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2013年5月13日 (月)

甲子園ツアー7 春日大社

春日大社Photo_2

 明くる日(3月24日)は、旅館に荷物を預かってもらって、まず春日大社へ向かう。奈良公園を通っていくと、いるいる。奈良と言えば鹿である。

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 春日大社は、藤原氏の氏神だというだけあって立派な神社である。

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   南門                    幣殿

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   中門・御廊               裏の山が三笠山

 灯籠が有名だそうで、回廊にもたくさん吊灯籠がある。下左は慶長の年号があるもの。下右は平成二十二年のもの。

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 左は石灯籠である。歴史と格式のある神社であることはよくわかったし、宝物殿では絵巻物の「春日権現記」の展示をやっていて、なかなかおもしろかった。

 
 しかし前の晩読んだ本がよくなかった。今回の旅行に持ってきた、松本清張・樋口清之『奈良の旅』(光文社文庫、1984)を読んだら、明治維新の廃仏毀釈のとき、興福寺の高級僧侶たちは、保身のため興福寺を捨てて還俗し、この春日大社の神官になったのだという。おかげで興福寺は荒廃し、建物や多くの貴重な文化財が失われてしまった。興福寺は藤原氏の氏寺であるから、高級僧侶たちは、もともと京都の公卿の出身で、神官になって華族に列せられたが、このことから「奈良男爵」と呼ばれて馬鹿にされたのだという。(P51)
 宗教者の風上にもおけない、けしからん。そんな奴らが神官をしていたのかと思うと、この神社の有難味が薄れるような気がしてしまう。この本によれば、その神官たちの家は、(仏罰により?)終わりをまっとうした家は少ないということであるが。

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 帰ってから司馬遼太郎の『街道をゆく24 近江散歩、奈良散歩』(朝日文庫、1988)を読んでみると、この話はもっと詳しく、強い口調で書いてあった。

 伝説では、僧侶をやめて春日神社の神職になった連中か、あるいはその配下の下司(げす)僧が、仏像たちの魂抜きをしておいてからたたき割って薪にし、風呂を焚いて「ホトケ風呂だ」といってよろこんだという。捨て鉢になっていたともいえるが、あまり上等な所行(しょぎょう)とはいいにくい。(P226)

「坊さんをやめさせてくれ」
と願い出たとある。前後のかくれた事情はともかく、みずからすすんで興福寺をすてたのである。本音(ほんね)は、もしいま僧をやめて神職にならねば録をうしなう、位(くらい)をうしなう、すべてをうしなう、というあせりにあった。どうか俗人にもどしてください、と官に願い出るなど、仏教の権威、信仰、ともども片鱗さえうかがえない。カトリックやマホメット教に、こういう現象がありうるだろうか。(P231)

 廃仏毀釈というのは、相当激しいものだったとあらためて考えさせられた。

 

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