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2013年6月

2013年6月23日 (日)

6月の南無谷3 その他

 ビワの他に収穫できたのはプラム。どんどん熟れて、どんどん落ちていきます。

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 プラムは熟れすぎると果肉がぐずぐずになっておいしくありません。そういうのはうちの奥さんがジャムにしました。砂糖をひかえた酸っぱめのジャムです。
 採ってからも追熟するので、黄色いくらいのを採って、ビワと一緒に友人たちに送りました。それでも箱詰めにするまでの短い時間にもどんどん赤くなっていきます。
 これくらいの枝は急いでとらなくても大丈夫です。帰るときには全部採りましたが。

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 梅も収穫しました。こう見るとプラムによく似ています。生物学的には同じスモモの仲間らしいです。

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 今年はきれいにできたので、梅を漬けるそうです。小さな樽一つ分採りました。
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 あとは今後が期待されるもの。
 ブルーベリーにレモン。ブルーベリーは木がまだ小さくて実も少ない。レモンは大量に実がついています。

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 柿にブドウ。

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 一番期待していたキウイには、どういうわけか、たった二つしか実ができていませんでした。残念です。前年も二つだけでした。まさか樹一本に二つしかならないということはないでしょうが。また来年ですね。

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 あとは花の紹介ですが、今回も来てみると庭はやっぱりこういう状態でした。花の写真はおおむね草を刈る前に撮ったので、今回も草の中に咲いている状態です。

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 ニンニクの花はこんな色になりました。

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 その他の花。アジサイはわかりますね。

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 上右の写真の真ん中に見えるのがデイゴの花。実はこれ、胴切りにして転がしてある幹から出てきたものです。幹は草に隠れて見えません。
 後ろの赤いのはノウゼンカズラ。

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 下左は朴の木の実。右は前月も紹介したコバンソウ。これをコバンソウと名付けた人はプラス思考の人だと書きました。名前を知る前、わたしは「ムシタマグサ」と呼んでいました。虫の卵でもくっついているようじゃないか、ということです。茶色になってきてますます虫の卵かサナギに似てきたと思うのですが、これはマイナス思考でしょうか。

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 そしてこれは勝手にはびこりつつあるドクダミ。今、わが家の庭は、ドクダミとツユクサに占領されつつあります。まめに手入れをしないといけません。

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 とりあえずこれで、一年の最大行事であるビワ狩りは終わりました。これから夏の最盛期を迎えます。また草が伸びます。

 

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2013年6月22日 (土)

6月の南無谷2 ビワ

 さて今年のビワはどうだ、と見ると、袋をかけたままのビワが木の下にいっぱい落ちています。ビワは熟すと自然に落ちるので、これまでも収穫時に多少は落ちていました。しかし、こんなにたくさん落ちていたのは初めてです。いったいどうしたんだろう。もっと早く来ないといけなかったんだろうか。
 落ちているビワを拾って、きれいなのを少し食べてみると、これがうまくない、甘さが足りない。今年もだめだったかと思いましたが、枝に残っている方を食べてみると、これは十分甘い。この二、三年、冬の寒さのせいか、味が大味になっていたのが、元に戻ったような感じです。
 後で、うちの奥さんが近所で聞き込んできたところによると、今年は収穫前に大風が二度吹いて、ビワ農家でもずいぶん落ちてしまったとのこと。昨年の不作の反動で今年はたくさん実をつけたのに、それが落ちてしまって、期待したほどの収穫量は得られなかったそうです。
 だからわが家のビワも、完熟少し前にかなりの数が落ちてしまったけれど、風に耐えて残ったものはきちんと熟して、それなりの味になったということのようです。大風は防ぎようがありませんから、それなら納得がいきます。

 これは枝についていたビワ。袋が張り切っています。

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 開けてみると…

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 きれいなのが出てくると、やっぱりうれしいですね。

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 中には傷んでいるものや、熟れすぎてアリがたかっているものもあります。今年はムカデが出てきた袋が三つもあって、うちの奥さんがその都度大声を上げていました。大きいのは5、6センチもあったから無理もありませんが。ムカデの写真は撮りませんでした。

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 今年の特徴として、縦にシワのような模様の入っているものがずいぶんありました。これもこんなにあるのは初めてのことです。うちの奥さんによれば、今年はずいぶん雨が少なかったので水分が不足したせいではないか、ということです。おそらくそうでしょう。
 これではちょっと人様に差し上げるわけにはいきません。しかし収穫日の少し前に雨が降ったおかげか、見てくれの悪いものも含めて、穫れたものは水分たっぷりのみずみずしいものがほとんどだったのは幸いでした。

 そんなわけで今年のわが家のビワは、全体の収量が少なく、その中でも見栄えのいい、きれいなものは多くありませんでした。しかし、収量は少なくても味が元に戻ったのはほっとしています。

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 毎年、昔からの友人などでビワを送ってあげたいと思うところはたくさんありますが、今年も十分なことはできませんでした。届けられなかった人たち、ごめんなさい。

 わが家は「枇食倶楽部」と名乗っていても、商売ではありませんから、これですみますが、ビワ農家は、おいしくてきれいなビワを毎年大量に作り続けなければなりません。まわりではビワのハウス栽培が増えています。天候に左右される露地栽培より、経費はかかっても経営が安定するということでしょう。アベノミクスの成長戦略にビワが入っているとは聞きませんが、農業の工業化はこの地でも少しずつ進展しています。

   

 

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2013年6月21日 (金)

6月の南無谷1 ハチの巣

 6月の南無谷と言えば、ビワの季節です。今年は成育が少し遅かったので、いつもより遅く、6月17日から19日に収穫に行きました。
 ところが家に着いて、ビワより前に、いきなり目に入ってきたのがこれ。今度はベランダの天井にハチの巣ができています。大きさは大人の握りこぶしくらい。形からするとスズメバチの巣ではないでしょうか。

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 これはとんでもない。さいわいまわりにハチ影はなし。早速今回もハチ・ジェットを噴霧して、たたき落としました。外側の殻の中には六角形の巣。そして蜂の子らしいものがいました。Dscf7601t_2
 この後、茶色のスズメバチらしいのが一匹やってきて、しばらくまわりをうろうろしていましたが、やがていなくなりました。ネットで調べてみると、このくらいまでは女王蜂が一匹だけで巣をつくって、そのあと働きバチたちがどんどん大きくしていくそうです。あれは女王蜂だったのでしょうか。ともかくこの時期に見つかって幸いでした。
 スズメバチにもいろいろ種類があって、大きいのや小さいのがいるようです。うろうろしていたのは、ミツバチよりはずっと大きいけれど、それほど大きくはありませんでした。
 それから前回見つけたのはクマバチの巣だと書きましたが(→5月の南無谷)、クマバチの巣はああいう形ではなくて、樹や柱に、直径1センチ以上もある大きな穴を開けるのだそうです。あれもやっぱりスズメバチの巣だったようです。
 前回巣を落とした後、クマバチがまわりを飛んでいたので、そうに違いないと思いましたが、クマバチはベランダの近くにあるこの紫色の花(サルビア・ガラニチカ)がお気に入りのようで、今回もずっとこの花のまわりを飛び回っていました。

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2013年6月17日 (月)

5月の南無谷

 前回からおおむね一か月後の5月17日に南無谷へ行きました。(~19日)
 それなりに手入れをしたつもりでも、夏が近づいたこの時期、一か月もたつと、こうなります。

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 今回も、このくらいまでには草刈りをしたんですが、次にくるときには、きっと上の写真よりもっとワイルドになっていることでしょう。

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 短く切ったデイゴが、復活するぞ、と気勢をあげています。この木は本当に丈夫です。胴切りにして根元に転がしてあった幹からも、同じような枝が何本も出ていました。

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 花も前回とは入れ替わっています。名前はともかく、花です。

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 上の最後の写真はコバンソウという雑草です。これを小判に見立てるとは、かなりプラス思考の人が名付けたのでしょう。
 おまけに野菜の花、サヤエンドウとネギです。

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Dscf7567 左はネギではなくニンニクです。
 いつのまにか勝手に生えてきて、たくましく育っています。
 そんなにニンニクが好きだというわけではありませんが、食べられるものが、勝手に増えていくというのは、なんとなくうれしいものです。
 でも結局のところ、野菜でも果樹でも、手をかけないとおいしいものをたくさん収穫するというわけにはいかないようです。

 収穫の期待できる、実のなる木です。。
 レモンの花がいっぱい咲きました。プラムはふくらんできました。

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 ブルーベリーも実になりました。このブドウにはあまり期待していません。そのうち植え替えて、ちゃんとした棚をつくってやらないと、と思っています。

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 ビワは少しずつふくらんできましたが、まだまだです。例年より遅いようです。

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 今回特筆すべきは、キウイの花がいくつか咲いていたことでした。
 2011年にはじめて実をつけたので、2012年には棚を作り、今年の3月に棚をさらに拡張しました。

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 そうしたら、こんな花がいくつか咲いていました。雌花です。けっこうきれいな花です。今年こそちゃんと収穫できるか、と楽しみです。
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 軒下を黄色と黒のツートンカラーの大きなクマバチがうろうろしているので、よく見ると巣がありました。まだ建築を開始したばかりというところでしょうか。左を拡大したのが右で、六角形ができているのがわかります。
 かわいそうですが、これはクマバチがいないときを見はからって、ハチジェットという殺虫剤を噴霧し、巣は棒でこそげ落としました。クマバチは胴体も音も大きくて、近くへ来られるとちょっと脅威を感じるので、宿はお貸ししたくありません。

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  Dscf7585だいぶ前に買って、そのままになっていた燻製器を、庭でためしてみました。
 なんとかやり方はわかりました。今回はテスト用の安い材料しかやらなかったので、そのうち上達して立派なものができるようになったら、あらためて紹介しましょう。

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2013年6月16日 (日)

4月の南無谷

Dscf7503 4月は、ビワの袋かけをしなければなりません。14日に南無谷へ行きました(~16日まで)。
 久里浜から金谷へ向かうフェリーの前を大型客船にっぽん丸が通過していきました。21,000トンだそうです。このフェリーは、対岸へまっすぐ向かうだけの単調な航路なので、大きなタンカーや自衛隊の艦船など、ちょっと変わった船が通ると、必ず紹介してくれます。

 もうすっかり春なので、家へ着くと、いろんな花が咲いていますが、雑草の中に咲いているという感じです。
 以前、花の名前を書くようにと言われたこともありますが、聞いてもはじから忘れています。チューリップとか知っている花だけ名前を書くのも見苦しいので、とりあえずみんな「花」です。

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 上の最後は雑草のヒメジョオンです。これは後で刈りました。こう書いてから調べてみたら、ヒメジョオンとハルジオンはよく似ていて混同されやすいということです。これだからうかつに名前は書けません。本当にヒメジョオンでいいのかどうかわかりません。まあどちらにしろ雑草の花です。
 草ではない、木の花もあります。

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 リンゴの花もきれいに咲いていました。かわいらしい花ですが、残念ながらここでは実をつけたことがありません。どうも近所にカイズカイブキがあるのがよくないらしい。あるのを承知で植えたのでしかたありません。

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 下左はブルーベリーの花です。毎年少しだけ実をつけます。期待していますが、なかなか大きくなりません。
 下右のサクランボは、今年は花が咲きません。枯らしてしまったのでしょうか。毎年たくさん実をつけながら、収穫前にいつも鳥にしてやられていた木です。

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 プラムは今年もそこそこ実をつけました。夏ミカンは、去年成りすぎて、しかもそれをちゃんと取ってやらなかった反動で、数えるくらいしか実をつけていません。

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 梅の実が大きくなってきました。

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 ビワは、これくらいになりました。せっせと袋をかけましたが、極力摘果して、全体の数を減らしました。昨年のびわが大味だったのは、冬が寒かったうえに、袋をかけた数が多すぎたのではないか、と反省しています。だから今年は厳選して、今までになく実を落としました。今年の冬も寒かったので、どうなるか心配です。

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 中に、こんなビワがありました。実が二つ、くっついてしまったようです。この先どうなるか見てみようと袋をかけたのはいいけれど、目印をつけておくのを忘れてしまい、どれがそうなのか、わからなくなっています。収穫の時に、ちゃんと姿をあらわしてくれるでしょうか。

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2013年6月15日 (土)

3月の南無谷

 3月は15日から18日まで南無谷へ行っていました。
 春です。庭も緑が多くなって、これから雑草がどんどん伸びてくることを感じさせます。今回はまだ大丈夫ですが、次回からはまず草刈り、ということになりそうで。

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 白梅が咲いていましたが、もう終わりそうなところです。紅梅は残念ながらもう終わっていました。

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 花が増えてきました。
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 うちの奥さんは小さな花壇をつくっています。

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これがそれ。

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 びわはこのくらいになりました。

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 プラムは、花芽をたくさんつけた枝と、まるでつけていない枝があります。

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 レモンは順調に実をつけていますが、温州ミカンは鳥にくわれていました。

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 今回は草刈りのかわりに垣根の刈り込みをしました。このあたりの言葉では「こさばらい(小障払い)」といいます。下の写真の左半分が刈り込み前。これを脚立の向こうに立てかけてある竹の高さにあわせて刈りそろえたのが右半分です。
 きれいに刈り揃ったとは言えませんが、まあ、おおらかにやらないと、とてもやりきれません。

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 おおらかにやっても、結局、こちら側の垣根の半分ぐらいまでしかできませんでしたが、横浜へ帰ってから腰が痛み始めました。どうもこの脚立の上の長時間の作業で、少し腰をひねってしまったようです。
 その後まだ痛みが続いているうちに、甲子園から奈良へと旅行に行って無理をしたら、さらに痛みがひどくなって、ずいぶん長引いてしまいました。歳を考えないといけません。

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2013年6月14日 (金)

鋸山

 1月31日、南無谷から横浜へ帰る途中、千葉県富津市と鋸南町の境にある鋸山(のこぎりやま)329.4mへ寄りました。
 江戸時代からの石材の産地で、さかんに石を切り出した結果、山の形がのこぎりの歯のように見えることからこう呼ばれています。
 今でも石を切り出した跡や、切り立った崖があちこちにあります。
 これは岩に浮き彫りにされた百尺観音です。

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 そして山の上からは、三浦半島や横浜はもちろん、アクアラインや京浜工業地帯など東京湾が一望できます。崖に突き出ているのは、「地獄のぞき」と言われている場所です。

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 こんなふうになっています。右はわたしがその先からのぞいているところです、ピンぼけですが、しっかり柵につかまっています。

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 このすぐ近くの展望台で、昼食に持参したおにぎりを食べていたら、うちの奥さんが手に持っていたおにぎりを、なんとトンビにさらわれてしまいました。
 一瞬のできごとで、わたしの側をサッと風がかすめ、うちの奥さんが「あっ」と言ったときには、もうトンビはかなり遠くまで飛び去っていました。凄い早業でした。
 わたしはとにかく何かが側をかすめていったのを感じただけで、その瞬間を見ることもできませんでした。うちの奥さんも何が起こったのかまったくわからなかったようです。もし襲ってくる姿を見ていたら、うちの奥さんは恐怖に卒倒していたのではないかと思います。
 そんな早業で、しっかりおにぎりだけをかすめ取って、うちの奥さんの手にはかすり傷ひとつついていませんでした。これはこれでたいしたものです。
 これまで鎌倉の長谷寺など「トンビに注意」という看板はあちこちで見ましたが、実際にやられたのは初めてです。まったく驚きでした。「トンビに油揚をさらわれる」という諺を実体験しました。

 この山全体が乾坤山日本寺(けんこんざんにほんじ)というお寺の境内なのだそうで、山内の通路のあちこちに、石像などが見られます。

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 そしてこんな大仏があります。
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 なかなかおもしろそうなところですが、今回はちょっと寄っただけでなので、またゆっくり見る機会があったら詳しく紹介したいと思います。

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2013年6月13日 (木)

1月の南無谷

 南無谷でのことを書きはじめて五年にもなると、毎年同じ季節には同じような写真になってしまう。そうそういつもおもしろいことがあるわけではありません。
 だからここのところ、南無谷の話はブログをさぼった言いわけから始めるようになっています。今回ももう半年さぼっていました。
 しかし、これはわが家の記録でもあるので、同じような写真でも、順に載せておくことにします。

2013年1月

 行ったのは1月29日から31日。強い風が吹いたらしく、枝の折れた木や傾いている木があります。ひどいのはレモンの木で、こんなになっていました。

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 これは起こしてロープで引っ張ったけれど、元どおりまでは戻りません。しかし、レモンの実がいっぱいついているのはうれしい。

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 いつもながら、柑橘類はけっこうがんばっています。温州ミカンにユズ。

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 ビワはまだこんなもの。最近の季候は夏は暑く冬は寒い。ビワは寒さに弱いので今年も心配です。

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 花は、スイセンがまだ咲いていました。

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 梅が咲き始めていました。

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2013年6月11日 (火)

第六番長谷寺

Dscf7224 厚木市の飯上山長谷寺(いいがみさんはせでら)は通称を飯山観音(いいやまかんのん)といい、飯山寺(いいやまでら)とも呼ばれています。近くには飯山温泉もあります。

 丹沢山麓・白山(はくさん)284mの中腹にあって、バスの中で先達さんから、板東三十三カ所の中で一番階段の多いところだと聞かされました。だから覚悟して登りましたが、それほどのことはありませんでした。
 秩父や四国巡礼の山はとてもこんなものではないそうです。 

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 さてこれで今回のツアーは終わり。わたしの行ったところは三カ所増えて全部で十一カ所となりました。ようやく三分の一です。
 しかしこれで神奈川県はなくなり、東京は浅草寺一カ所だけですから、残りは千葉県6カ所、埼玉県4カ所、茨城県6カ所、栃木県4カ所、群馬県2カ所と、ほとんど土地勘のないところばかりになりました。
 
 ひとりで行くのはけっこうたいへんそうだし、今回バスツアーを試してみたら効率的に回れました。続けて利用しようと、帰ってから第二回を申し込んだら、なんともう満員でした。そういえばバスに乗ったとき、初めての港南台発は盛況で、一台の予定が二台になったと観光社の人が言っていました。
 なんとなく気合いをはずされて、そのままになっていますが、バスツアーは継続してずっと開催されているようです。年内にもう一度くらいは行ってみようかと思っています。

 この寺のご詠歌は、

飯山寺(いいやまでら) 建ちそめしより つきせぬは いりあいひびく  松風(まつかぜ)の音

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2013年6月10日 (月)

第七番光明寺

 平塚金目山光明寺(かなめざんこうみょうじ)は、平塚から秦野へ向かう途中、金目川のほとりにありました。桜並木です。春には桜がきれいなことでしょう。

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 大磯町の小磯の浜で、海女の桶の中に入ってきた観音像を祀ったのが始まりだという伝承があるそうです。

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 この金目山(かなめざん)という山号から、何十年も昔のことを思い出しました。
 二十代後半のころ、大学の同窓会をやろうとして、何人かであちこちに連絡しました。その中で電話のわからないある先輩に、電報をうとうということになりました。まだその頃は、冠婚葬祭に限らず電報が使われることもあったのです。
 誰かのメモから、その先輩の住所である平塚市の「ヒキンモク」の何丁目何番地かあてに電報をうとうとしました。そうしたら電報局から、「ヒキンモクという町名はありません。ひょっとして北金目(キタカナメ)ではありませんか」と言われてしまいました。
 そのメモは「比金目」としか読めなかったのです。「キタカナメかあ」とみんなで大笑いしたことを思い出しました。ずっと忘れていたのに、人間何かのきっかけで、変なことを思い出すものです。
 お寺の住所は南金目なので、「ここはナンキンモクだ」と一人でちょっと喜んでおりました。

Dscf7211 庭には水琴窟がありました。常時少しずつ水が落ちるようになっていて、長い竹の端に耳を当ててその音を聞くという、ちょっと珍しい水琴窟でした。
 響きのある、なかなかいい音でした。しかしよくエコーがかかっていて、けっこう大きな音のせいか、わたしの前に聞いていたおばさんたちは、録音した音に違いないと言い合っていました。ひょっとしてこの竿の先にはラジカセでも置いDscf7212てあったのでしょうか。いやまさかそんなことはないと思います。

 仁王門には大きなわらじがかかっていました。

 ご詠歌は、

なにごとも いまはかなひの 観世音 二世安楽(にせあんらく)と たれか祈らむ

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2013年6月 6日 (木)

第五番勝福寺

 板東三十三カ所の巡礼を始めたのは2010(平成22)年のことでした。その年に近場のお寺を八カ所まわりましたが、2011年、2012年はとうとうどこへも行きませんでした。これではいけないと思っていたところ、目にとまったのがこの新聞広告でした。

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Dscf7228 こういうバスツアーがあるのは知っていましたが、今回の広告によれば、これまでなかったわが町港南台発のツアーが始まります。これは便利です。
 三十三カ所を全十回でまわります。第一回はお試し価格で、なだ万の弁当付き3,990円と格安です。しかも四カ所まわるうち、三カ所はわたしがまだ行ってないところです。
 さっそく第一回を申し込んで、2月2日(土)、出かけました。朝はあいにく雨が降っていましたが、次第にあがっていきました。

 第一回コースで最初に行くのは当然一番札所の鎌倉杉本寺です。ここは始めたときに行っているので、省略します。(→第一番 杉本寺
 その次に行ったのがなんとここ、小田原のかまぼこ屋、鈴廣(すずひろ)です。鈴廣かまぼこ博物館に大きな店。さすがに観光会社のツアーはちがいます。ここのあげかまは好きなので土産に買いました。

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第五番勝福寺

 小田原飯泉山勝福寺(いいずみざんしょうふくじ)です。

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Dscf7595 バスにはちゃんと先達さんが添乗していて、お経をあげる練習もしました。
 お寺へ着くごとにお堂に座ってみんなでお経をあげます。般若心経です。それぞれの観音様にみあった真言も称えます。ここは十一面観音なので「おんまかきゃろにきゃそわか」です。(意味はわかりませんが)
 第一回なので、ローソク・線香に「納め札」が三十三カ所分ついてきました。それぞれ、お寺へあげていきます。
 今までは、一人で勝手に拝んでいただけでしたが、本格的になってきました。

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 ここの境内で、昔、名力士の雷電為右衛門が土地の無法者岩五郎を投げ飛ばしたという話で、手形つきの碑がありました
 また、このあたりの出身である二宮金次郎は、十八歳のとき、この寺で観音経を聞いて「利他」に生きる心を授けられたそうで、その像もありました。

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 ご詠歌は、

かなはねば たすけたまえと 祈る身の 船に宝を つむはいいづみ

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2013年6月 4日 (火)

J42 スターリン・ジョーク

 この本からは前に37 ロシアのジョークで、ひとつ紹介しました。
 これから紹介するジョークは、ずっと前に紹介した、3 ジョーク「ロシア革命史」4 ジョーク「ロシア革命史」2 とかなり重複しています。
 独裁者や頭の固い政府を揶揄するジョークは、名前だけ入れ変えて世界中で流通していて、東ドイやツ北朝鮮を舞台にしたジョークでも同じようなものが多いようです。
 しかしそれらを省くとずっと少なくなってしまうし、もう忘れている人も多いと思うので、とりあえず紹介しておくことにしました。
 また、今の若い人にはよくわからないものが多いだろうなあとも思いますが、当時の政治状況などについて注釈をつけられるほどの知識はありません。そのまま載せておきます。

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不在証明
「「ジョン・リードの『世界をゆるがした10日間』を読んだが、スターリンがあまり出てこないじゃないか」
「そうなんだよ。ちょうどその頃スターリンは結婚準備で忙しくて、革命をやってるヒマがなかったからね」 (P10)

横顔
 教育人民委員のルナチャルスキーは、なぜ没落したのか?
 ルナチャルスキーにはプロフィールが一つ欠けていたからだ。
 はて?
 著書の『革命のプロフィール』には、スターリンのプロフィールが欠けていたのだ。 (P20)

住宅問題
 二人の作家がモスクワで出会った。
「ぼくは、新しい本を書き上げたところだ」
「どんな?」
「一人の若者が一人の少女と知り合う」
「コムソモール物か」
「二人は愛し合うようになる」
「なるほど、恋愛小説だね」
「二人は結婚して、モスクワに新居をかまえる」
「なあんだ、おとぎ話か」 (P28)

認識
 共産主義者とは?
 マルクスとレーニンの著作を読んだもの。
 反共産主義者とは?
 マルクスとレーニンの著作を理解したもの。 (P57)

エチュード
 ある党イデオロ-グがマルクス・レーニン主義の本を書いた。ある老教授に、この本がロシア語に翻訳されることになったと、自慢げに話す。
「ロシア語にもどす?」と老教授。 (P75)
(注:これはポーランドの話)

プーシキン 
 一九三七年、ロシアの偉大な詩人アレクサンデル・プーシキンの死後百周年を記念して、ソ連政府はプーシキン記念像のコンクールを公布した。さまざまなアイデアが殺到した。
 厳格な選考の結果、次の三つの作品が佳作となった。
「コーカサスの頂に立ち、はるか彼方を眺めるプーシキン」
「決闘の敵手の弾丸を胸に受け、まさに倒れんとするプーシキン」
「ミューズの手から月桂冠を戴くプーシキン」
 だが、一等賞を獲得したのは次のようなタイトルの作品だった。
「プーシキンを読むスターリン」 (P133)

回収
 スターリンは天国の窓口で何日も待たされた。やっとマルクスが身元引受人になってくれた。
「なんといっても、この男は私の『資本(論)』の利子だからな」 (P137)

副賞
『ノイエス・ドイッチェラント』が懸賞論文を公募した。テーマ「社会主義の長所と資本主義の短所」
 マグデブルクの溶接工オットー・エリッケが一等賞を獲得した。審査員たちは、この熱誠あふれる論文にいたく感動したので、賞金千マルク(東)のほかに、副賞として、なにか欲しいものを授与することにした。
 オットー・エリッケはもじもじしている。
「さあ、遠慮はいらない」と審査員がやさしく言う。「きみは素晴しい階級意識を持った同志なんだから、なんでももらえるんだ。なにがほしい?」
「出国ヴィザ」 (P176)

四季
 エレンブルグの『雪どけ』の第二部は、なんていう題なの?
『凍結』 (P194)

相続者
 マルクスはドイツが分裂することを見越して、両ドイツ人国家に遺産を残した。
 西ドイツには『資本(論)』、東ドイツには『共産党宣言』と『哲学の貧困』。
(P211)

 

帝国主義論
 東ドイツの有名な学者ユルゲン・クチンスキー教授は、帝国主義について、沢山の本を書いた。世間の評判は?
「レーニンは万巻の書を渉猟して『帝国主義論』という小冊子を書いた。
 クチンスキー教授はレーニンの小冊子を読んで、万巻の書を書く」 (P212)

死語
 西暦二〇六一年。東ドイツの子供が本を読んでいたら、知らない言葉が出てきた。バター。
 母親にたずねる。
「ママ、バターってなあに?」
「さあ、なんでしょう。おばあちゃんに聞いて御覧なさい」
「おばあちゃん、バターってなあに?」
「ああ、ぼうや。ずっと昔、まだ若かったころに聞いたような気がするけどね。それが、なんだったか、もう忘れてしまったよ」
 子供はもう、気になってしかたがない。父親が帰ると、さっそく聞いた。
「パパ、バターってなあに?」
「知らんなあ、ぼうず。そうだ、このあいだ買ってきた新しい百科辞典があるから、引いてみよう」
「バター。資本主義的なパンの塗りもの。帝国主義的中毒の危険性を有するため、ドイツ民主共和国においては、ほぼ百年来、国民から服用を拒絶されている。 (P229)

サムイズダート
長年、中学の先生をやっているエリンカおばさんが、紙にうずまってタイプを打っている。となりの奥さんがやってきてたずねた。
「まあ、まあ、なにをタイプしてるの?」
「私はね、娘にきちんとトルストイの『戦争と平和』を読ませたくってね」
「でも、その本なら、いくらでも本屋で買えるじゃないの」
「ところが、娘は地下出版の本しか読もうとしないのよ」 (P256)


援助物資
 アフリカの新興国の政治家が同僚に言った。
「ソ連は共産主義の雑誌や本や宣伝パンフレットをゴマンと送ってくれる。しかし、それよりも、わが国の食糧問題をなんとかしてくれたほうが、ずっとありがたいのだか」
「まったく、そうだな」
「それで、私はこのことを、ソ連大使にはっきりと言ってやったんだ」
「で、なんとかなったか?」
「うん、今日、港にでっかい貨物船が着いた」
「食糧を積んで?」
「いいや。料理の本だった」 (P260)

災害救援
 ルーマニアで大洪水。被害甚大。世界各国から義捐金が送られてきた。
 アメリカから二千万ドル、中国から千万ドル、そしてソ連からは十万部の『水泳教程』。   (P261)

差額
 モスクワからの『イズヴェスチャ』が三十グロシなのに、ワルシャワの『トリブナ・ルドゥ』が一ズロチーするのはなぜか?
 翻訳料に七十グロシかかるからである。 (P283)

レーニンの回想2
 もう一人の農民が回想する。
「わしがプロヴィナへ行ったとき、妙てけれんな帽子をかぶった女づれの小男に会ったんじゃ。ハゲで髭を生やしとった。二人とも自転車に乗っとってな、ロシアなまりの変てこりんなポーランド語で、わしにこう聞いたんじゃ。
『ポロニンへ行く道はどれかね?』
『あっち』とわしは教えてやったよ」
 この農民は党の出版社の依頼を受けて、回想録を書くことになった。党史研究所員たちが全面的に協力する。それは三巻に分けて刊行された。
 第一巻――レーニンとタトラ地域の農民
 第二巻――レーニンとの出会い
 第三巻――タトラ地域における農民の革命的運動に及ぼしたレーニンの影響 (P290)

 

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