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2013年8月 3日 (土)

富士登山2

 22:30起床。22:50小屋発。山頂に向かう。
 月はもう出ていない。暗い中、テレビなどで報道されるような光の点の行列が上にも下にも続いている。ヘッドライトをつけ、足元を照らしながら岩場を登っていく。ところどころに照明があり、行列のみんながヘッドライトをつけているので、まわりはそれなりに明るいが、自分の足元は自分で照らして確認しないと凹凸があって危ない。

 最初は寝起きのせいだと思っていた。頭がぼんやりして、身体が重い。三十分ほどで最初の休憩になったとき、これはアレかもしれないと思い始めた。いわゆる高山病というやつだ。頭がハッキリしない。呼吸が重い。足が思ったようにはあがらない。まだ七合目の終わりで2900mくらいなのに。
 身体が慣れさえすれば、と思いつつ八合目、約3000mまで来ても状態は変わらない。深呼吸、腹式呼吸と言い聞かせながら、とにかく前を行く人と同じペースで少しずつ登り続ける。
Dscf8160 この「合目」というのは、誰がどうやって決めたのか。八合目の上にはさらに本八合目というのがあって、このあたりやたら長い。手元の地図の付録を見ると、吉田口ルートはこうなっている。

 五合目  2305m
 六合目  2390m
 七合目  2700m
 八合目  3040m
 本八合目 3370m
 九合目  3600m

 昨日、五合目から七合目まで登って、これなら楽勝だと思っていたが、七合目から九合目の高低差が大きい。これなら八合目泊りにするんだったと思っても後の祭りだ。
 行けども行けども楽にはならない。少し頭がふらついているようで、大きめの岩を登ろうと足をかけて身体をぐっと持ち上げるとき、なんだかそのままあおむけに後ろにひっくり返りそうな気がする。本当にそうなっているなら、まわりが騒ぎそうなものだが、その気配はない。ともかく頭を下げ、前傾姿勢をとることを心がけて登る。
 肺は、平地で強い運動をしたときのようにハアハアとはならない。酸素不足で活動不全なのだろう、ヘエヘエというか、とにかく目一杯呼吸している気がしない。
 足があがらない。ちょっと段差の大きいところは気合いを入れて持ち上げるつもりにしないといけない。ガレ場は少しずつ小刻みに足を運ぶ。とにかく前から遅れないように、それだけを考えて着いていく。
 全力を出し切って疲労困憊、ではなく、全力が出てこない、身体がうまく動かないのである。

 体力には自信があった。この日のためにトレーニングもした。自宅の近くの円海山(えんかいざん、153.2m)・大丸山(おおまるやま、156.8m)を何度もせっせと歩いたのだ。富士山と比べれば小さいけれど、大丸山は横浜市最高峰である。天園から鎌倉市最高峰の大平山(おおひらやま、159m)へも足を延ばした。尾根歩きより、下にある池への登り下りを繰り返して負荷をかけるようにした。
 しかしこれらの山は体力訓練にはなっても、高地訓練にはならなかったようだ。あたりまえか、150mだ。

 九合目に向かうあたりで、山頂まではなんとか行っても、その後お鉢巡りに行けるかどうか心配になってきた。ガイドさんは、お鉢巡りはけっこうきついので、体力のある人しか連れて行きません、と言っていた。ここまで来て行かずに帰れるか、と思うけれど、身体はままならず、ともかく前に遅れないようについて行くのが精一杯である。
 ガイドさんのすぐ後ろは高齢者の女性が数名で、そのペースに合わせてグループ全体が進んでいる。その「ばあさんペース」についていくのがやっとで、「休憩!」の声がかかるとうれしい。へたりこんでしまう。昨日は、こんな遅いペースじゃしょうがない、休憩が多くて長すぎる、と思っていたのに。かなりなさけない。

 それでもなんとか九合目あたりまできた。濃い霧の中で、ガイドさんは、富士山がすっぽり笠雲をかぶった状態です、と言う。そして、この状態では、今日はお鉢巡りは行きません。霧の中では危険なところがあります、とも言った。
 これを聞いてわたしは、まったくだらしない話だが、ああよかった、とホッとしてしまった。それならまもなく山頂だから苦行が終わる。その先一時間半続いただろうお鉢巡りの苦行は、自己責任ではなく免除されたというわけである。
 パックツアーが楽なのは、このあたりの決断をしなくてもいいという点にもよる。この場合も、天候、コースの状態、自分の体力を判断して、行動を自己責任で決定しないといけないところを、そっくりおまかせでいいわけである。お鉢巡りに行きたかったけれど、中止になっちゃったから。十分行けたんだけどね、と言うこともできる。

 霧の中で、御来光を見るのは難しそうだったが、ガイドさんの判断で、山頂の少し前から下山道の方へそれて、下山道を少し登って山頂の手前で待機。
 4:50頃、東の空の雲の切れ目から、少し光がさしてきた。

Dscf8127_2  Dscf8128

P1010013

 この後何度も、雲で太陽が隠れ、また切れ目から日がさしてくるということを繰り返した。完全な円の太陽を見ることはできなかったが、この霧の中でこれだけ見られたことに、まわりからは喚声が何度もあがった。

Dscf8135

Dscf8137_2

Dscf8141 後で聞いた話では、この道十年のガイドさんの経験により、笠雲のときでもこのあたりなら見えることがあるので、ここへ連れてきたのだそうだ。また、このあたりも普通「山頂」と言っている部分なので、「山頂で御来光を見た」と言ってかまわないとのことであった。感謝します。
 山頂から降りてくる登山客が、われわれの前を「ほうーっ」とか「へえーっ」とか言いながら通り過ぎていく。山頂では見ることができず、あきらめて、もう下り始めたところだったのだろうか。

 5:15。その山頂は、濃い霧と横殴りの強風の中。気温も低い、寒い。何も見えない。

Dscf8146

Dscf8161 いつものわたしならここで、新田次郎の『富士山頂』によれば、とか感慨にふけるところであるが、今回はとてもそんな余裕はない。
 山頂も人が混んでいる。東京屋という小屋で、ホット・コーヒーを注文して朝食を食べる。下の小屋でもらったもので、四角い米粉パンに魚肉ソーセージである。これにカロリーメイトと緑茶のブリックパックがついていた。もらったときは、重いのでおにぎりかと思ったが、そういう時代はとっくに終わっているようだ。
 ともかく登頂した。ごはんを食べて身体があたたまり、これ以上登らなくていいと思うとだんだん元気になってきた。お鉢巡りだって、きっとできるにちがいない。中止になったのが残念だ、と言っておこう。

Dscf8150  Dscf8148

 何はともあれ、記念撮影。

Dscf8145

 あとは6:15集合で下山開始だったのに、まだ頭はぼんやりしていたらしい。6:15近くになってから、なぜか6:30までまだ時間があるなと思って、また神社の方へ徘徊をはじめてしまった。
 6:30の集合場所には誰もいない。そうだ6:15だったじゃないか、メモにも書いてある。どうして間違えてしまったのか、自分でもよくわからない。
 しかし後は下りるだけだから、あわてることはない。他にも下山する人たちは大勢いるから、道に迷うことはない。
 一人で下り始めたら、身体が高度に慣れてきたせいなのか、それとももう登らなくていいという安堵感のせいなのか、不思議なくらい元気に下りられた。砂礫の道をどんどん他の人たちを追い越して、なんと6:50には、自分たちのグループに追いついてしまった。
 

 そのうち霧が雨になって、ずっと雨の中を下った。途中まぬけなことに、転んで左膝をぶつけてしまい、最後の二時間は金剛杖にすがって、足をひきずるように降りたが、まあたいしたことはない。吉田口五合目へ無事帰還した。 

 このあとは、バスで鳴沢村の「富士眺望の湯 ゆらり」へ行き、入浴。富士眺望の露天風呂が売り物なのに、ここも雨で富士山は見えなかった。しかし入浴後のビールは最高にうまかった。横浜帰着は18:30頃。
 とうとう最後まで山頂の見えない富士山行だったが、登頂は果たしたし、御来光も見た。ともかく一度は登らなければという目的は達成した。満足はできないが、納得はしよう。

 富士山のきれいな写真が撮れなかったので、かわりに土産の富士山羊羹をどうぞ。

Dscf8167_2

 

 
 

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コメント

なむや店主殿

富士単独踏破 おめでとうございます。
私もいつか登ってみたいと思っているので、参考になりました。7合目迄約4時間、そこから山頂迄5時間弱ですね。初歩的な質問かもしれませんが、登山道は登り下り別(すれ違いなし)ですかね?

投稿: jiseizai | 2013年8月 5日 (月) 11時02分

 そうですね。この吉田口ルートと須走ルートは下山道は別になっています。富士宮ルートは別れていないので上下一緒のための混雑があるようです。

投稿: 窮居堂 | 2013年8月 5日 (月) 21時21分

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