« 寅さんを全部見る1/2 | トップページ | J52 アラブ・ジョーク集 »

2014年4月 7日 (月)

寅さんを全部見る2/2

・ 「男はつらいよ寅さんDVDマガジン」の50号には、映画の前のテレビドラマ版の第一話と、最終話(第26話)が収められている。当時ビデオテープは高価だったので、テレビ局でも最初と最後だけは残したが、あとは重ね録りして使ってしまい、これだけしか残っていないそうだ。

Dvd50

     「男はつらいよ寅さんDVDマガジン」Vol.50 (講談社、2012)

・ テレビドラマの寅さんは、映画より若くて、元気で、悪い。
 18年ぶりに柴又に帰ってきたと思ったら、とらやにテキヤ仲間を勝手に集めて宴会をはじめる。勤めから帰ってきたさくらに、集まった面々はそれぞれ「ナントカ一家三代目なんのなにがし」とか「ナントカ連合幹部カントカの○○」とか、ヤクザまがいの仁義をきって驚かす。しまいには寅さんがさくら(長山藍子)にお酌をしてまわれと強要するので、とうとうさくらも「出てってよ」と怒り出してしまう。
 明くる日、反省してまた旅に出ると言ってとらやを出た寅さんは、挨拶に寄った散歩先生(東野英治郎)の家で、美人になった鼻ったれ嬢ちゃん冬子(佐藤オリエ)に出会い、腹が痛いと仮病をつかって救急車で病院へかつぎ込まれる…
 というわけで、テレビドラマの第一作で、もう「男はつらいよ」の基本形ができている。

・ 宴会で仁義を切るシーンでは、酔ったおいちゃん(森川信)まで調子に乗って「さておしまいにひけえしは…とらや二代目…人呼んで「後家殺しのタツ」でござんす」とやってしまい、後でおばちゃんからとっちめられる。これは森川信だからいいので、松村達雄下条正巳ではこうはいかなかっただろう。

・ テキヤ=香具師(やし)というのは、薬師(やくし)が語源で、寺の門前で演芸をやって人を集めて薬を売っていたのが最初だという。ヤクザとはちがうが、どちらも村落共同体から脱落した無宿者をすくい取る組織である。江戸時代後期には全国にまたがる組織になった。組織をまとめるため、親分子分といった擬制血縁共同体組織をつくり、厳しい掟があった。(樋口清之『梅干しと日本人』より)
 寅さんもその世界での厳しい姿をかいま見せることがある。

・ テレビ版最終作の寅さんは、ハブを大量に捕獲して一山当ててやろうと奄美大島へわたる。映画では、競馬で当てたことが一回あったけれど、一攫千金みたいなことは決して言わなかった。やっぱり若くて元気だったのだ。

・「江戸っ子」についての話のとっかかりに、司馬遼太郎が『男はつらいよ』のことを書いている。(『街道をゆく36 本所深川散歩・神田界隈』、朝日文庫、1995)

36司馬遼太郎『街道をゆく36 本所深川散歩・神田界隈』(朝日文庫、1995)

・ 司馬の知り合いで、「男はつらいよ」のファンだという外国人女性が、映画の登場人物のうち、リアルな存在はタコ社長だけで、とらやの家族たちのような好人物はこの世にはいないだろう、と言った。それに対し、司馬は「いますよ」とこたえ、南画と江戸落語を同時に思い出したという。
 南画に描かれた、桂林の山のふもとの草庵に寝そべっている人物も、江戸落語に出てくる江戸っ子の理想像も、同じように理想でありながら幻想ではない。そういう人がいなかったわけではなく、今でも近所にいそうで、自分でもそうなれそうな気がするという、実と虚のはざまにいる人物である。おいちゃんやおばちゃん、さくらもそういう人物だというのだ。(P20)

・ タコ社長はたしかにリアルだ。今回全部見るまでは、金で苦労している零細企業の気のいい親父くらいに思っていた。しかしずっと見ていくと、すぐにゲスな勘繰りをしたりして、これまで思っていたよりずっと品性にいやしいところがある。しかしそれは普通この場面だったら、一般人はこう勘ぐるだろうということで、タコ社長は一般庶民の下品さ・いやらしいさも表現している。だからリアルなのだ。

・ 全部見終わってから渥美清『きょうも涙の日が落ちる』(展望社、2003)を読んだら、「女と暮すなんてつらいよ」という章に、こんなことが書いてあった。

 ぼくはねえ、やっぱり女のひとが好きだし、とても女に惚れるけれども、できることなら、いっしょに暮さないでいたいと思うんです。
 いまは嫁さんもっちゃったから、こんなこといえた義理じゃないんだけど、できれば、女というものは、すこし離れて見ていたいですね。たとえば、もの書きがかいた物語りとして、画描きがかいた画として、みていたいのです。
 もしそうだったら、絶対その人を裏切らない、というほんとの自分の気持、そういう自信はありますね。絶対、お前さんに捧げた自分の気持は、たとえ手をさしのべて、なでてやることはできなくても、その気持にうそはないよ、といい切れるなにかがあるんですよ。ところが、これが生身の相手で、いっしょに暮していくとなると、やっぱり裏切らなきゃあ、生きていけないんじゃあないか、という気がするんです。
 わがままないい方でしょうけれど、やはりいっしょに住み、いっしょにこどもを育て、いっしょに生きていくということは、つらく、しんどく、大へんなことなんじゃないでしょうか。」(P60)

 渥美清ではなく寅さんが言っているようだ。これは昭和46年の「暮しの手帖」にのったものだというから、人気が出てきて六作目、七作目が作られたころだから、寅さんを意識して言っているのか。

Photo      渥美清『きょうも涙の日が落ちる』展望社、2003

 

・ 渥美清の有名な俳句

お遍路が一列に行く虹の中   風天

 

|

« 寅さんを全部見る1/2 | トップページ | J52 アラブ・ジョーク集 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 寅さんを全部見る2/2:

« 寅さんを全部見る1/2 | トップページ | J52 アラブ・ジョーク集 »