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2014年3月15日 (土)

竹島・香港・アラスカ

 門井慶喜について「また本を題材にした作品を期待したい。」と書いたので(→おさがしの本は)、その後、『竹島』(実業之日本社、2012))という本があるのを知って読んでみた。
 帯にはこう書いてある。

日本と韓国を両天秤、大ばくちの始まりや。
竹島領有権、その根拠となる江戸期和本を握った、むこうみずな大阪の若者と老人。対する派日韓外交当局のトップ。庶民対エリートの駆け引きの勝者は――だれや?

 竹島領有権の根拠となる古文書とは、おもしろいところに目をつけたな、と期待して読み始めた。

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 ところが残念なことに期待はずれだった。(以下最後までネタバレあり。ご承知ください。)

 まずこの古文書が頼りない。どちらに領有権があるのか書いてあるのだと思って読んでいくと、なんと文句の解釈によっては、どちらともとれるのだという。権利書のように、それを所持している方に土地が所属するわけでもない。それなら争奪戦に意味がなくなってしまう。
 主人公は稀代の口先男で、議論するとみんなまるめこまれてしまうという設定になっているけれど、ここに書かれている会話を読むかぎりでは、誰もがだまされてしまうほど口がうまいとはとても思えない。これで納得していては日本でも韓国でもとても外務官僚はつとまらないだろう。
 キャラクター小説というものがあるそうだ。よく知らないが、ライトノベルの技法で、登場人物のキャラクターを決めておいて、それを元に話を展開させるというものらしい。ロール・プレイング・ゲームの影響だろうか。
 児童読物やマンガで、小柄で眼鏡をかけた少年に「博士」というあだ名をつけておけば、その子は何でも知っていることになるようなものか。
 前にちょっと書いたけれど、海堂尊の医療小説シリーズも基本的にはこの手法で書かれているように思う。(→『ジェネラル・ルージュの凱旋』 )「ジェネラル」とか「ハヤブサ」というあだ名をつけて、それで登場人物の性格は了解してね、ジェネラルだから尊大で、ハヤブサだから仕事がテキパキできるんだよ、というわけだ。

 この小説では、主人公は「しゃべりの天才」というキャラクターに決めたので、外務省も韓国もみんな言い負かされてしまうことになっている。しかし古い小説の読者としては、それを納得できるだけの描写がないと合点がいかない。この手の小説では、お約束なんだから野暮なことは言うな、ということになっているんだろうか。
 筋立ても貧弱で、話題からすればKCIAや内閣情報室の暗躍が期待されるところなのに、下っ端の官僚や韓国領事が出てくるばかりで、そのうち突然外務大臣が、日韓サッカーの勝負で決めようと言い出したりする。サッカーの試合描写も迫力に欠ける。

 というわけで残念な作品だった。この題材ならもっと中身の濃い作品ができそうな気がするのに。
 例えば、こんなのはどうだろう。
 豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき捕虜となって鹿児島にやってきた李氏朝鮮の陶工の子孫である民俗学者が、神田の古書市で朝鮮渡来と思われる古文書を入手した。それは日本政府から韓国に返還された朝鮮王室儀軌に欠けていた秘密の一冊で、そこには、竹島でひそかに執り行われた「島払い」の儀式のことが記されていた。
 「島払いの儀式」とは何か?島譲りの神話?「島原の子守唄」に隠された秘密とは?宮廷女医チャングムの末裔だと名乗る謎の美人女医はKCIAの手先か?
 ペ・ヨンジュンによく似た内閣情報調査室の担当官が、KCIAから、古文書をめぐる戦いに最終決着をつけようと呼び出された夜のディズニーランドへむかう。そこへ冬ソナの主題歌を口ずさみながら現れたのは、小太りで無精ひげをはやした、あの北朝鮮の独裁者の兄だった…(ああ、収拾がつかない)

 領土をめぐる古文書を題材にしたスパイスリラーというと、すぐ思い出す作品がふたつある。ひとつはこれ、服部真澄の『龍の契り』(祥伝社、1995)である。

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 これは1997年の香港返還について、実はイギリスが共産中国を承認する見返りに香港を返還しなくてもいいとする密約があったという設定。失われたその密約文書をめぐって、日中英米の外務省・諜報機関やユダヤ財閥、さらに中国の秘密結社や宋家の三姉妹の末裔に、果てはソニーを思わせる日本の大手電機会社の社長までが入り乱れて暗闘する。かなり複雑にこみいった話だが、手際よく、おもしろく読ませる。
 刊行された当時は、とうとう日本にもスケールの大きい本格的スパイスリラーが誕生したと評判になり、わたしも感心した。
 この小説の結末は、アジアを支配しようとするユダヤ財閥の陰謀に対抗して、欧米の価値観とはちがう安定したアジアを築くために、日本と中国が協力するという筋書きになっている。
 最近の日中の政治情勢からすると、とても考えられない結末だが、1995年当時、ほんの二十年前には、これがありうる理想として語られ、一般にも受け入れられていたのだ。時代は変わる。今の日中関係だってこのままずっと続くわけではないだろう。

 もう一作は、ジェフリー・アーチャーの『ロシア皇帝の密約』(新潮文庫、1990)だ。

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 こちらは、1867年ロシアからアメリカに720万ドルで割譲されたアラスカには、なんと買い戻し特約があったという話。99年以内に、99倍の7億1千280万ドル払えば買い戻せる、という条件がついていたというのだ。この着想が素晴らしい。
 この条約書は、ロシア革命のどさくさで失われたと思われていたが、ナチス・ドイツのゲーリング元帥を経て、イギリスの退役軍人に遺贈された「皇帝のイコン」の中に秘められていることが判明する。1966年の期限までになんとかこれを取り戻そうとソ連のKGBが暗躍し、英米のスパイが対抗する…
 歴史の示すとおり、ソ連のアラスカ買い戻しが成功しないのはわかっているのだが、アーチャーは最後まで楽しく読ませてくれる。

 現在、ウクライナ、クリミアが緊迫した状態になっている。ロシアがアラスカを割譲したのは、クリミア戦争(1853~1856)の後で、金に困っていたから、という説があるようだ。昔とちがって、他国に下手に介入すると、あとあと大変なことになるのはロシアもアメリカも十分わかっているはずだが、どうやっておさめるだろうか。

 それはさておき、香港、アラスカとくると、フランスがルイジアナを買い戻す、取り戻すという小説も、どこかにあるんじゃないかという気がする。どなたかご存じでしたら教えてください。

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