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2013年12月16日 (月)

ビブリア古書堂の事件手帖

  三上延(みかみえん)の『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち』(メディアワークス文庫、2011)は、よく売れてテレビドラマにもなった。現在第4巻まで出ていて、もうすぐ第5巻も出るらしい。

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 舞台の「ビブリア古書堂」は北鎌倉の駅のホーム沿いの裏道に、ひっそりと営業している古本屋である。
 若くて美人の古書店主篠川栞子(しのかわしおりこ)は、人見知りで日常的な会話はうまくできないが、いったん本の話になると逆に滔々としゃべりはじめる。そこへ大学を卒業したものの就職先がなく、本を読むと頭が痛くなる無骨な若者がアルバイトに雇われる。そして古書にまつわるいろんな事件に遭遇するなかで、二人は微妙な関係になっていく、という話で、なかなかおもしろく、楽しませてもらった。ひとつひとつの話がつながりながら、全体としてまとまった話になっていくようだ。

 この本は「ライトノベル(通称ラノベ)」というものに分類されているらしい。定義がはっきりしないが、若者向けの軽読み物、といったところだろうか。別に分類にこだわって読むことはない。精細な情景描写とか心理描写はないから、すいすい読めるのはたしかだ。これをすかすかと感じさせずに読ませるのが作者の技倆というものである。
 前回取り上げた宮部みゆきの『淋しい狩人』には、稀覯本の類がでてこなくてちょっと残念だったと書いたけれど(→淋しい狩人)、このシリーズは、太宰治の『晩年』の初版本や司馬遼太郎の幻の処女作など、実在の本をめぐって事件が展開していくので、本好きにとってはまずその点が一番に楽しいところである。

 ところがわたしは、その楽しい古本について、世代間ギャップを感じざるをえなかった。
 一番最初に岩波書店の新書判の漱石全集が出てくるが、これはわたしの若いころ、どこの新刊書店にも古本屋にもあった、ありふれた本だった。今でも古本としてはちっともありがたくない本ではないかと思う。それがちょっといわくありげに出てくる。
 しかもここにはちょっと突っ込みどころがある。副主人公の若者母子が全集の一冊に「夏目漱石」とサインしてあるのを見て、本物だったら凄い、と思う場面があるのだ(P28)。昭和三一年刊の本である。本を読むと頭が痛くなる若者はともかく、母親が本物と思うだろうか。母親はわたしより少し若い世代だろうけれど、普通あの本を見て、漱石が生きている時代の本だと思うわけがない。
 主人公や副主人公が、ちょっと現実にはありえない能力や性格であってもいっこうに差し支えはない。シャーロック・ホームズだってそうだ。しかしそのほかの、事件の渦中にある人びとの行動や状況に、現実にはありえないような設定をしてしまうと推理小説はそこから崩れてしまう。
 ついでにもう一つ言えば、この母親は「もう一回忌もすぎたでしょ。」と遺品の整理をはじめている。「一回忌」はないだろう。これは数え年方式で、葬式が「一回忌」なんだとわたしは理解している。実際に法事をやった人は「一周忌」としか言わないはずだ。

 しかしわたしが言いたかったのは、重箱の隅をつつくようなことではない。こういうところはあっても全体として楽しく読ませてもらった。けれども自分の年齢を痛感せざるをえなかったということである。
 作者は1971年生まれということだからわたしより24歳若い、二回りちがう。
 さらに、この小説の主人公たちは2010年の時点で二十代前半から半ばという設定なので、1980年代の後半の生まれということになる。だから主人公たちの感覚では、1980年といえば三十年も前のこと、生まれる前の、ずっと昔で、その頃の本はとても古い本だという話になる。
 わたしにとっては80年代などついこのあいだのような気がする時代である。その頃の本などちっとも古いと思えない。前掲の昭和31年の漱石全集なら、まあ古いと言ってもいいか、くらいである。
 考えてみれば、わたしが二十代前半だったころ、三十年前の本と言えば戦前・戦中の本である。その頃、わたしもずっと昔の本だと思っていた。古くさい、ほとんど役に立たない本くらいにも思っていた。
 それと同じような感覚で、主人公たちが1980年ころの本を見ているとすれば、話に違和感が生ずるのは当然である。これがつまり歳とともに時代とずれていく、若い者にはついていけないということなのだろうか。

 この本を読んでおもしろがっているのは、かなり年甲斐もないことなのではないか、という気もしてくる。カバーを見ていると、よけいそんな気がする。ラノベというのは、こういう絵がつきもので、「萌え絵」というらしい。この「萌え」という言葉をはじめて聞いたときはなんのことかさっぱりわからなかった。やっぱり歳である。

ビブリア古書堂の事件手帖2 ~栞子さんと謎めく日常』(2011)

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ビブリア古書堂の事件手帖3 ~栞子さんと消えない絆』(2012)

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 年齢の話は別にして、古本が材料であることの他にわたしがおもしろいと思ったのは、話が北鎌倉、大船を中心に展開されていることだった。わが家からわりと近く、ときどき訪れているので、それなりに土地勘がある。
 実在の書店名などが出てくれば当然わかるし、「大船の駅前のパチンコ屋の二階の喫茶店で」と書いてあると、あそこだな、と思ったりする。本郷台、港南台という地名まで出てきて、ミーハー的にけっこううれしい。
 先日、北鎌倉へ行ったときには、ついでにビブリア古書堂があるとされている駅のホーム沿いの裏道まで見に行ってしまった。
 右は第一巻の扉の絵で、古書堂が書いてあるが、実際には何もない住宅地で、古本屋をやってもまず流行りそうにない場所である。

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 この道をホームの先まで行くと左手がすぐ円覚寺の入口で、こんな紅葉が見られた。

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 おまけに、東慶寺本堂の入口。

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 年齢にはふさわしくなくとも、まだ第3巻までしか読んでないから、もう少し読ませてもらうことにしよう。

(おわり)


 

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