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2013年7月13日 (土)

東北6 田老・龍泉洞

田老

 田老(たろう)では、あの「万里の長城」と言われた大きな防潮堤の上で、震災ガイドの方から話を聞いた。

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 ここでいただいた「学ぶ防災」というパンフレットには被災前と被災後の比較写真が載っている。下の写真の赤い矢印の地点で話を聞いた。

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 赤い線が第一防潮堤で、青い線の第二防潮堤はそれより後でつくったものだが、水門などを除いて、ほとんど壊された。津波が直角に近い角度で進入したこと、土砂の基礎の上にコンクリをかぶせるという工法だったことが原因と考えられている。
 津波はさらに高さ十メートルの第一防潮堤を乗り越え、田老地区は壊滅的な被害を受けた。

Dscf7793 左がその第二防潮堤の水門。左右にあった堤防はなくなっている。
 下が話を聞いたは第一防潮堤である。堤防の地面からの高さは、ここでは六メートル弱だが、全体に海抜十メートルでつくられている。たしかに高さも幅も十分にあって、強固・堅牢に見える。これがあれば大丈夫と思ってしまうのも無理はないかと感じさせる。しかし津波はこれを乗り越えた。

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 わたしは生半可な情報で、田老というと、巨大な堤防を頼りにしたあまり、被害を大きくしてしまったところという、まことに地元の方々には申しわけない、あさはかなイメージをもっていた。しかし実際に堤防の上に立ってみると、これなら安心しても無理はないと感じるし、話を聞くと、昔から津波に対する備えに苦労してきた地域なのだということもわかる。
 第一防潮堤は、昭和三陸津波の翌年の昭和9(1934)年から工事を始めて、四十四年後の昭和53(1978)年に完成したのだという。
 この地区では、明治三陸津波(1896)で人口約2千人中1,859人、昭和三陸津波(1933)で約5千人のうち911人の犠牲者をだした。東日本大震災では約4千人のうち約200人と言われている。この防潮堤があったからこれだけ減ったとも言えるのである。しかし、それでいいということではなく、地元の方々は、まだまだ対策がいたらなかったと深く心を痛めているのだ。

 実際にそういう話を聞ききながら、参加者の中から
「あななたたちは、そういうこと(津波の恐ろしさ)を知ってたんでしょ。どうしてできなかったの。」
と、対応を糾弾するような声があがったのには驚いた。
 われわれよりも高齢に見えるその女性(つまりばあさん)は、自分の言葉に興奮していくタイプなのか、だんだん口調も強くなって、昔からわかっていたんだから、もっとしっかりやらなくちゃ、みたいな話になっていった。
 ガイドさんはこれに対して、「やはり過信していたところがありました」とか、謙虚に話を受け止めて、ひとつひとつていねいに返答されていた。えらい!わたしなら「あんたらに何がわかる!」と怒ってしまったに違いない。
 しかし、わたしも当初は間違ったイメージをもっていた。このばあさんも咎めるつもりではなく、被害の大きさに、せめてもう少しなんとかならなかったのか、という気持ちから出た言葉だったのだろう。しかし、もともとそういう口調でしゃべる人なのか、少し聞き苦しかった。

 田老の防潮堤については、吉村昭の『三陸海岸大津波』(文春文庫、2004)にも書かれており、以前に読後感などを書いたことがある。(→吉村昭『三陸海岸大津波』

 俳人T局長の詠める。

大津波田老の夢を散り散りに(無季語) 俳爺

   

龍泉洞

Photo  このツアーは、さらにもうひとつ観光がセットされていて、岩泉町龍泉洞へ行った。
 日本人は盛り合わせが好きだ、と言ったのは漫画家の東海林さだおで、鮮魚の買い出しに美空ひばりの歌碑、灯台見学を盛り合わせたバスツアーの体験記を書いている。
 今回のツアーは7,500円と、7コースある応援バスツアーの中では一番高いが、その分、浄土ヶ浜の海、三陸鉄道、田老での震災ガイド、そして龍泉洞の地下探検と、バラエティに富んだ盛り合わせになっている。

 洞窟観光も、初めて入ったときは衝撃的で、恐怖を感じたりするが、慣れてくると、恐さもなくなり、通路が歩きにくいとか、たいした鍾乳石がないとか、あれこれ文句をつけるようになってくる。
 わたしも、洞窟評論家ではないが、龍泉洞は、それほど大きなものではなく、これぞ鍾乳石の芸術と目を見張るほどのものはなかった、とまず言っておきたい。

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 しかしこの洞窟は、縦に深く、水が豊富で、美しい地底湖をもっているのが素晴らしい。三つの地底湖のうち、一番深い第三地底湖は深さ98mだという。透明度も高い。

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  暗くて深いので、とてもわたしのコンパクトデジカメでは撮りきれない。インターネットにいい写真はないか探したら、Youtubeに、岩手県岩泉町 「日本三大鍾乳洞 龍泉洞」Dragon fountain caveという映像があった。ぜひごらんいただきたい。http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=pIz44Klo9OM

 そしてここでもT局長の一句。

地底湖の蒼き水にも夏かよふ  俳爺

   

八戸

 ツアーは、また山中をひた走り、盛岡へ戻る。二日間、東へ西へと二往復した。緑の濃い、豊かさを感じさせる山の中の道だった。
 盛岡へ着いたのは予定どおりの18:15頃。これなら18:22発の新幹線に間に合うのでは、と急いで乗り換え、今日の宿、八戸へ向かう。
Dscf7824_2  八戸の泊まりはホテルメッツ八戸。新幹線の駅の上の大きなビル。
 駅の前は新開地で、ちょっとした飲み屋街が開けている。居酒屋のようなところで、ウニやホヤなど、地元のものを肴に魚に、飲んで食べた。
 勘定書きをもらったとき、貧乏性からついつい、ちょっと高いんじゃないかと言ってしまった。今思えば恥ずかしい。計算してみれとそのくらいになるし、とても東北復興に貢献できるような金額ではなかったのに。

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