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2013年5月25日 (土)

甲子園ツアー9 興福寺

興福寺Photo

  興福寺は、江戸時代までは大和一国を支配するほどの力を持ち、今の奈良公園やそのあたりの奈良の町一帯が興福寺の境内だったのだという。それが、春日大社のところで書いたように、廃仏毀釈のために荒廃してしまった。
 司馬遼太郎の『街道をゆく24 近江散歩、奈良散歩』(朝日文庫、1988)から再度引用する。

 ただ一辺の命令で――軍隊が出動したわけでもなく興福寺の僧たちは春日大社(藤原氏の氏神)の神職にさせられ、興福寺は廃寺寸前になった。
 この時期に、五重塔が、わずか二十五円で売りに出されたのである。
 買主は商人だったが、最初は薪にしようとした。しかしこわすのに大変な労力が要るとわかって、金目(かねめ)の金具(かなぐ)だけを剥ぎとろうと考えた。しかしその作業でも、人夫への支払いが大変だとわかり、ついには焼いてしまおうとした。焼けおちたあと、金具を拾えばいい。
 が、付近の町家(まちや)から抗議が出た。天にのぼるような巨大な炎をあげられては火の粉がどこへ飛ぶかわからない。結局、商人は買うことをやめた。(P221)

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 明治初期とはいえ、これを読むかぎりでは、二十五円はたいした金額ではなさそうだ。
 なんとか生き残った五重塔は、今や古都奈良のシンボルとなっている。

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 その後、政府は廃仏毀釈の行き過ぎを改め、古社寺の保存制度もつくり、明治二十二年には奈良県立公園が設立された。
 正岡子規が興福寺を訪れ、「秋風や囲いもなしに興福寺」と詠んだのは明治二十八年のことだという。多くの伽藍とともに土塀も壊され、今も興福寺には囲いはない。
 中金堂は現在再建工事中である。

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  東金堂              再建工事中の中金堂

 ここでは、阿修羅だけはどうしても見たかった。先年、東京の国立博物館へやってきたときには凄い人気で、ブームのようになっていた。
 学生時代に奈良は一通り見たはずだが、仏像では広隆寺弥勒菩薩以外ほとんど印象が残っていない。見る目がなかったのか。それとも当時は、阿修羅がまだ流行っていなかったので見過ごしたのか。ともかくどれほどのものなのか、確認したかった。
Dscf7466_2 展示されている国宝館へ入ってみると、日曜日の午後で、観光客も修学旅行の生徒たちもいるのだけれど、混雑してゆっくり見られないほどではない。順に従って阿修羅を見て、しばらく先へ行ってから戻ってまた阿修羅を見て、全部見終わってから最後にまた戻って阿修羅を見る、ということが抵抗なくできた。
 これはうれしかった。ちょっと名の通った美術展だと凄く混んでいて、ひたすら行列とともに進むしかないことが多い。疲れるので、最近は行くのがおっくうになっているのだけれど、ここではゆったりとした気持ちで見ることができた。せめてこれくらいでなければ、鑑賞したとは言えないのではないか。今回の奈良はどこへいっても、ゆっくり見られた。奈良はいいところだ。

Photo_2         雑誌『サライ』2004年5月29日号より

 阿修羅も気に入った。これはいい。
 どうみても少年か少女の像である。それが何かを訴えている。ほっそりした身体と長い六本の腕。一組は前面で合掌し、背面の一組は不自然に長く広がって天を受けている。どうしてこれが戦闘の神なのか。
 司馬遼太郎は前掲書にこう書いている。

 しかしながら興福寺の阿修羅には、むしろ愛がたたえられている。少女とも少年ともみえる清らかな顔に、無垢の困惑ともいうべき神秘的な表情が浮かべられている。無垢の困惑というのは、いま勝手に思いついたことばだが、多量の愛がなければ困惑はおこらない。しかしその愛は、それを入れる心の器が幼すぎるために、慈悲にまでは昇華しない。かつかれは大きすぎる自我をもっている。このために、自我がのたうちまわっている。(中略)
 阿修羅は、相変わらず蠱惑(こわく)的だった。
 顔も身体も贅肉がなく、性が未分であるための心もとなさが腰から下のはかなさにただよっている。眉のひそめかたは、自我にくるしみつつも、聖なるものを感じてしまった心のとまどいをあらわしている。すでにかれ――あるいは彼女――は合掌してているのである。といって、目は求心的ではなく、ひどくこまってしまっている。元来大きな目が、ひそめた眉のために、上瞼(うわまぶた)が可愛くゆがんで、むしろ小さく見える。(P234) 

 無垢の困惑。心の器は幼いのに自我が大きすぎてのたうち回まわっている…さすがに作家はうまいことを言う。そう言われると、わたしの感じた「訴えかけているもの」はそれだったのか、と納得してしまう。ともかくこれはいい。

 国宝館には他にも下左の仏頭などいろいろあったが、阿修羅ひとつで十分満足した。
 南円堂北円堂は4月に特別公開があるそうで、今回は中は見られなかった。

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   南円堂                北円堂

 猿沢の池からもう一度興福寺方面を見る。
 これでだいたい予定していたところは見終わった。まだ時間があるので、旅館を通り過ぎて、元興寺まで行って見ることにする。

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