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2015年2月26日 (木)

第三十三番 那古寺 結願

 九十九里に近いいすみ市から館山まで、海岸沿いを行くのかと思っていたら、バスは行きに通ってきた圏央道をそのまま木更津まで戻って、館山自動車道へ入りました。海岸沿いの一般道路だと眺めはいいけれど、ずいぶん時間がかかったことでしょう。高速道路は早い。12時頃にはもう館山へ着いて、「漁師料理たてやま」へ入りました。
 南無谷にいるとき、ちょっとした買物には館山まで来ています。その買物先のひとつの大きなホームセンターのすぐ近くで、入ったことはありませんでしたが、前を通るたびに「30センチの大エビ天丼」という看板が気になっていました。

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 われわれ一行を含め観光バス4台がいっせいに昼食休憩にやってきて、食堂内はまさにわんわんと音が響く盛況でした。味噌汁や茶椀むしがぬるかったのは、それだけの量をいっせいに出すために前から準備しなければならなかったせいでしょう。われわれが一番遅かったので、食べ終わった頃にはほとんど他の客はいなくなって静かになっていたのが、なにか不思議でした。
 残念ながら昼食は大エビ天丼ではなく、すし定食でした。このあたりでは、魚は繊細に料理するものではなく、新鮮で大量が売り物です。

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 さていよいよ三十三番札所、千葉県館山市の補陀洛山那古寺(ふだらくさんなごじ、那古観音) へ向かいます。前回の地図を見てもらうとわかりますが、南無谷のすぐ近くです。だから南無谷へ来はじめた頃、周辺見物のひとつとして来たことがあり、巡礼をはじめてすぐにも来ました(→第三十三番 那古寺)。なんとなくなじみのあるような感じで、改まって参拝でもないような気もしますが、何と言っても今日は三十三カ所巡礼結願の日です。
 それに、そもそも巡礼をやってみようかと思いたったのは、この那古寺が、三十三カ所の最後の札所になっていると知ったことからでした。(→板東三十三カ所巡礼
 バスが出発してしばらくしてから、先達さんがこう言いました。、
「みなさんの納経帳を見せてもらったら、一番長い人は、五年ほどかけて今日の結願を迎えていらっしゃいます。」
 ほうー、感心な人もいるんだな、と思ったあと、ひょっとすると、それってわたしのことじゃないかと気がつきました。第一番の杉本寺へ行ったのが平成22年(2010)6月ですから、五年近くになります。
 その後、神奈川県内の近いところは行ったものの、遠いところはそのままになっていたのを、地元発のバスツアーができたのを幸い、適当にぽつりぽつりとまた出掛けるようになりました。のんびりと年に一、二回行けばいいやとかまえていました。それが地元発がなくなるというので、昨年末から急遽追い込みにかかって、地元発最後の結願ツアーになんとか間に合わせたところでした。
 感心するほどのことではありませんが、あれから五年かかったんだと、あらためて思いました。
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 境内は、あちこち工事中だったので、仁王門、多宝塔は前回(→第三十三番 那古寺)の写真をごらんください。

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 本堂の正面は海です。

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 館山湾が目の前に広がっています。靜かなことから「鏡ヶ浦」と呼ばれています。対岸は三浦半島です。もう少し高いところから見ると、南房総と三浦半島がすぐ近いことがよくわかります。昔、この寺は山の上にあったのですが、元禄年間の大地震で全壊し、山の下の現在の位置に移転したものだそうです。
 
 坂東三十三カ所巡礼は、鎌倉時代に起こったとされ、鎌倉を起点として関東一円をまわり、最後に千葉県をめぐって、この那古寺で終わっています。この海のすぐ向こうが三浦半島で、鎌倉へ戻る大きな円が完結するということでしょうか。
 

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 ご詠歌は、

補陀洛は よそにはあらじ 那古の寺
岸うつ浪を 見るにつけても

 この歌について、『観音霊場記』にはこうあります。

愚訥この山の地景を見るに、経説の補陀洛に相似たり。山高く海岸に聳へ、山下は南海の潮にひたり、昼夜に岸打つ浪の音は、梵音海潮音の響きにして、まことに余所に求むべきに非ず。大悲の浄土はこの山なりと、しきりに感信して拝見しき。(p356)

 納経帳には、前回の印の上に「重ね印」と、左上に小さな丸い「結願(けちがん)」の印をいただきました。

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 さてこの那古寺では、結願の人にはこんなものがいただけます。「巡拝畢」は「じゅんぱいおわる」と読みます。「畢」は畢竟の「ヒツ」で、「おわる、おえる=全部もれなくけりをつける」という意味があるそうです。

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 これを和尚さんから、学校の卒業式のように一人ずついただきます。有料(二千円)なのでちょっと考えましたが、この先もう賞状のようなものがもらえることはないだろうからと、わたしもいただいてきました。
 その前に、和尚さんの講話がありました。実は前回のツアーのとき、和尚さんの話は長いので覚悟しておくように先達さんから聞かされていました。一番短いときで四十五分、一時間半かかったこともあるそうです。今回の先達さんも同じようなことを言っていました。
 だからみんな覚悟していたようです。畳に座るのではなく、椅子席が用意されていてよかった。やっぱり一時間かかりました。和尚さん、話をするのが好きでお得意のようですが、風邪が治らないとのことで、苦しそうな咳をしながらの講話で、長時間聞くのはちょっと辛いものがありました。これも修行のうちでしょうか。

 ともかく坂東三十三カ所観音霊場の巡礼を無事終えました。
 信仰心というわけではなく、関東地方一円を見てまわるいい機会だと思ってはじめたことでした。途中バスツアーに乗り換えてからは、まわりをゆっくり見ることはできませんでしたから、関八州にわが足跡の残らぬところはない、とまでは言えませんが、かなり広く見ることができました。中禅寺のような有名なところはもちろん、これまで聞いたことがなかったところ、自分で行こうとは思いもしなかったところへ数多く行くことができました。
 またバスツアーで行くことで、先達さんから作法などいろんなことを教えてもらいました。いっこうに覚えられませんが、「般若心経」を参拝の都度唱えてきました。いまだ悟りの境地にはほど遠いけれど、いい経験でした。
 この勢いで、3月の長野の善光寺へのお礼参りツアーにも申し込みました。参加費はちゃんと振り込みました。

 南無大慈大悲観世音菩薩… 合掌。

 

 

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