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2013年4月 6日 (土)

甲子園ツアー2 布引の滝

 残念ながら遠軽高校は二回戦で大阪桐蔭に敗れました。11対1。はっきり実力に差があるようです。でも遠軽にはいい経験になったでしょう。今年の夏、今度は実力で甲子園に出場してくることを願っています。

 これ以降の文章、タイトルは「甲子園ツアー」となっていますが、遠軽とも甲子園とも関係ありません。せっかく甲子園まで行くんだからと、ついでにあちこち見てきた旅行メモになります。わたしの中では甲子園ツアーの一部なので、このタイトルでまとめます。

 3月23日の遠軽高校の試合は第一試合で、朝の八時半開始。当日横浜出発ではとても間に合わない。そこで前日、近辺に泊まろうということになり、グループ仲間で神戸在住のT勝負師が、前に勤務していた会社の、有馬温泉にある保養所を取ってくれた。T君は学生時代から麻雀、競馬などギャンブルが好きで、しかも強いので勝負師の敬称を奉っている。今は自分で会社を経営しているので、敬称はT社長と改めた方がいいかもしれない。ともかく敬称には「長」とか「師」とかいう、えらそうな字がつくことになっている。

布引の滝

 だから3月22日(金)、早めに横浜を出てきたわたしは、I長老と一緒に13時過ぎに新幹線の新神戸駅に降り立った。時間は十分あるから、六甲山の南側をケーブルカーで登って、北側をロープウェーで降りて有馬温泉へ行こうと相談がまとまった。観光案内所へバスの連絡など確認しに行ったら、なんと有馬六甲ロープウェーは、現在運転休止中だという。

Photo

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 しょうがないので新神戸駅から歩いてすぐだという布引(ぬのびき)の滝へ行ってみることにした。長老は前に行ったことがあり、なかなかのものだという。
 新幹線の駅からほんの五分も行かないうちに山道になり、ちょっとした渓谷の趣になってくる。なるほどおもしろい。

 さらに五分ばかり登ったところにまず高さ19mの雌滝(めんたき)があった。下の左の写真である。そこからさらに五分ほど登ると、右の写真の雄滝(おんたき)がある。同じ大きさで並べたので小さく見えるが、倍以上の高さで43mあるそうだ。滝壺からさらに落ちている二筋の滝が夫婦滝(めおとだき)である。言われたとおり、なかなかのものである。

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 滝の読み方と高さはこの看板による。
 「おだき・めだき」でなく。「おん」と「めん」で「おんたき・めんたき」か。なるほど関西である、とついつい感心してしまう。

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 「この布引の滝は、那智の滝、華厳の滝と並んで、我が国の三大神滝(しんたき)といわれています。それだけに昔から貴族、歌人などがよく訪れ、詩などを数多く謡(よ)んでいます。」と書かれている。
 そうなのか、知らなかった。しかし神滝(しんたき)というのはいったい何なのか。いつ頃から誰が三大神滝といっているのか。疑問に思って、帰ってからインターネットで調べてみたが、わからなかった。
 布引の滝のことを言うわけではないが、「日本三大○○と言われている」というものには、有名なものにあやかろうと、それほど有名でないものが名前を並べているものがあるように思われる。このことは「日本三大長谷寺」の話で前にも書いた。(→第四番 長谷寺

 こだわってまた書いているのはわたしの郷里にも「日本三大」があるからである。愛知県一宮市の七夕祭り。わたしは幼い頃からこれは仙台、平塚の七夕祭りと並ぶ日本三大七夕祭りの一つであると教えられ、そう固く信じて誇りに思っていた。たしかに近在では群を抜く盛大な祭りであった。
 ところが名古屋の高校へ進学すると、三河から来ている同級生は仙台、平塚と安城(あんじょう)の七夕祭りが日本三大七夕祭りなのだという。「それは違う」とわたしは反駁したものの、このときはじめて異説があることを知った。
 そしてさらに大学へ進学してみると、首都圏では誰も日本三大七夕祭りを知らないのである。仙台と平塚の七夕は知っているけれど、一宮も安城も、七夕どころか、そもそもどこにあるのかもよく知らないのであった。これはちょっと悲しかった。
 だから今でも日本三大○○という言葉に遭遇すると、しばし立ち止まってしまうのである。

 まあそれはどうでもいい話なので、看板に話を戻すと、「昔から貴族、歌人などがよく訪れ、詩などを数多く謡(よ)んでいます。」と書いてあるし、陽気も急速に春になってきたので、万葉集志貴皇子(しきのみこ)の歌を思い出した。

石(いわ)ばしる垂水(たるみ)の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

 もしかして神戸の垂水区というのはこのあたりか、と思ったが、ここは神戸市中央区で、垂水区はもっと南の西の方であった。この歌と直接関係はなさそうだ。
 しかしこのあたり一帯にはこの滝を詠んだ歌碑がたくさんあって、神戸市のHPには「布引歌碑のみち」の紹介がある。 
http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/construction/central/kahinomichi.html   
 
第一番に出てくるのが、藤原定家のこの歌。

布引の滝のしらいとなつくれは 絶えすそ人の山ちたつぬる

 これには解釈がついていないので、歌の意味がよくわからない。濁点がないからちゃんと読めない。白糸はわかるが、「なつくれは」は、「夏来れば」か「名づくれば」かそれとも…?「絶えすそ」は「絶えずぞ」でいいのか。「山ちたつぬる」は?
 ネットで調べてみてようやく出てきた解説には、なんとこう書いてあった。

この歌は後鳥羽院が関東調伏のために京都白川辺に建てられた寺の最勝四天王院の障子を飾った歌である。最勝四天王院障子和歌という。全国四十六の和歌を人々に詠ませられたが、その時定家が詠進した布引の滝の歌である。 歌意は平明である。
http://welead.net/html/13_Html__15147.html

 他の歌は簡単に意味が書いてあるのに、この歌は「歌意は平明である」で終わり。簡単だからと言われたって、素養のない者にはわからないじゃないか!
 しょうがない、古語辞典をひいて、以下のように読んでみた。

布引の滝の白糸 懐(なつ)くれば 絶えずぞ 人の山ち 尋ぬる

 大意 「布引の白糸のような滝は、みんなに慣れ親しまれているので、いつも絶え間なく、人が山の方へと訪れていることだ。」
 それとも「白糸と名付けたから、絶えずに人が山路を尋ねてくることよ」というのだろうか。

 どなたかおわかりの方お教えください。

 雄滝を離れて、もう少し登ると展望広場があって、神戸港を見下ろすことができた。

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 新幹線の駅からこれほど近くに、こんな山があり、滝があるとは思わなかった。由緒もあり、なかなかのものであった、とまとめておこう。

 

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コメント

布引の瀧のしらいと(白糸)夏くれば絶ずぞ人の山路尋ぬる
出典:『拾遣愚草』(『拾遣愚草』に「名所御障子和歌」として定家がよんだ歌)
歌意は、布引の滝の白糸のような流れは夏が来ると(あるいは、夏にやって来ると)、美しく爽やかなので絶えず、人々が山路を尋ねてやってくることだ。 ぐらいの意味のようです。
爽やかな歌ですが、特別に優れた歌とはいえないようで、無難な歌だとのこと。定家は関東方と親しかったので、無難な歌を詠んだのかも知れません。

投稿: おひとよし | 2013年4月16日 (火) 12時43分

おひとよし 様

 ありがとうございます。「夏来れば」でよかったのですね。夏じゃなくても人は訪れるのでは、と考えてしまいました。
 おっしゃるとおり後鳥羽院の関東調伏に役立つとは思えませんが、たしかに平明な歌でありました。

投稿: 窮居堂 | 2013年4月17日 (水) 13時10分

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