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2015年1月22日 (木)

再び浅草寺

 1月9日、また坂東33カ所のバスツアーに行ってきました。千葉の銚子成田に、すでに行った浅草寺も含まれています。(→第十三番 浅草寺

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 まだ正月気分なので、浅草寺は巡礼より初詣のつもりです。バスが着いたのは朝8時50分頃。バスは本堂の脇の方にある二天門の近くで降りました。

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 浅草神社の前を通って本堂へ向かいます。

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 境内にまだ人はまばらで、屋台店も開店準備にとりかかったところです。

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 本堂の前まで来ても、まだ人は少なく、ゆっくり見られました。

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 ここへは何度か来ましたが、いつ来ても人でごった返していて、ゆっくりまわりを見たことはありませんでした。先達さんに教えられて天井を見ると天女などの絵がありました。今までは上を見上げるゆとりもなく、急いでお参りをすませて次へ行っていたことに気づきました。内陣でおつとめをしました。

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 影向堂(ようごうどう)には、十二支それぞれの守り本尊がありました。

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 今まで見たことのなかった、喜劇人の碑映画弁士塚を見て来ました。

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 曽我廼家五九郎(そがのやごくろう)の碑は「群盲撫象」の文字と「ノンキな父さん」の絵。さすがにこれはよく知りません。石井漠「山を登る」記念碑というのもありました。日本の創作舞踊の創始者で、近代バレエの創造、浅草オペラの旗揚げなどの活動をした人だそうです。

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 あそこへ行かないと浅草へ来た気がしない、と同行者の何人かは雷門へ向かいました。それもそうだ。ちょっと遠いけれど、わたしも行きました。ここで写真をとると、浅草訪問の決定的証拠になります。

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 仲見世は、開店作業をしている最中でした。だんだん人が増えていきます。

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 また本堂の方へ戻り、先ほど前を通り過ぎた浅草神社にもお参りしてきました。
 浅草神社は、三社権現(さんじゃごんげん)、三社様(さんじゃさま)といって、三社祭の行われるところです。この三社様というのが、浅草寺の本尊の観音様を川から拾い上げた漁師の兄弟と、それを祀った人の三人ということですから、もともと浅草寺と一体のものでした。それが明治の神仏分離により別になったものです。

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 出発の集合時間9時50分には、もう大勢の人出になっていました。外国人らしい団体客もたくさんきました。
 こういう有名な観光地は、朝の早い時間に来るとゆっくり見られると実感しました。

 納経帳は、前回いただいてあるので、今回はありません。

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