くに新党大地鈴木宗男氏があらわれ、後援者なのでしょうか、まわりの人と挨拶をしたり握手をしたり、ツーショットの写真を撮ったりしていました。
 K幹事長によれば、遠軽町は氏の選挙区ではないが、比例ブロックには含まれるそうです。政治家も大変です。なかなか人気があるようでした。

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 膠着状態が続き、これは先に点を取った方が勝ちになる、先手を取られると危ないぞという感じになってきました。六回裏遠軽は一死三塁のチャンスをつぶしてしまい、これは、とちょっと心配になりましたが、その後一気に三点を取り、そのまま逃げ切りました。バンザイ!バンザイ!バンザイ!

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 よろこびのK幹事長。
 応援グッズのジャンパー、帽子姿です。

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 なんと1時間16分という短い試合。これまでの最短記録は1時間15分で、史上二番目だそうです。八時半の開始だったから、球場の外へ出ても十時前。終わったら祝勝会と決めていたのに、まだモーニングサービスの時間帯です。
 阪神電車甲子園駅前、開いてる店を探して、十時に開店早々のダイエーへ飛び込み、地下のそば屋で祝杯を挙げました。朝の十時から団体で飲みに来た客に、店はこの人たちはいったいなんだと驚いたか、それとも朝から景気がいいと思ってくれたでしょうか。

 翌日の朝日新聞です。
 東日本大震災被災地の学校との対戦ですから、判官びいきは覚悟していました。予想どおり、いわき海星の記事が大半で、遠軽は下一段のみ。まあこれもいいでしょう。
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 遠軽の次の相手は昨年春夏連覇の大阪桐蔭です。勝てばこれ以上の見出しになることは間違いありません。K幹事長は再度応援に行く予定です。
 われわれ準関係者は、もし決勝戦まで進出したら、再度ツアーを組むことにします。

 がんばれ、遠軽高校!

(付録)
 最近人気の漫画『銀の匙』(荒川弘(ひろむ)、少年サンデー連載中)の舞台、北海道の大蝦夷農業高校にも野球部があって、主人公の友人がエースとしてがんばっています。うちの奥さんは遠軽高校野球部とイメージをダブらせているようです。
 ちょっと違うと思いますが、とてもおもしろい漫画です。一説によると、この漫画のおかげで農業高校進学希望者が増えているとか。ついでに紹介しておきます。

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(左はサンデーコミックス第6巻、右は第5巻より)

 

 
 

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2013年3月21日 (木)

干支動物の年賀状 酉戌亥子丑寅卯辰

 ブログをずっとさぼっていたら、ひょっとして身体でもこわしたんじゃないかと心配してくださる方がいらっしゃいました。ありがとうございます。単なる怠け癖のために、ご心配をかけて申しわけありません。身体の方は、冬ごもりしていたせいか、また腹回りが大きくなりましたが、元気にしております。
 歳のせいもあって、何か違うことを始めると、それまでやりかけてたことをすぐ忘れてしまいます。しばらくたつと、なんだかどうでもいいような気がして、そのままうっちゃってしまいます。これで一か月、二か月もたつと、今度は元に戻って続けるのが、なんだか恥ずかしいような気がしてきます。
 これではいけないのはわかっているのですが、なかなかあらたまりません。もともと気まぐれでやっていることですが、例えば週一回とか、自分にノルマを課して、もう少しやってみようかと、ときどきは思っておりますので、またよろしくお願いいたします。

 ということで、途中まで紹介してあった干支動物との実写年賀状の続きです。一気にいきます。

2005_5 2005(平成17)年 酉年
 南房総は三芳村(現南房総市)の自然食レストラン「百姓屋敷じろえむ」で、お願いして鶏を抱かせてもらいました。平飼いの鶏です。
 「じろえむ」というのは屋号で、「治郎右衛門」のこと。南房総ではよく「~えむ」という名前の店や民宿を見かけます。「まごえむ」は孫右衛門とか、みな「えむ」は「右衛門」らしい。
 でも、「ドラえもん」を「ドラえむ」とは言いません。

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 2006(平成18)年 戌年
 横須賀市追浜の知り合いのお寺で、飼い犬サクラを借りて撮影。
 これが一番簡単でした。

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 2007(平成19)年 亥年
 天城のいのしし村で撮りました。タイや北海道での写真はたまたま撮ってあったものだから、わざわざ撮りに行った中ではここが一番遠い。
 離れたところから撮るのは難しくて、あれこれ奥さんに文句を言って怒られました。

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 2008(平成20)年 子年
 これはハムスターを飼っているという知人宅(横浜市金沢区)まで押しかけて、撮らせてもらいました。ちょっと恥ずかしかった。

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 2009(平成21)年 丑年
 千葉県富津市のマザー牧場。乳搾りも体験してきました。牛は大きい。


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 2010年(平成22)年 寅年
 これは次男に撮ってもらいました。横浜のズーラシアで、虎との間にガラスがあります。他の客も大勢いたし、虎は動くし、これも難しかった。

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 2011(平成23)年 卯年
 横浜・石川町の猫カフェで撮りました。(→謹賀新年2011
 うさぎは卯年だけかと思っていたら、今でも「うさぎカフェ」を併設しているそうです。
  パソコン遠隔操作事件のニュースで東京の猫カフェが出てきたのには驚きました。

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 2012年(平成24)年 辰年
 竜は実在しないから、できればドラゴンズの選手か、朝青龍とのツーショットを思っていました。
 
 しかし10月に兄が亡くなり、とても年賀状を出す気分にはなれなかったので、欠礼しました。

 干支が一回りになるよう、代わりに12年前の2000年の年賀状を載せておきます。写真は1999年星野監督の下、ドラゴンズが優勝したときの記念缶ビールです。

 

  干支の動物と差出人との実写の年賀状というのも、そうそうはないだろう、と思って続けたのですが、受け取った人の評価はあまり高くなかったようで、「おもしろい」と言ってくれた人はほとんどいませんでした。残念でした。
 うちの奥さんにはカメラマンとして、いろいろご迷惑をおかけしました。どうもありがとうございました。今後こういう馬鹿なことはやりませんから。

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