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2014年6月

2014年6月30日 (月)

JB22 中国の古い笑話集

 中国の笑話集はさすがに古い。その元祖と言うべき『笑林』は、後漢末というから二世紀の終わりから三世紀のはじめに編纂されたものだ。編者の邯鄲淳(かん、たんじゅん)は儒者で、あの三国志の曹操や曹丕にも仕えたという。
 中国の古典やら歴史やらの話をわたしができるわけもないので、昔の笑話集を集めた本があることだけ紹介する。

 

87 中国古典文学大系59 歴代笑話選

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    (書名)  中国古典文学大系59 歴代笑話選
          

      (著者)   松枝 茂夫 編訳
      (出版者)  平凡社
      (形状)     菊判、ハードカバー、函
      (頁数)     433
      (出版年)   1970/05/06

・帯には、

後漢から清に至る中国笑話集の粋20編を撰出し、最高峰『笑府』をはじめ『笑林』『笑海叢珠』『笑苑千金』『笑賛』『笑禅録』はそれを全訳して、妙味を余さず伝える。じつに1500編の一大集成である。民衆の悲喜哀歓を、或いは素朴な英知で、或いは寸鉄人を刺す表現で、抱腹絶倒させる。

とある。
・時代・風俗の違いから、注を読まないと、どこがおもしろいのかわからないものもあるが、日本へ伝えられ、江戸小咄になったものも多い。

 

88 中国笑話選

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    (書名)  中国笑話選 江戸小咄との交わり
 
      (著者)   松枝 茂夫、武藤 禎夫 訳
      (出版者)  平凡社
      (形状)     新書(東洋文庫)、ハードカバー、函
      (頁数)     360
      (出版年)   1964/08/10
           (1973/07/01、18刷)

・「江戸小咄との交わり」と副題がついているとおり、日本へ伝えられ、換骨奪胎されて江戸小咄となっているものについては、その江戸小咄を並記したりして解説している。中にはその後落語になったものもある。

 

 
89 全訳 笑府 上・下

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    (書名)  全訳 笑府 上・下 
      (著者)   馮 夢竜(ふう、むりゅう) 撰
           松枝 茂夫 訳
      (出版者)  岩波書店
      (形状)     文庫
      (頁数)     上 266 下 264
      (出版年)   上 1983/01/17
           (1991/03/15、12刷)
           下 1983/02/16
           (1988/10/05、8刷)

・明代末期に笑話を集大成したもの。87『歴代笑話選』の帯には「最高峰『笑府』」と書かれている。
・文庫のカバーにはこう書かれている。

(上):2世紀には早くも笑話の撰集が編まれているというから中国の笑話は十二分に年季をつんでいる。明末清初の文人・馮夢竜の撰した『笑府』はそういう笑話の集大成であり、類話まで数えれば収録数700をこえる。「笑いの庫(くら)」の意の書名にふさわしく、ここにはありとあらゆる庶民の笑いがたっぷりと詰めこまれている。

(下:)この「笑いの庫」にはさまざまな笑話がぎっしり詰めこまれている。一読ふき出してしまう罪のない笑いがあるかと思えば、金持やお役人や学者先生に対する辛辣な皮肉がある。上品な笑いがある一方、厭味な笑い、どぎつく品のわるい笑いも少なくない。この書物、江戸時代に何種類も抄訳が出て小咄・落語に大きな影響をあたえた。

 参考に、最古の笑話集『笑林』の一番最初に載っている笑話を紹介しておく。

長い竿

 魯(ろ)の国の男、長い竿をもって城門をはいろうとして、はじめ縦に持ったがはいらぬ。横に持ってもはいらぬ。どうしてよいか困っているところへ、年寄りがやって来て、
「わしは聖人ではないが、経験をつんでいる。鋸(のこ)で真中から切ってはいりなされ」
 そこでいわれるままに切った。

(『中国古典文学大系59 歴代笑話選』P3)

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2014年6月27日 (金)

キウイがたくさん

 今回はビワが不作のうえに、スズメバチに巣を作られ、おまけにネズミが出たらしいあととか、ひょっとするとシロアリでは、と心配になるようなところも見つかりました。ハチジェットだけでなく、ネズミ忌避スプレーやアリスプレーまで、あちこちに噴霧しました。遠隔地の家を管理するのは、けっこう大変なことなのです。
 それでもうれしいこともありました。キウイがたくさん実っていました。遠くから見ただけではわかりませんが、キウイ棚の下へ入って見上げると、まだ小さいけれど、あちこちに実がたくさんなっていました。

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 まだ長さは5センチくらいです。

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 このキウイの木のうち一本は前住者が植えたものです。キウイは雌雄二本ないと実をつけませんが、植わっているのが雄か雌かはわかりませんでした。植木屋で適当にどちらか買って、違っていたらシャクだし、かといって雌雄二本買うのはよけいシャクです。
 ちょうどその頃、ここへ遊びに来た職場の同僚が、『捨てるな、うまいタネ』(藤田雅矢、WAVE出版、2003)という本をくれました。食べ終わったカボチャの種でもリンゴの種でも、なんでもいいからまいて育ててみよう、という本です。そしてトップに載っていたのが、キウイの種の成育日記でした。

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 さっそくスーパーでキウイを買ってきて食べ、その種をとって、植木鉢で育ててみました。三、四本の芽が出ましたが、大きな苗まで育ったのは一本だけでした。雌雄はわかりませんが南無谷へ持ってきて、ともかく隣へ植えてみました。そうしたら何年かたって両方の木に花が咲き、前からあったのが雌木、種から育てたのが雄木だとわかりました。大当たりです。去年はとうとう数個の実がつき、食べられるところまでいきました。
 今年はこんなに増えました。成らせすぎはいけないので摘果しましたが、まだ数十個残っています。最終的にどれだけ収穫できるかわかりませんが、ともかくうれしい。

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 その他の果実の成育状況です。今回は大きさを測ってみました。

 柿 3センチ。      温州ミカン 1.5センチ

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甘夏 1.3センチ     レモン 0.5センチ
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 雨も降りました。いろんなアジサイが咲いています。

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 庭のまん中でまたデイゴが咲きました。下の紫はニンニクの花です。

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 ニンニクの花も測ってみました。直径8センチというところです。

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 あとは庭にある花いろいろ。暑くなってにぎやかになってきました。

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 いちばんにぎやかにあちこちで咲いていたのがドクダミだったのが、ちょっと残念でした。(今回の南無谷報告終わり。)

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2014年6月26日 (木)

またまたスズメバチ

 今回、またまたスズメバチに巣を作られました。行ったらベランダに大きなハチが出入りしている。どうも段ボールの積んであるところがあやしい。
 それでハチジェット(殺虫剤)をたくさん噴霧してから、問題の段ボールの蓋をそーっと開けてみると…ブンブンという羽音とともにかなり大きなハチの姿が見え、あせって蓋をしめました。
 しかしそのままにしておくわけにはいかない。蓋の隙間からハチジェットを猛烈に再度噴射し、数時間後もう一度、今度は遠くから火ばさみで段ボールの蓋を開けてみると、端の方に、薄茶色と焦茶色のだんだら模様が見えました。

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 直径15センチくらいありそうです。けっこう大きい。スズメバチの巣に間違いありません。

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 箱にくっついているのを火ばさみではさんで壊しにかかったら、いきなり羽音がブンブン!――これには驚きました。あわてて、また蓋をしてハチジェット攻撃です。その後ブルーシートで箱をくるみました。
 箱のまわりには、いつのまに出てきたのか、ハチの死骸も見つかりました。まるまって硬直しているので小さく見えますが、身体を伸ばすと2センチ5ミリは優にありそうです。

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 図鑑を見てもスズメバチで間違いなさそうです。

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 これでスズメバチに巣を作られたのは五回目になります。そのうち三回はこのベランダでした。いろんな物を置いて、陰の空間があちこちにできているのがいけないのでしょう。今後少し物を整理して、ベランダを広くすっきりと使うようにします。

 しかし、ブルーシートに包んだ翌日、帰る前に処理しておこうとしたら、また箱の中から羽音が聞こえました。それも数匹分です。ちょっと怖いので、このまま今度来るまで放置することにしました。一カ月後くらいに来た時には、きっと静かになっているでしょう。しかし、もしこの中でさらに巣が成長していたりしたら……

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2014年6月25日 (水)

今年のビワは大不作

 6月20日から22日まで、南無谷へビワの収穫に行ってきました。
 行く前から、今年は富浦町地域全体が成育状況がよくない、不作だと聞いていました。
 まず、寒さに弱い作物なのに、今年の冬も寒くて、霜だけじゃなく、雪も降りました。五月には突然三十度をこすような暑さがやってきてひでりになったと思ったら、六月は豪雨で、完熟前の実がたくさん落ちてしまった、というのです。知り合いの農園では、そのうえカラスやカメムシの被害もひどかったそうです。
 だから手入れの悪いわが家などは、豊作は望むべくもないのですが、それでも多少の期待をしながら行きました。

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 いきなりこの写真を出すと、たくさんできてるじゃないか、と思われるでしょうが、これは入口の門近くの塀際に勝手に生えてきた実生のビワの木で、摘花も摘果も袋がけもせず放っておいたので、こうして鈴生りになっています。

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 ならし放題にしてあるから実も小さく、酸味が強く、甘さも少ない。町中でときどき見かけるビワと同じようなものです。

 それより肥料、摘花、摘果、袋かけと、それなりに手をかけたビワはどうなっているかというと、やっぱりわが家もだめでした。
 まず落ちている実の数がすごい。袋をかけた半分以上が落ちていました。それも脚立や枝に登って、老体をひねりながら無理して一所懸命袋をかけた上の方が、ほとんど落ちてしまっていました。だからいつもなら一日では終わらない収穫作業も、一日で軽く終わってしまいました。ともかく収穫できた数が少ない。

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 そして、味も甘さがいまいち。中にはいまいちまでいかない薄味のものもあって、これではちょっと、人様には差し上げられません。
 こうして写真で見るだけではわかりませんが、全体に小粒で、4Lサイズクラスが今年はほとんどありませんでした。

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 さらに、こんなシワシワのビワもけっこうありました。成育途中で水不足になるとこうなります。いつも親戚や知人に少しずつ送っているのですが、こんなビワは送れません。自家消費です。
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 ということで、今年のビワは大不作。いつもお送りしていた皆さんにも、今年はとても送れませんので、あしからずご了承ください。

  冬寒く、夏暑いという最近の天候が今後も続くとしたら、来年もどうなるかわかりません。ビワの露地栽培は、だんだん難しくなっていきそうです。富浦町では近年ハウス栽培が増えつつあります。わが家は経費の問題でハウスにはできないので、そのうち無農薬・無手入れの自然栽培ビワになるかもしれません。

 梅の実はもうみんな落ちてしまっていました。
 プラムは、ずいぶん落ちてはいましたが、まだ収穫できました。

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 でもこれも甘さが全体にいまいちでした。

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2014年6月22日 (日)

J57 モクタリ・ダヴィッドから

 モクタリ・ダヴィッドというイラン人の編んだジョーク集はJB14 モクタリ・ダヴィッドのジョーク集で紹介した。その中から本の出てくるジョークをどうぞ。
 『脳力検定対策ジョーク集』(青土社、2008)から。

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図書館移転の秘策

 イギリスのある図書館が老朽化し、新しい建物を別に建てることになった。
 新館は完成した。膨大な数の本を新図書館へ移転するのに、お金を掛けない方法を、予算不足に悩む館長は考えた。
 どうにもうまい方法が見つからない。館長は、全職員を集めて事情を話し、アイディアを求めた。
 すると若者が手を上げ、いい考えがあると言った。
 館長はじめ皆は、興味深く彼の発言に耳を傾けた。
 若い男「市民に助けを求めるのです。まず広告を出して、本の貸し出しを期間無制限・無条件にします。そして本を返すときは、すべて新館に返却してもらうのです」。(p20)

 次は『世界の困った人ジョーク集』(青土社、2007)から。

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仕返し

 ニューヨーク在住のマークの家には大きな図書室があり、いろいろな本が置いてあった。
 ある日、近所のジャンがマークの家に来て、何冊か本を貸して欲しいと頼んだ。
 それを聞いたマーク「あなたに本を貸すのは。とても光栄です。でも僕は家の外には本を出さないことにしているのです。だから良ければここで本を読んでくれませんか」
 それを聞いたジョンは嫌な気持ちになって帰った。
 しばらくして、今度はマークがジョンの家に行き、芝刈り機を貸してくれないかと頼んだ。
 それを聞いたジョン「君に芝刈り機を貸すのは、とても光栄だよ。でも芝刈り機を外に出さないという決まりが家にはあるんだ。だから、良ければ私の家で芝刈り機を使ってくれないかな」(P30)

 

刑務所

強盗で逮捕された二人組に、二十年の刑が下された。
刑務所に入る前、刑務官に言われた。
「お前たちは十年ごとに、何か一つ頼むことが出来る。最初の十年間のために、何かほしいものがあるかい」
本が好きだった一人は、千冊の本を頼んだ。
もう一人はタバコが好きだったから、思わず千箱のタバコを頼んだ。
最初の十年が過ぎ、また刑務官が来て、次の十年間のためには何がほしいのかと尋ねた。
一人目の男はまた千冊の本を頼んだ。
タバコが好きだったもう一人の男は、今度はマッチを頼んだ。(P39)

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2014年6月19日 (木)

ショウ・ザ・レシート

 湾岸戦争のときに,日本がアメリカに出した金については、石原慎太郎が、雑誌「Will、2009年11月号」にこんなことを書いている。(「07年9月号再録」とあるので、2007年にも掲載されたようだ。)
 この年の9月に民主党の鳩山内閣が成立し、小沢一郎が幹事長として威勢をふるっていた。その小沢一郎を攻撃する「独裁者・小沢一郎徹底解剖!」という特集記事のひとつで、「小沢総理なんてまっぴらゴメンだ!」と題されている。

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 1991年(平成3)、湾岸戦争が起きた。ブレディというアメリカの財務長官が日本に飛んできて、日本にカネを出せと言った。 当時の海部政権は、金丸と小沢が作った傀儡政権だった。外務大臣、大蔵大臣、通産大臣、官房長官の四人は、接待の紀尾井町の料亭で、いきなり40億ドル出せと言われ、「そんなカネは急には出せない」と断った。そうしたらブレディに、駄目なら俺は帰る、これで日米関係は悪くなる、おまえたちの責任だ、と脅され、慌てて幹事長の小沢に電話した。小沢は金丸と相談して、即決で40億ドル出すことになった。

 ブレディは日本に四、五時間しかいなかったのに四〇億ドルせしめて帰ってきて、ワシントンで記者会見をした。
 私は日本の政治家で一人だけ外人記者クラブのメンバーなんです。年中アメリカ人の記者と喧嘩する。喧嘩すると仲良くなるので、こちらに嫌な情報も教えてくれる。その一人からブレディの情報を聞いた。けれども嘘か本当わからない。NHKの日高義樹くんが当時ワシントンの支局にいたので、帰国した時に裏をとって聞きました。その通りだと。
 記者会見で、記者が「あまり機嫌がよくないけど、日本はやっぱりカネを出しませんでしたか?」と聞いた。ブレディは「出したよ」と答える。
 記者が「不機嫌なのを見ると、額が少ないんですね? いくらなんですか?」と聞かれて、ブレディが「四〇億ドル」と言ったら、みんなぶったまげた。
 日本に数時間しかいなくてそれだけのカネが取れたのなら大成功じゃないですか、と言われたブレディがニヤッと笑って「俺は二日かかると思ったんだが、アイツらちょっと脅かしたら四時間でカネを出した。だったら最初からもっとふっかければよかった」。こんなことまで言われていたんだ。
 その後、さらにアメリカは九〇億ドルを要求してきた。さすがにこれは内閣の一存では決まりませんから、九月に臨時国会を開いて、結局、合わせて百三十億ドルを出してアメリカの戦争を助けた。
 ところが出した直後に戦争は終わってしまった。カネをどう使ったか報告がない。日本にキックバックしたという噂があります。日本のメディアはやる能力も覇気もないから調べられない。アメリカ人の二人の記者が書きました。そのカネが誰にいったのか、想像に難くないけれど。(P204)

 40億ドルは当時のレートで約5,333億円。こういう経緯でアメリカに渡った金が、クウェートにはほとんどいかなかったのは確かで、その使途は、キックバック云々の話も含め、定かではないようだ。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて、アメリカのアーミテージ国務副長官から「ショウ・ザ・フラッグ」と言われたという話もトラウマのひとつになっているようだが、その前に「ショウ・ザ・レシート!」と言ってやれ、と思う。
 でも、(行ったことはないけれど)ぼったくりバーで「明細書を見せろ!」と叫んだりするようなもので、とても怖くて言えないのだろうか。

 

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2014年6月16日 (月)

『蟹喰い猿フーガ』

 安倍政権が、集団的自衛権の行使容認に向け着々と進んでいる。公明党も結局容認するようだ。
 内田樹がツイッターにこう書いていた。

公明党が集団的自衛権に反対して、連立離脱する根性を見せてくれたら、今から向こう3年、すべての選挙で公明党候補に投票します。男の約束。

 わたしも1年ぐらいならと思うが、これもジョークになってしまうだろうか。結局「立ち合いは強く当たって、あとは流れで…」という話と同じだったのか、とも思えてくる。

 1990~91年の湾岸戦争で、日本は130億ドルという巨額の戦費を負担させられながら、戦争後クウェートが出した感謝決議の中に日本の名前はなかった。アメリカからは人的貢献がなかったと非難された。それが日本政府の「トラウマ」になっているという。

 船戸与一の『蟹喰い猿ザルフーガ』(1996、徳間書店)は、湾岸戦争直後のアメリカを舞台にした小説で、湾岸戦争から凱旋帰還する兵士たちのパレードが明日行われるという夜、アリゾナの州都フェニックスの酒場で、主人公の日本人が、他の客にからまれるところからはじまる。

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 日本人には喧嘩をする度胸もない、中東の石油をざぶざぶ使って金儲けをしてきたのに、憲法がどうだこうだと言って、血も汗も流さなかった、こんな卑劣な連中はいない、とからんできた男は言う。それに対し、主人公はこう答える。

「いいかね、マス・メディアの連中は日本が血も涙も流さないと言って非難する。そうすりゃ新聞も雑誌も売れるしTVの視聴率もあがる。あんたがたみたいなばかが喜ぶからな。政治家もヒステリックに日本攻撃をやらかしてる。そうすりゃあんたがたみないなばかから選挙票を掻き集められるからな。しかし、本心はまるっきりちがうんだ。ちっとばかし先の読める連中は日本が多国籍軍に参加して軍隊を湾岸に送ることをこれっぽっちも望んじゃいなかった。なぜだかわかるか? 日本が軍隊を送りゃ、武器輸出禁止の原則もなしくずしに崩れるからだよ。そうなりゃどうなると思う?アメリカがイラクにぶち込んだトマホークもスカッド・ミサイルを撃ち落としたパトリオットも使われてる半導体はほとんどが日本製だ。武器を輸出していいとなったら、日本はどんどん優秀な兵器を作りだすぜ。アメリカの兵器産業にしてみりゃ悪夢さ。自動車がやられたように兵器産業もそうなると怯えるのは当然だろう? つまりな、湾岸に軍隊が派遣されるのを一番恐れてたのは日本の護憲派じゃなくホワイト・ハウスやペンタゴンなんだよ」
(中略)
「あんたがたはアメリカがイラクに勝った勝ったと浮かれているようだがな、それについても一言つけ加えとくぜ。今度の戦争で忘れちゃならないことがあるんだ。そいつはな、アメリカはもう自前じゃ戦争もやれなくなったってことさ。日本やドイツに寄附金をたからなきゃ、たかだかイラク一国も落とせないってことだよ。これからはますますそうだろうぜ。世界のどこかで何かがあるたびにアメリカは日本やドイツにたかるんだ。みっともないはなしだよ。しかし、それが現実だ。そういう意味でも日本に軍隊を派遣されちゃ困るんだ。たかる口実が弱くなるからな」(P18、下線部は原本では傍点)

 まったく日本政府もトラウマなんて言ってないで、このくらいの啖呵を切ったらどうなのか。この本を読んだとき、わたしは「アメリカはもう自前じゃ戦争もやれなくなったってことさ」というせりふに深く共感した。

 小説では、ボクサー上がりの主人公は、からんできた相手を叩きのめしたあと、まわりじゅうの客に取り囲まれ、あわやというところを、エル・ドゥロという詐欺師に救われる。そして女子プロレスのタッグ・コンビやホームレスの黒人少年も一緒になって、マフィアを相手に、アメリカに移住したクウェート人の富豪の遺産奪取の攻防を繰り広げることになる。軽快、痛快な小説である。
 「蟹喰い猿フーガ」というのは、この小説の中で、カーラジオなどからよく流れてくる曲の名前で、当時流行っていたとされているが、実在の曲ではないらしい。

 そもそもクウェートが出した感謝決議の中に日本の名前がなかったのは、そのほとんどをアメリカが持っていってしまって、クウェートにはわずかしか渡っていないからなのである。ウィキペディアにはこうある。

クウェートは戦後、参戦国などに対して感謝決議を出したが、日本はその対象に入らなかった。もっとも、当初の援助額である90億ドル(当時の日本円で約1兆2,000億円)の内、クウェートに入ったのは僅か6億3千万円に過ぎず、大部分(1兆790億円)がアメリカの手に渡ったことも要因となる。また、クルド人難民支援等説明のあった5億ドル(当時の日本円で約700億円)の追加援助(目減り補填分)の内、695億5000万円がアメリカの手に渡った(いずれも1993年〔平成5〕4月19日参議院決算委員会、外務省米局長・佐藤行雄の答弁より)。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E6%88%A6%E4%BA%89

 1兆2,000億円のうち6億3千万円というのは、わたしの日常的金銭感覚に翻訳すると1万2000円のうち6円30銭ということになる。クルド人の場合は700円払ったのに向こうに渡ったのは4円50銭だけということになる。これでケチ、役立たずと言われたんじゃ立つ瀬がないだろう。

 

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2014年6月13日 (金)

JB21 IT関係ジョーク集

  IT関係のジョーク集では、マイクロソフトビル・ゲイツに関するものが有名だった。名前を冠したこんなジョーク本まで出されている。
 最近では、名前を聞くことも少なくなったが…

84 ザ・ビルゲイツジョークブック〈Volume1〉

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    (書名)   ザ・ビルゲイツジョークブック
                     〈Volume1〉
 
      (著者)  ブルース・グットマン/藤本裕之訳
      (出版者)  ビレッジセンター
    (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)   75
      (出版年)  1995/06/10

・1,2とも、けっこうパソコンに関する知識がないとわからない。しかももう20年くらい前の話なので、その知識もずいぶん古いものになっているようだ。

 

85 ザ・ビルゲイツジョークブック〈Volume2〉

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    (書名)   ザ・ビルゲイツジョークブック
                     〈Volume2〉

           
      (著者)  ブルース・グットマン/藤本裕之訳
      (出版者)  ビレッジセンター
    (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)   75
      (出版年)  1995/06/10

・上記の本からではないが、前にも引用したジョークを再度のせておこう。深く共感しているのだ。(→パソコンが壊れた!

マイクロソフトが自動車をつくったら
かつてビル・ゲイツはこんなことを言ったそうです。
「もしGMがコンピューター業界のような絶え間ない技術開発競争にさらされていたら、私たちの車は1台25ドルになっていて、燃費は1ガロン1000マイルになっていたでしょう」
 これに対し、GMは次のようなコメントを出したと言われています。
「もし、GMにマイクロソフトのような技術があれば、我が社の自動車の性能は次のようになるだろう」

  1. 特に理由がなくても、2日に1回はクラッシュする。
  2. ユーザーは、道路のラインが新しく引き直されるたびに、新しい車を買わなければならない。
  3. 高速道路を走行中、ときどき動かなくなることもあるが、これは当然のことであり、淡々とこれをリスタート(再起動)し、運転を続けることになる。
  4. 何か運転操作(例えば左折)を行うと、これが原因でエンストし、再スタートすらできなくなり、結果としてエンジンを再インストールしなければならなくなることもある。
  5. 車に乗ることができるのは、Car95とかCarNTを買わない限り1台に1人だけである。ただその場合でも、座席は人数分だけ新たに買う必要がある。
  6. マッキントッシュがサンマイクロシステムズと提携すれば、もっと信頼性があって、5倍速くて、2倍運転しやすい自動車になるのだろうが、全道路のたった5%しか走れないのが問題である。
  7. オイル、水温、発電機などの警告灯は「general car fault」という警告灯一つだけになる。
  8. 座席は、体の大小、足の長短等によって調整できない。
  9. エアバッグが動作するときは「本当に動作して良いですか?」という確認がある。
  10. 車から離れると、理由もなくキーロックされてしまい、車の外に閉め出されることがある。ドアを開けるには、(1)ドアの取ってを上にあげる、(2)キーをひねる、(3)ラジオアンテナをつかむ、という操作を同時に行う。
  11. GMは、ユーザーのニーズに関わらず、オプションとしてRandNcNaly(GMの子会社)社製の豪華な道路地図の購入を強制する。もしこのオプションを拒否すると、車の性能は50%以上も悪化する。そして司法省に提訴される。
  12. 運転操作は、ニューモデルが出る毎に、はじめから覚え直す必要がある。なぜなら、それ以前の車とは運転操作の共通性がないからである。
  13. エンジンを止めるときは「スタート」ボタンを押すことになる。
  14. ドライバーは運転席に座るのではなく、装着(インストール)させられる。
  15. 「この車を利用しておきたいかなる場合の障害、損害に対してもGMは責をおわない。」という契約に同意した場合のみ、このドアの封印をやぶってください、となる。
  16. 車がいつどこで突然とまろうが、暴走しようが、はたまた雨漏りしようがそれらは「仕様」である。

86 悪夢のIT業界ジョーク集

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    (書名)   悪夢のIT業界ジョーク集
           
      (著者)  世界ITジョーク研究会
      (出版者)  中経出版
    (形状)    文庫
      (頁数)   222
      (出版年) 2008/07/26

・この本にもマイクロソフトに関する章があって、こんなジョークがのっている。

作家志望
 その昔、偉大な物書きになる夢を持った若者がいた。彼は、こう話していた。
「僕は、世界中の人に読まれ心の底から人の感情に訴えるものを書きたい。特に書きたいのは、負の感情を喚起するような文章だ。読む者を絶望させ、怒り狂わせ、悔しがらせ、泣き叫ばせるようなものを書くのが、僕の夢だ」
 彼は、見事にその夢を実現させ、現在、マイクロソフトに勤務してOSのエラーメッセージを書いている。(P50)

 

 上記の本にあるものではないが、ソフトバンク孫正義社長が、ツイッターで髪の毛の後退をからかわれたときに返した有名な言葉がある。ジョークというより、名言とされている。

髪の毛が後退しているのではない。 私が前進しているのである。

 

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2014年6月10日 (火)

JB20 現代中国ジョーク

 このブログを読んでいる方の中には、最近ジョークの本の話ばかりだ、いったいいつまで続くのか、と思っている方がいるにちがいない。これをはじめたときには、だいたい200冊くらいかと思っていた。今、80冊目くらいまできたが、200冊では終わらないかもしれない。本の整理をかねてやっているので、ともかく最後までやらねばと思っているところ。
 もうしばらく続きます。あしからずご了承ください。

 ということで、今回は現代中国のジョーク集。なにしろ中国は古い国なので、二世紀にはもう笑話集が編纂されたという。だから笑話の本も数多く、それが日本に伝えられて日本の小咄のネタ元になったりしている。しかしそのあたりの話になると、浅学非才の身にはとても手に負えないので、とりあえず現代の中国を対象にしたジョーク本を紹介する。

 

80 ジョークでわかる中国の笑えない現実

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    (書名)  ジョークでわかる中国の笑えない現実
           
      (著者)   黄 文雄(こう、ぶんゆう)
      (出版者)  徳間書店
    (形状)    新書
      (頁数)   286
      (出版年)  2007/12/31

・ 中国共産党とその施策、中国社会の実情をからかったジョークや、「戯れ歌」が多く紹介されている。「戯れ歌」というのは、対句を多用して韻を踏んだ漢詩のようなもので、こんな歌が紹介されている。
 貪官剋司法  貪官は司法に勝つ
 司法剋黒幇  司法はヤクザに勝つ
 黒幇剋貪官  ヤクザは貪官に勝つ
 (以下略)
 黄文雄は中華民国(台湾)の出身で、現在は日本に帰化している。そのためか、この本に引用してある戯れ歌は簡体字ではなく繁体字なので、なんとなく意味がわかる。

黄文雄は、反共で台湾独立という立場にいるらしい。現在、嫌中・嫌韓本の著者としてかなり売れているようである。

・台湾には、同姓同名で、やはり台湾独立の政治運動をしている政治家がいるそうだ。

 

81 笑う中国人

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    (書名)  笑う中国人
           
      (著者)   相原 茂
      (出版者)  文藝春秋
    (形状)    新書
      (頁数)   244
      (出版年)  2008/01/20

・著者はNHKのラジオ・テレビで中国語講座をやっていた。

・この本から短いジョークをひとつ。

視察団
「今日の食堂のご飯はおいしかった。感謝の手紙を書かなくては」
「炊事係に感謝するの、それとも管理員?」
「もちろん、今日工場見学にきた視察団にさ」(P118)

 

82 中華人民笑話国

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    (書名)  中華人民笑話国
      (著者)   辻 康吾           
      (出版者)  小学館
    (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)   222
      (出版年)  2008/08/04

・著者は元毎日新聞北京支局長。
 こんなジョークが収録されている。

気質
 車同士がぶつかった。とりあえあず現場でとる行動は……
 日本人は、謝り合う。
 アメリカ人は殴り合う。
 中国人は罵(ののし)りあう。(P39)

 こんなジョークもある。(これは有名なジョークで、この本だけではなく、あちこちで紹介されている。)

  • 日本人のせい
    数人の韓国人と中国人がこんな話をしていた。
    「我々は、何かというとすぐ日本人のせいにしてしまう」
    「うむ、その通りだ。いったいなぜなんだろう」
    答えが出ないまま、彼らはしばらく話あった。
    そして次の瞬間、全員が同時に叫んだ。
    「日本人のせいだ!」(P165)

・そもそもジョークというのは、物事を冷静・客観的に見られないと出てこないものなので、ああ自分たちには、こういう面もあるな、と冷静に受け止められればいいのだが…。
 これらの本が出版された頃には、みな普通のジョーク本とされていたはずだが、最近の風潮では、これらもみな嫌中本に数えられてしまいそうで怖い。それはジョークの精神にもとることである。

 

83 現代中国ユーモア100話

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    (書名)  現代中国ユーモア100話
           
      (著者)   丁聡
      (出版者)  而立書房
    (形状)    菊判ハードカバー
      (頁数)   203
      (出版年)  1995/02/25

・これは一コママンガ集。
 アマゾンの内容紹介では「政府を批判する漫画で何度も中国から追放され、現在は自由を回復している著者のウィットにとんだ文による、現代中国の笑話集。」となっている。
 こんな感じである。

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不幸
母親「お前は婚姻届を出す準備をしていたんじゃないのかい?」
娘「いいえ、届けを出さないことにしたわ。私は本当に不幸者だわ」
母親「あの男がお前を騙したのかい?」
娘「いいえ、局長だった彼のお父さんが亡くなったの」。(P104)

丁聡のマンガは、81の「笑う中国人」でも挿絵として使われている。

 

 

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2014年6月 7日 (土)

小笠原流の箸づかい

 たまには「ジョークの本 」以外の話を、ということで、子母沢寛(しもざわかん)の『味覚極楽』(中公文庫、1983)からの抜粋をどうぞ。

 これは子母沢寛が東京日日新聞の記者だったとき、昭和2年に、各界の著名人から食べ物についての感想や逸話などを聞き取り連載発表したものである。
 下記の語り手は、子爵小笠原長生(ながなり)。唐津藩主だった小笠原家の当主であった。

 むかし私の家の何代目かの人間が京都へ使いに行って、宮中で御膳が出た。小笠原流の一家の者だ、どんな風にして飯を食うだろうと、更でだにこんなことにはやかましい公卿さんたちは、唐紙障子のかげにかくれてすき見をしている。小笠原は直ちにこれに気がついたので、まずいきなりお汁もお平のおわんもふたをとると飯の上へざぶりと汁をかけ、その上へお平をまた打ちかけ、また香の物を打ちかけてさくりさくりと食い出した。公卿たちは肝をつぶした。なあんだ小笠原一家の者だなどといって、あれでは田夫野人にも劣るというので、頻りに冷笑したが、いよいよ膳部を下げて箸を洗うことになってはじめてびっくりした。そんな荒っぽい食い方をしているにも拘わらず、箸の先が二分(ぶ)とはよごれていなかった。小笠原流などといってむやみに形式ばかり論ずるがそんなものじゃないということを示した訳である。私なども小さい時に最中(もなか)と飯だけしかなかったり、せんべい(傍点)と汁だけしかなかったりというへんてこな膳へ坐らせられて、父からやかましいことをいわれたものである。最中をおかずにしての飯は割合にうまく食える。(P39、下線部は傍点)

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 この話はまだ高校生だった頃、伊丹一三のエッセイで知った。箸の先二分しか汚さずに食べた方もえらいが、それに気がついた公卿さんたちもえらい、という話だった。
 二分とは約六ミリである。この本を読んで、わたしもやってみたが、とてもできるものではない。小笠原流をマスターするのはあきらめた。

 清和源氏の流れをくむ小笠原家は、武家の有職故実を伝える家柄として室町時代以来知られており、そこから小笠原流も生まれたそうだ。現在の家元などが、箸先を六ミリしか濡らさずにお茶漬けを食べられるかどうか、わたしは知らない。

 この文庫の『味覚極楽』は、昭和2年の連載に、戦後の昭和29年になってから、当時の回想などを加えて雑誌「あまカラ」に連載したものをまとめたもの。当時の世相などもわかっておもしろい。こんな話もある。この語り手は子母沢寛。

「味の素」が、まだあれはまむしを粉にして入れてある、その証拠には川崎か何んかの駅へ行くと味の素行きの蛇の入った箱が沢山積んであって、ある時それがこわれて、構内が蛇だらけになったなどという話が、まことしやかに巷に伝えられていた頃で(以下略)(p139)

 味の素の原料は蛇だという話は、わたしも子供のころに聞いた記憶がある。昭和30年代の愛知県の田舎の子ども同士の噂話にも出てくるくらい、広く流布した都市伝説だったのだ。

 

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2014年6月 4日 (水)

JB19 阿刀田高のジョーク本2/2

75 ユーモア人間一日一言

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    (書名)  ユーモア人間一日一言
           しゃれた言葉とパラドックスの泉
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ文庫
      (頁数)   301
      (出版年)  1984/12/15
          

・これももとは新書判で1980年に出ているようだ。中身に変更があるかどうかはこれも未確認。

 

76 ブラック・ジョーク大全

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    (書名)  ブラック・ジョーク大全
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  講談社
      (形状)    文庫
      (頁数)   316
      (出版年) 1983/09/15
          (1994/09/16、27刷)

・これは1980年に単行本が出ている。

76.1 阿刀田高のブラック・ジョーク大全

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    (書名)  阿刀田高のブラック・ジョーク大全
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  講談社
      (形状)   四六判ソフトカバー
      (頁数)   269
      (出版年) 1980/09/18
          
  

77 新装版ブラック・ジョーク大全

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    (書名)  新装版ブラック・ジョーク大全
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  講談社
      (形状)    文庫
      (頁数)   339
      (出版年) 2007/08/10

・あとがきで「全体を見直して少し手を加えた」となっているが、それほど大きく変わってはいない。
          
 

78 ジョークなしでは生きられない

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    (書名)  ジョークなしでは生きられない
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  新潮社
      (形状)    文庫
      (頁数)   327
      (出版年)  1983/07/25
          (1991/111/15、25刷)

・これも単行本が1980年に出ている。

 

79 ユーモア革命

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    (書名)  ユーモア革命
          
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  文藝春秋
      (形状)     新書
      (頁数)  246
      (出版年)  2001/10/20

・これはユーモアとは何か、という解説書。いろんなジョークや名文句を散りばめながら、ユーモアについて説明している。

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2014年6月 3日 (火)

JB18 阿刀田高のジョーク本1/2

 阿刀田高(あとうだ、たかし)は小説家として名を成す前、コントなど雑文といわれるものをたくさん書いていた。ジョーク集も何冊かあって、ここに紹介したものの他にもあるようだが、とりあえず手元にあるものを紹介する。純粋なジョーク集でないものもあるが、類するものとして挙げておく。

70 ブラック・ユーモア入門

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    (書名)  ブラック・ユーモア入門
          毒舌と皮肉に強くなる
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ
      (形状)     新書
      (頁数)   218
      (出版年)  1969/07/15
          (1973/03/15、39版)

・ウィキペディアには、「1969年 、著書『ブラックユーモア入門』(KKベストセラーズ)がベストセラーとなったことに勇気を得て1972年に退職し、筆一本の生活に入る。」と書かれている。カバーの写真が若々しい。当時、阿刀田高は、国会図書館の司書だった。

 

71 ブラック・ユーモア入門(改稿新版)

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    (書名)  ブラック・ユーモア入門(改稿新版)
           恐怖と笑いのカクテル
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ
      (形状)     新書
      (頁数)   249
      (出版年)  1976/10/05
          (1980/10/25、15版)

・これは改稿新版として、70を再編集したもの。

 

72 ユーモア×ウィット=?

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    (書名)  ユーモア×ウィット=?
           笑いの公式を解く本
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ
      (形状)     新書
      (頁数)   266
      (出版年)  1972/10/15
          (1983/07/01、44版)

 

73 笑いの公式を解く本

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    (書名)  笑いの公式を解く本
           ユーモア×ウィット=?
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ
      (形状)     文庫
      (頁数)   236
      (出版年)  1986/08/05
          (1988/10/01、3版)

72の「ユーモア×ウィット=?」の文庫版。内容が少しカットされている。

 

74 詭弁の話術

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    (書名)  詭弁の話術
           即応する頭の回転
      (著者)   阿刀田 高(あとうだ、たかし)
      (出版者)  KKベストセラーズ
      (形状)     文庫
      (頁数)   279
      (出版年)  1983/12/15
          (1984/02/15、2版)

・これももとは新書判で1974年に出ている。中身に変更があるかどうかは未確認。

 

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