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2013年7月18日 (木)

東北9 恐山2

 車から降りたときは傘をさしていたが、次第に雨があがり、雲を通して日がさし、明るくなってきた。ありがたい。
 岩山はこんな感じである。表面は花崗岩が砕けたような細かい石が積み重なっている。温泉の近くで時々見る、火山地帯である。

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 ところどころ、煙があがったり、小さな規模であるが、お湯が湧いて出たりしている。
Dscf7883   Dscf7869

 ちょっと高いところから見下ろすとこんな感じで、この右手の小高い丘を取り囲んで、湖までずっと火山地帯が続いている。

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 そして、あちこちに血の池地獄とか無間地獄とかの名前がつけられている。別府温泉へは行ったことがないが、あそこの地獄めぐりはここよりさらに規模の大きなもののようだ。
 湖の近くには賽の河原もある。そして、ここの風景で何より目立つのはこれ、赤い風車である。

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 お花の代わりに、水子供養に、と売られているもの(1個400円)だが、今どきセルロイドではなくナントカ樹脂なのだろうが、てかてかした濃いピンクが多く、ドキッとするようなどぎつい色である。灰色の岩山の中で、異様な鮮やかさがある。
 最近あちこちのお寺で、本堂の他に地蔵堂などをつくって、水子供養の小さなお地蔵様がたくさん供えられているのを見かける。わたしは、あれを見ると、子を思う親の心につけこんで、お寺があざとく商売しているような気がしてならない。供えられた親御さん、ごめんなさい。
 それはともかく、水子について広辞苑第三版にはこう書いてある。
 「①出産後あまり日のたたない子。あかご。②流産した胎児」
 もともと水子というのは生まれて間もない乳幼児のことだったのだ。そして、昔の乳幼児死亡率は、現代とは格段に高かった。その死んだ乳幼児たちを供養するのが水子供養であり、死後の世界で守ってくれるのが地蔵菩薩であった。

 岩山に積んである石を見ながら、T局長に「「ひとつつんでは父のため、ふたつつんでは」というのは何なの?」と聞かれて、答えられなかった。地蔵和讃という題名だけは思い出したが、こどもたちが積んだ石を鬼がなぜ崩すのか、思い出せなかった。
 帰ってから、ちょっと調べてみた。江戸時代にだいたい今のようなかたちになったという。詞にも節にもいろんなバージョンがあるらしい。その中で、Youtubeにあった、古いレコードの地蔵和讃と、その歌詞を引用する。
 今聞くとかなりおどろおどろしい感じがするが、そもそも和讃とか御詠歌がどんなものか知らない。発売当時は、こういうものであるとして、ごく普通に聞かれていたのだろう。歌は前半だけしかないのが残念だ。最初は聞きにくいかもしれないが、少し我慢して聞いてほしい。(写真は恐山で撮ったもの)
http://www.youtube.com/watch?v=gP37rGG_v28

帰命頂礼地蔵和讃

Dscf7869れはこの世のことならず
死出の山路の裾野なる
賽の河原の物語
聞くにつけても哀れなり

二つや三つや四つ五つ
十にも足らぬおさなごが
賽の河原に集まりて
父上恋し母恋し
恋し恋しと泣く声は
この世の声とは事変わり
悲しさ骨身を通すなり

Dscf7901t かのみどり子の所作として
河原の石をとり集め
これにて回向の塔を組む

一重組んでは父のため
二重組んでは母のため
三重組んではふるさとの
兄弟我身と回向して
昼は独りで遊べども
日も入り相いのその頃に
地獄の鬼が現れて

Dscf7893 やれ汝らは何をする
娑婆に残りし父母は
追善供養の勤めなく

親の嘆きは汝らの
苦患を受くる種となる

我を恨むる事なかれと
くろがねの棒をのべ
積みたる塔を押し崩す

Dscf7894 その時能化の地蔵尊
ゆるぎ出てさせたまいつつ

汝ら命短かくて
冥土の旅に来るなり
娑婆と冥土はほど遠し
我を冥土の父母と
思うて明け暮れ頼めよと
幼き者を御衣の
もすその内にかき入れて
哀れみたまうぞ有難き

Dscf7885 いまだ歩まぬみどりごを
錫杖の柄に取り付かせ
忍辱慈悲の御肌へに
いだきかかえなでさすり
哀れみたまうぞ有難き

南無延命地蔵大菩薩

 親に先立って死んだおさないこどもたちが、成仏できないまま、賽の河原で父恋し母恋しと回向の石を積んでいると、鬼たちがやってきて、おまえたちのおかげで親は毎日嘆き暮らしているぞ、この親不孝ものめ、と積んだ石を崩してしまう。
 これを永遠に続けないといけない定めであったが、お地蔵様があらわれて、こどもたちを助けて成仏させてくださる、という物語である。
 親に先だって死ぬのは親不孝で大きな罪だというのがポイントで、このためこどもは成仏できない。おさないこどもの死のほとんどはこども自身のせいではないだろうに、理不尽である。そのいたいけなこどもたちが、さらに鬼にいじめられるという、残虐で哀れを誘う物語は、地獄のイメージとあいまっておどろおどろしいものとなる。
 おさないこどもをなくした親たちは、この和讃を聞いて、その恐ろしさに震え、悲しさに涙しながら、最後に地蔵菩薩に救われるところでカタルシスを得たのであろう。

 恐山の本尊は地蔵菩薩であり、ここには数々の地獄があり、賽の河原があり、湖には白い砂浜の極楽浜もある。
 つまりここは地蔵和讃の世界だったのだ、というのが、帰ってからのわたしの結論である。

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