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2014年5月 6日 (火)

J55 江戸の小ばなし

 江戸時代の小咄はたくさんあるが、下ネタが多く、本が出てくるものは少ない。
 山住昭文『風流江戸の小ばなし』(2002、朝日文庫)を見ても、『論語』に関するものがあるだけ。

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細見はわかり論語はわからねえ
(細見=吉原遊郭の案内書)

足音がすると論語の下に入れ
(急いで隠すのは吉原細見)
(P15)

 川柳で、『論語』より『吉原細見』がいい、という話である。

 

而立

「世間の人が、成人としてあがめている孔子(こうし)というお方は、お気の毒なことに、二八、九までは、足がご不自由だったそうな」
「へへぇ!そいつは初耳だ。それにしても、お前は、どうしてそんなことまで知っているのだ?」
「ちゃーんと、『論語』という本に書いてあるのさ。三十而立(さんじゅうにしてたつ)…」
(当世手打笑(とうせいてうちわらい)・延宝九年・一六八一年)
(P78)

 これは下手なダジャレのようなもので、おもしろくない。

 

 『にっぽん小咄大全』(浜田義一郎訳編、筑摩書房、1962)にも、あまりない。

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天網恢々

 芸者ふたり、夜ふけて座敷からもどる途中、
「おもんさん、わたしは後架(こうか)へ行きたい」
「ここらは後架がない。そのどぶのはたへしな。だれも見やしない。早くしな」
 おふきは尻ひんまくって、たれしまい、
「おもんさん、紙をくんな」
「これはしたり、さっき使ってしまった。いいからその唄の本の終わりの、白い所を裂(さ)いてふきな」
「アイ」と引き裂き、用をすまし、連れ立って帰ったが、あくる日、溝のはたに、大便の上の紙に書きつけがある。
<この主ふき*>   (飛談語)  

* 本の持ち主の名をこう書く。柳亭種彦などは「此ぬし種彦」という蔵書印を使っている。(P234)

 

合成譚

 昔男業平卿、初冠(ういこうぶり)して七里が浜へ出て、<汐みち来れば方おなみ>と詠じとき、大勢来て敷皮をしき、首打ち落とさんと抜き放せば、剣に恐れて巌にのぼるを、頼政きりきりと引きしぼり、一たび放せば千の矢先、雨あられと降りかかれば、小町はずぶ濡れになって帰りけるが、大木の松、枝をたれ、葉をならべ、上を見れば世の常の衣にあらず、取ってみると頼朝公の狩衣、景清刀をもって突けば、御衣より血がこぼれると覚えしが、雨漏りの音で目をさましたら、貸本を枕にしていた。 (いかのぼり)(P329)

 「天網恢々」は汚いけれどおもしろいが、「合成譚」は、これでどれだけの物語が混ぜ合わされているのかわからないと、おもしろくない。昔の笑い話を笑うには、それなりの教養がいる。

 もう一冊、宇野信夫昔も今も笑いのタネ本』(旺文社文庫、1985)もみてみよう。

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道風

 老先生が弟子を集めて大学の講義。「切磋琢磨」の所で、ふと庭を見ると、小池の中から蛙が一疋、下から枝垂れた柳に取りつこうとして飛びあがる。これを見て弟子にむかい、
「一同、あれを見い。あの蛙が柳の枝に飛びつこうとして初めは、二、三寸から次第に高く飛びあがる。学問の道もその如く、次第に功を積めば、アレ、あの蛙のごとく、遂に柳の枝に──」と言っているうち、蛙は柳からはなれ、あちらの隅でガタガタと鳴いている。先生、溜息をついて、
「ああ、今の世は蛙までがあの如くじゃ」
(P183)

 

馬琴と女中

 馬琴が壮年の時、小説の仕組みに苦しんだ末、「仕方がない。此の女中を縊り殺して着物を奪い、死骸を井戸へ投げこむことにしよう」と独りごとを言った。新参の女中、これを障子のそとできいて、おどろいて逃げ帰った。
(P227)

 

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