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2013年7月 9日 (火)

東北2 陸前高田

第一日 2013/07/03

Photo_4  第一日は、午前10時一ノ関駅発の「陸前高田・大船渡号」というバスツアーに参加した。東京7:16発の東北新幹線に乗ればこれに間に合うのだから、東北地方は新幹線ができて本当に近くなった。
 一ノ関に着くと雨がパラパラ、旅行期間中ずっと「曇り時々雨」のような天気予報だったが、初日からやっぱり雨である。
 今回のツアーの乗客は15人と思ったより少ない。平日とはいえ、格安の「大人の休日倶楽部パス」を利用して、もっとたくさんの老人たちがやってくるのではないかと思っていた。年寄りばかりなのは予想どおりで、わたしたちのような友人同士か、夫婦づれで、単身参加はいなかったようである。

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 雨がポツポツ降る中、気仙沼へ入るとやがて前方に見えてきた。津波で陸へ上がってしまった船である。
  一年ほど前にも見た(→気仙沼・石巻1)。一年前と違って、まわりは立ち入り禁止になっている。ガイドさんの説明ではだいぶいたんできているそうだ。保存の話もあったが、結局、壊して撤去することになったとのこと。ここはツアーの計画外なのでバスの中から見るだけで通過した。

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陸前高田

 陸前高田に着いたころには雨が本格的になってきた。
 海岸近くの道の駅高田松原(愛称タピック45)の前で、バスから出ないで、まず震災の語り部ガイドさんの話を聞く。
 この建物の背面の傾斜している方が海に面しており、海が見られるようになっていた。前面の「高田松原」の下の「TAPIC45」と書いてあるあたりまで水につかったとのこと。これは「震災遺構」の一つとして残されるそうだ。

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 すぐ前には追悼施設があった。

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 このガソリンスタンド、大きな看板の「セルフ」の文字あたりまで水につかったという。瓦礫の山も見える。

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 陸前高田市は、人口約2万4000名中約1700名が死亡し、町の大半が流されてしまったという、津波の被害のもっとも大きかった地域の一つである。
 今でも津波が浸水した地区は、ほとんど復興が進んでいない。他の都市でも同じような状況のようで、どこも津波浸水地区には、地盤沈下があったり、地権者との調整が進まなかったり、防潮堤ができるまではとか、高台移転の話がまとまらないとか、さまざまの理由があって遅れているようだ。
 瓦礫は少しずつ片づけられたが、建物の土台だけが残る「原野」が広がっている。そしてまた夏がやってきて、草が生い茂っている。

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 下は、陸前高田駅のあったところからロータリーと商店街のあった通りを見たところである。

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 実はわたしは、昔ここへ来たことがある。
 うちの奥さんの妹夫婦は現在盛岡にいるが、転勤で一時期この陸前高田に住んでいた。その頃、夏休みに、こども二人を連れて遊びに来たのである。調べてみると1987(昭和62)年の8月はじめ、上が小学1年、下が保育園の年少組で、もう二十六年も前のことだった。
 上の子の小学校入学式にそなえてビデオカメラを買ったので、このときもビデオを撮っていた。引っ張り出してみたら、褪色して、そのうえボケている映像ばかりだったが、そこから少し拾ってみた。
 下左は当時の陸前高田駅で、右は駅通り商店街である。これが上の写真のように、何もなくなっている。

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 下の写真は現在のもの。広田湾に注ぐ川をはさんで、もとの高田松原方面を見たところ。雨のバスの中なので細かいところはよくわからないが、あの「奇跡の一本松」が見える。ちょうどこの日、方向を間違ってつけられた枝の修正が終わり、囲いが取り払われた。しかし雨のせいか、それともバスでは近くまでいけないのか、遠くから見ただけだった。

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 二十六年前には、この広田湾にも来た。カキやホタテの養殖がさかんに行われていた。ちょうど「海上七夕」という行事があって、大きな飾りをつけた漁船が港へ入ってきた。

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 高田松原を抜けていくと、広い砂浜があって海水浴場になっていた。

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 大勢でにぎわっていた。このあたりは岩手県ではあたたかいところで、当時、陸前高田からもらう年賀状などには「岩手の湘南」と書いてあったものだった。
 下右の中二人の男の子が愚息たち、左端の二人の女の子と右端の男の子がイトコたちである。このころはみんなかわいかった。

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 こういう景色が、みんななくなってしまったのである。うちの奥さんの妹夫婦の友人や知人の方々も亡くなっているのである。松も生きている松ではないのである。
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 古いビデオを見て、忘れていた昔のことを思い出してなつかしがりながら、なくなってしまった景色などのことを考えていると、少しセンチメンタルになってきた。

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