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2013年12月 4日 (水)

忘年会は笹乃雪 1

  11月30日に学生時代の仲間と忘年会をやった。三年前までは、毎年銀座でやっていた。そのころ万年幹事だったK君がそう決めていた。K君の最初の勤務地だったことから、定時・定点観測のためにそうしていたのではないかと思っている。
 そのK君が亡くなってからもう三年近い。この仲間での忘年会というと、どうしても彼のことを思い出してしまう。逝くのが早すぎた。

P1010068_2笹乃雪

 幹事が変わってから、忘年会に東京名所見物を付加するようになり、浅草東京タワーへ行った。
 今回は上野近辺で、宴会はJR山手線鴬谷駅から徒歩3分の笹乃雪、豆腐料理の老舗である。
 なにしろ元禄四年(1691)に京都から移って、江戸で初めて絹ごし豆腐を作った、赤穂浪士とも因縁がある、というから、創業百年ぐらいではとてもかなわない。くわしい話は店のホームページでどうぞ。→http://www.sasanoyuki.com/index.html

Dscf8377 Dscf8378

Dscf8379 料理はともかく豆腐づくしである。うちの奥さんの実家の菩提寺が南千住にあるので、義母の法事後の会食で来たことがある。そのときは、豆腐好きのわたしがいいかげんあきるくらい豆腐がでてきた記憶があるが、今回は、それぞれに工夫された豆腐料理を、最後まであきることなくおいしく食べられた。料理のコースが違ったのか、それとも歳とともにわたしの味覚が枯れてきたせいだろうか。
 先日食べた南禅寺の豆腐とはまたひと味違っている。
 料理の写真は、酒を飲みながら、みんなで騒ぎながらだったので、最後まできちんと撮ることはできなかった。いただいた献立を載せておこう。

Photo

B_3

湯豆腐に憩う根岸の五老人    俳爺

 俳人T局長の当日吟である。このあたりの町名が「根岸」。献立に湯豆腐はなかったが、芸術だからいいのである。
 わたしは「冷や奴根岸の里のわびずまい」くらいしか出てこない。
 

T_2子規庵

 俳人が出てきたところで、宴会のあとの名所見物は、正岡子規の終の棲家となった子規庵である。空襲で焼けたものを、戦後再建したという。
 見たところ、そういう由緒ありげな家ではない。わたしたちの子どものころまでは、どこにでもあった普通の家である。同行のI長老は、昔住んでいた、国鉄の官舎を思い出したと言っていた。

      Dscf8388_3

 八畳六畳の二間を中心に、ちょっとした次の間・台所、縁側がついていて、小さな庭がある。庭には糸瓜(へちま)棚がある。
 絶筆三句
  糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
  痰一斗糸瓜の水も間に合わず
  をととひのへちまの水もとらざりき

の糸瓜である。

Dscf8387_2

 子規は出戻りの妹の(りつ)に献身的に看護されながら、痛みや苦しみから癇癪を起こして当たり散らしていたらしい。『仰臥漫録』にはずいぶんひどいことが書いてある。

 律(りつ)は理屈詰めの女なり 同感同情のなき木石(ぼくせき)の如き女なり 義務的に病人を介抱することはすれども同情的に病人を慰むることなし 病人の命ずることは何にてもすれども婉曲(えんきょく)に諷(ふう)したることなどは少しも分からず (岩波文庫、P60)

 「団子が食いたいな」と言えばすぐ買ってきて食わせるものだ、それを「団子を買ってこい」と言うまで 知らん顔をしているのはけしからんというのである。
 こんなふうだから、また嫁すことがあっても役にはたたないだろうとか、もっとひどいことも書いてある。いくらなんでもかわいそうである。
 このは、NHKテレビの「坂の上の雲」では、菅野美穂がやっていた。これが菅野美穂だと思うとよけいかわいそうな気がしてくる。
 まあ、こんな一節もあるから、子規もわかってはいたのだろうけれど。

 病勢はげしく苦痛つのるに従ひ我(わが)思ふ通りにならぬために絶えず癇癪を起し人を叱(しっ)す 家人恐れて近づかず 一人として看病の真意を解する者なし (P64)

Photo_2

 ここでT局長Photo_3

子規庵の異形の机冬日さす    俳爺

と詠んだ。これは六畳の部屋にあった子規の机のことであろう。病で膝が曲がらなくなったため、立て膝のまま仕えるように切り込みを入れたもので、有名なものらしい。
 しかしわたしはこの机をちゃんと見ていない。実は「室内撮影禁止」に気がつかず、八畳間の写真を撮ったら注意されてしまい、恥ずかしいので早々に庭に出てしまったのだ。
 写真はパンフレットに載っていたもので、ちょっと見にくいが、注意してみると切り込みが見える。

 (このあともう少し下町散歩がつづく。)

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コメント

子母沢寛の『味覚極楽』(中公文庫、1983)に、こうあった。
「私は根岸の「笹の雪」へよく行くが、必ずあの豆腐を一折貰ってかえる。これは「笹の雪」で拵えた豆腐料理も結構だが、あれを貰って来て生醤油をたらたらと落としがけにして食べる方が一層うまいからである。
昔は知らない。この頃は「笹の雪」でも焼鳥を食べさせたり、何にか鶏肉の入った豆腐など出すが、あれはどうも感心しない。私はあすこでは、何んというか、あの小さな茶碗でいきなり二つ出して来る薄いあんかけ(傍点)、あれがやっぱり一番だと思う。(昭和二九・九・九)P43

投稿: 窮居堂 | 2014年5月31日 (土) 13時16分

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