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2014年6月 7日 (土)

小笠原流の箸づかい

 たまには「ジョークの本 」以外の話を、ということで、子母沢寛(しもざわかん)の『味覚極楽』(中公文庫、1983)からの抜粋をどうぞ。

 これは子母沢寛が東京日日新聞の記者だったとき、昭和2年に、各界の著名人から食べ物についての感想や逸話などを聞き取り連載発表したものである。
 下記の語り手は、子爵小笠原長生(ながなり)。唐津藩主だった小笠原家の当主であった。

 むかし私の家の何代目かの人間が京都へ使いに行って、宮中で御膳が出た。小笠原流の一家の者だ、どんな風にして飯を食うだろうと、更でだにこんなことにはやかましい公卿さんたちは、唐紙障子のかげにかくれてすき見をしている。小笠原は直ちにこれに気がついたので、まずいきなりお汁もお平のおわんもふたをとると飯の上へざぶりと汁をかけ、その上へお平をまた打ちかけ、また香の物を打ちかけてさくりさくりと食い出した。公卿たちは肝をつぶした。なあんだ小笠原一家の者だなどといって、あれでは田夫野人にも劣るというので、頻りに冷笑したが、いよいよ膳部を下げて箸を洗うことになってはじめてびっくりした。そんな荒っぽい食い方をしているにも拘わらず、箸の先が二分(ぶ)とはよごれていなかった。小笠原流などといってむやみに形式ばかり論ずるがそんなものじゃないということを示した訳である。私なども小さい時に最中(もなか)と飯だけしかなかったり、せんべい(傍点)と汁だけしかなかったりというへんてこな膳へ坐らせられて、父からやかましいことをいわれたものである。最中をおかずにしての飯は割合にうまく食える。(P39、下線部は傍点)

Photo_6

 この話はまだ高校生だった頃、伊丹一三のエッセイで知った。箸の先二分しか汚さずに食べた方もえらいが、それに気がついた公卿さんたちもえらい、という話だった。
 二分とは約六ミリである。この本を読んで、わたしもやってみたが、とてもできるものではない。小笠原流をマスターするのはあきらめた。

 清和源氏の流れをくむ小笠原家は、武家の有職故実を伝える家柄として室町時代以来知られており、そこから小笠原流も生まれたそうだ。現在の家元などが、箸先を六ミリしか濡らさずにお茶漬けを食べられるかどうか、わたしは知らない。

 この文庫の『味覚極楽』は、昭和2年の連載に、戦後の昭和29年になってから、当時の回想などを加えて雑誌「あまカラ」に連載したものをまとめたもの。当時の世相などもわかっておもしろい。こんな話もある。この語り手は子母沢寛。

「味の素」が、まだあれはまむしを粉にして入れてある、その証拠には川崎か何んかの駅へ行くと味の素行きの蛇の入った箱が沢山積んであって、ある時それがこわれて、構内が蛇だらけになったなどという話が、まことしやかに巷に伝えられていた頃で(以下略)(p139)

 味の素の原料は蛇だという話は、わたしも子供のころに聞いた記憶がある。昭和30年代の愛知県の田舎の子ども同士の噂話にも出てくるくらい、広く流布した都市伝説だったのだ。

 

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