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2014年2月17日 (月)

おさがしの本は

 門井慶喜(かどいよしのぶ)の『おさがしの本は』(光文社文庫、2011)は、図書館を舞台にした小説で、窓口で相談を受けた、題名不明の本を探す話を中心にした連作短篇集である。犯罪は起こらないけれど、広い意味でのミステリに入れていいだろう。

 カバーにはこう紹介してある。

和久山隆彦の職場は図書館のレファレンス・カウンター。利用者の依頼で本を探し出すのが仕事だ。だが、行政や利用者への不満から、無力感に苛まれる日々を送っていた。ある日、財政難による図書館廃止が噂され、和久山の心に仕事への情熱が再びわき上がってくる…。様々な本を探索するうちに、その豊かな世界に改めて気づいた青年が再生していく連作短編集。

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 題材はわたし好みなのに、まず最初の「図書館ではお静かに」の冒頭がいけなかった。(以下ネタバレがあるので、ご承知を。)

「シンリン太郎について調べたいんですけど」

 これがその書き出しである。短大生がレポートの課題図書を探しに来たのはいいけれど、鴎外・森林太郎をなんとシンリンタロウと読んでいる!というのだが、ちょっと安直なネタで、いかにもわざとらしい。
 しかも後を読むと、出題した国文科教授は鴎外に心酔するあまり、鴎外本人が「石見人(いわみじん)森林太郎トシテ死セント欲ス」と言ったからと、雅号の「鴎外」とは呼ばず、常に「林太郎」と呼んでいたことになっている。それならその生徒がモリ・リンタロウと読めないわけがないだろう。
 心酔しているから鴎外と呼ばず林太郎と呼ぶというのもおかしい。尊敬しているならなおさら雅号で呼ぶのが日本人の常識ではないか。
 学生時代、友人がしきりに「キンノスケが、キンノスケが」と言うので、こっちは中村錦之助の話だと思って相づちを打っていたら、どうも話が合わない。友人はなんと「夏目金之助」のことを言っていたのであった。本名を知っているからといって、漱石を本名で呼ぶ奴があるか、というのはわたしの昔話。
 実は短大生のメモには「林森太郎 日本文学史」と書いてあった。これを「森林太郎 日本芸術史資料」の書き間違いだろうと話は進んでいき、最後に「林森太郎 日本文学史」という本が実際に存在していた、という落ちになる。
 しかしこれは、図書館のレファレンスだったら普通何を置いてもまず「林 森太郎」を調べるところだろう。司書がこの名前を知らなかったからといって、書き間違いと決めつける根拠はない。ネットで国会図書館の蔵書まで検索でき、借りることだってできる時代だ。司書の怠慢である。
 第四話の「ハヤカワの本」でも、「早川図書」と聞いて、ハヤカワ文庫しか探さないのでは図書館司書はつとまらないと思う。ネタが弱い。

 この後、経費削減のため図書館を廃止しようと、市役所から送り込まれてきた上司と対立し、書名当てクイズのようなものに正解し、上司から認められる。そして市議会の委員会で図書館存続の意義について熱弁をふるい、とうとう廃止を阻止し、市役所中枢へ栄転する、というビジネス小説のような展開になっていく。

 なんか違うなあ、というのが正直な感想。「森林太郎→林森太郎」というようなネタに、図書館を結びつけたのはいいが、その図書館や市役所に現実感が感じられない。
 クイズとレファレンスは違うし、やる気のなかった司書が、市役所本庁に引き抜かれてやる気を出していくという結末は、司書の仕事に対する共感が感じられない。
 わたしの趣味としては、本のネタだけで書いてほしかった、というところだ。

 続編も読んでみた。『小説あります』(光文社、2011)で、アマゾンの内容紹介にはこう書いてある。

N市立文学館は、昨今の自治体の財政難が影響し、廃館が決定してしまった。文学館に嘱託として勤めていた老松郁太は、館の存続をかけて、文学館の展示の中心的作家・徳丸敬生の晩年の謎を解こうと考える。30年前、作家は置き手紙を残して失踪、そのまま行方不明となったままなのだ……。好評を博した『おさがしの本は』姉妹編、待望の刊行!

Photo

  今度は文学館が廃止の対象で、そこの嘱託職員が主人公。前作の司書は市役所中枢の企画部門にいる。嘱託職員はその元司書とも連絡をとりながら、文学館の対象である作家の死にまつわる謎を解くことで、館の存続をはかろうとするが…という話。

 今度は文学館を存続させることはできなかったが、弟との「小説とはなにか」をめぐる対話と、作家の残した本の謎を解きあかそうとする中で、また元気になってビジネス界に復帰していくという結末になる。この作者は、本をいじくっている仕事から離れると、人は元気になるものだと思っているのだろうか。
 これらの本もライトノベルに分類されるのかどうか知らないが、文章が軽い。ちょっと軽すぎて、小説の楽しみのひとつである、文章のおもしろさや味わいといったものに欠ける。
 架空の小説に対する実在の評論家の批評を、文体模写で書いてみせるという芸もあった。しかし東京新聞の「大波小波」も吉田健一の文芸批評も、若い頃同時代で読んだことがあるけれど、いまいちピンとこなかった。ちょっと残念な作品だった。

 欠点をあげつらうようなことばかり書いた。興味ある題材なので、どうしても細かいことまで突つきたくなってしまう。けっこう期待しながら読んでいるのである。また本を題材にした作品を期待したい。

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