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2013年11月 9日 (土)

京都1 金戒光明寺

 十月のはじめ、転んだり急にひねったりした記憶はないのに腰が痛くなった。その前に二日ばかり、わが家の壁紙と床のクッションフロアーの張り替え作業をしたためだと思われる。それほど過激に働いたつもりはなかったが、これも歳のせいだろう。
 十月六日の愛知県での亡兄の三回忌にあわせて、その後京都へ行く予定を組んでいた。法事の間ずっと座っているとやはり腰に効いてきた。しかしこれくらいならなんとかなるだろうと、終わってからそのまま京都へ行ったが、歩き回るのが腰にいいわけはない。二泊したものの、思っていた半分も見られないまま帰ることになってしまった。一緒に行ったうちの奥さんも、もともと腰痛持ちのうえ足痛やら何やらが出て元気は出ず、「秋の京都」のつもりが、「腰痛の京都」になってしまった。

 Photo_4 七日にまずバスで、うちの奥さんの学生時代の友人の自宅兼工房を訪問した。染色の仕事をされている。突然だったが、幸い在宅中で、おいしいコーヒーをご馳走になった。いろいろおもしろそうな話があったが、七月に大きな怪我をされて、まだリハビリ中ということで、長い時間はお邪魔しなかった。

 市バスのこんな一日乗車券があって、これはとても便利だった。500円で町の中心部は乗り放題なので、路線がよくわからないまま、やってきたバスにとりあえず乗ってしまっても、間違っていたら乗り換えればいい。まして今回は腰痛の身である。たとえ一区間でも、ためらわずに乗れるのはありがたかった。

黒谷金戒光明寺

 その工房は東岡崎にあって、すぐ近くが金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)、浄土宗の大本山の一つである。

Photo
 法然上人が、修行していた比叡山黒谷をおりて、この地に庵を結んだのが浄土宗の寺院の始まりだそうだ。そこからこの地は新黒谷と呼ばれるようになり、やがて「新」がとれて、ここも「黒谷」になったものらしい。そういう由来を知らないから最初、黒谷をおりて黒谷へ来たのか、あるいはこの谷は比叡山までつながっているのかと思ってしまった。
 これが山門で、この額が気になった。
 

Photo_2 Photo_3

 なんだか「浄土真宗なんとか門」と書いてあるような気がする。ここは浄土宗のお寺のはずだが?
 下の看板を見ると、こう書いてあった。

山門楼上の勅額「浄土真宗最初門」は、後小松天皇(在位一三八二~一四一二)のご宸翰(しんかん)で元祖法然上人が最初に浄土の教えの真実義を弘められた念仏発祥の地との意を賜ったものである。尚、東西本願寺・仏光寺などの宗派名を表わすものではありません。

 「浄土真宗」と書いてあるが、宗派のことではなく、「浄土の真を弘める宗」ということらしい。
 帰ってから調べてみると、江戸時代にこの「浄土真宗」という名を巡って宗名論争があったのだという。浄土真宗は、幕府から公式には「一向宗」と呼ばれていたが、これを「浄土真宗」に改めてほしいと願い出た。しかし浄土宗(主に増上寺)の強力な反対にあって、明治になるまで認められなかったそうだ。わが家の宗旨は浄土真宗なのに、これは知らなかった。

 これは山門の奥にある御影堂

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 浄土宗徳川家の宗旨で、幕府は京都に知恩院とこの金戒光明寺の二つの大きな寺院を建てた。どちらも、京都に騒乱が生じたときには城郭として使用できるようにつくられたという。実際に、幕末の争乱に際しては、京都守護職に任ぜられた会津藩はここに本陣を置いて駐屯した。(わたしは見ていないけれど、今年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」にもきっと出てきたことだろう。)
 だから敷地も広く、京都の町を見下ろせる。下の写真は御影堂の前から撮ったもの。ちょっと建物がじゃましているが、小高いところにあることはわかる。

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 さらにここには「會津藩殉難者墓地」があって、禁門の変の戦死者を含め、当時の会津藩関係者が葬られている。本来ならひととおり見ていくところだが、今回は腰が痛い。墓は見ないで、隣の真如堂(しんにょどう)へ行った。

真如堂

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 ここは正式には真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)という天台宗のお寺である。本堂を真如堂といい、それがお寺そのものの通称になっているらしい。
 
 ここで突然思い出したのは、高校時代の友人が学生時代に下宿していたところが、たしか「浄土寺真如町」という地名だったこと。地図を見ると今でもこの地名はあるからおそらく間違いないだろう。このすぐ近くである。泊めてもらって哲学の道などを案内してもらった記憶がおぼろにあるから、ここへも来ているかもしれないが、覚えていない。
 左が真如堂で、右は三重塔
 金戒光明寺も真如堂も紅葉の名所だというから、十一月の終わりの頃にでもまた来られたらいいのだが、その頃はどちらもこんなにひっそりとはしていないだろう。

   Dscf8235  Dscf8236

 十月だというのに、この日の最高気温は二十九度とほとんど真夏日で、歩いているだけで汗が出る。腰はやっぱり痛いし、同行のうちの奥さんも足が痛いやらなにやらは相変わらずで意気が上がらない。
 ともかくここまで来たんだから、南禅寺までは行こうと、またバスに乗った。

 

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