« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月29日 (月)

J68 中国の古いジョーク4

 本が出てくる中国の古いジョークは前にも紹介した。(→33 中国の古いジョーク34 中国の古いジョーク2J58 中国の古いジョーク3
 そのとき、あまりおもしろくないうえ、解説がないとわからないので載せなかったものを、やっぱり紹介しておくことにした。

 まず駒田信二編訳『中国笑話集』(1978、講談社文庫)から。

Photo

千字文    笑海叢珠

 河伯(かはく)(川の神)が宴席を設けて、竜王を招いた。
「これはこれは、遠路わざわざお越しくださいまして、まことに光栄に存じます。どうかご遠慮なくおくつろぎくださいますよう」
 と河伯が挨拶をすると、竜王は、
「このたびはお招きにあずかって、まことにかたじけない。ところで、お宅の酒は味がうすく、腹が脹(は)るばかりで、いっこうに酔いがまわってきませんな」
 といった。
「そうおっしゃるところを見ると、竜王さまは『千字文』をお読みになったことがないようで……」
「それはどういうことかな」
「『千字文』にはちゃんと、こう書いてございます。『海鹹河淡』(海は塩からく河は淡し)と」(P269)

 

 『千字文』というのは、中国で漢字の手習いの手本にされた長詩で、南朝の梁の時代、6世紀のはじめごろできたらしい。
 四字を一句として、同じ文字を使わずに、千の文字からなっている。
 ウィキソースによれば出だし及びその日本語訳はこうである。

一の一(1~18)   
天地玄黃 宇宙洪荒   天は玄(くろ)く地は黄色 宇宙は広く広大無辺
日月盈昃 辰宿列張   日月のぼり傾き欠ける 星や星座が並び広がる
寒來暑往 秋收冬藏   寒さが来れば暑さが去って 秋に穫り入れ冬に備える
閏餘成歲 律呂調陽   あまりの年は閏年(うるうどし)とし 調子笛吹き日月ただす
雲騰致雨 露結為霜   雲が起これば雨をもたらし 露が凍れば霜柱立つ
金生麗水 玉出崑岡   金を産すは麗水(れいすい)の岸 玉を出すのは崑崙の山
劍號巨闕 珠稱夜光   剣は巨闕(きょけつ)天下一品 珠は夜光が至上最高
果珍李柰 菜重芥薑   珍重果実 あんずやまなし 重宝野菜 からしなしょうが
海鹹河淡 鱗潛羽翔   海は塩水河は淡水 魚は潜り鳥は羽ばたく
http://ja.wikisource.org/wiki/ja:%E5%8D%83%E5%AD%97%E6%96%87_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A8%B3)?uselang=ja) 

 小話は、上の最後の行の「海鹹河淡」=「海は塩水、河は淡水」、だから酒がうすいんですよ、というわけだが、解説を読んでもやっぱりおもしろくない。
 そして、調べてみたら上記各行の8字目は全部陽韻の文字で、ちゃんと韻を踏んでいる。詩は韻が大事なのだ。
 日本の「いろは歌」は48文字だが、これは千字。子供もまずこの千字を覚えないといけなかったのか。

 次は『中国古典文学大系59 歴代笑話選』(松枝茂夫編訳、平凡社、1970)から。

Photo_4

陳佗

 ある男、県知事に謁見したいと思い、知事の側近の者に、
「知事閣下は何を好まれますか」ときくと、
「『公羊伝(くようでん)』を好まれます」
 との答え。そこでそのあと知事に会い、知事から、
「君はどんな本を読んでいますか」ときかれると、
「もっぱら『公羊伝』を勉強しております」
 と答えた。すると知事はちょっと試してみようと思って、
「ではおたずねするが、陳佗(ちんた)を殺したのは誰でしたっけ」
 男は大分たってから答えた。
「わたくしが陳佗を殺すなんて、とんでもございません」
 知事はその勘ちがいを知って、こんどはからかっていった。
「君が殺さなかったとすれば、一体だれが殺したんでしょうな」
 男こわくなって、足袋はだしのまま逃げ出す。人にわけをきかれ、大声あげていった。
「たったいま知事閣下に殺人の事でお訊ねを受けたんだ。今後もう二度と顔出しは出来ない。大赦令が出るまではとても駄目だ」(P8)

 

 『公羊伝』というのは『春秋公羊伝』のこと。これは四書五経の一つの歴史書『春秋』の注釈書だという。内容はよくわからないが、この小話に出てくる陳佗は、春秋時代の陳の公子で、桓公の太子・免を殺して即位したが、蔡人に殺されたというようなことが書いてあるらしい。
 要するに、格好をつけて『公羊伝』を勉強しているといったものの、ほとんど読んでいないものだから、歴史的事件について聞かれているのに現に起こった事件かと勘違いしてしまい、「わたしじゃありません」と大騒ぎしてしまった、という話。

 これも解説されてもおもしろくないので、おまけに、丁秀山笑話三昧』(東方書店、1992)にあった本のジョークを二つ載せておこう。

Photo_6

本を買う

 本屋で一人の客が、店員に、
「本を一冊買いたいんです。技術・科学書ではなく。内容も女性や億万長者のものでなく、もちろん、殺人や探偵、愛情、侠客(きょうかく)でないものを一冊推薦してくれませんか?」
 店員は客に本を渡しながら、
「これはどうですか?
最新の『全国列車時間表』」

  ――役に立つ本です(隠れたベストセラー)。
(P72)

 

時代遅れ

 ある宴席、若者がバカにした口調で、
「『論語』という本は、二千年も経っているので、とっくに時代遅れになって、役に立たない!」
 と言った。その日は、まさに晴天で、張教授は外の太陽を見ながら、
「そうかね! 太陽は何万年も経ったが、いまだに役に立っていますよ!」

  ――そうですよ! 役に立たなくても、古ければ古いほど値打ちが出るものだってある。<骨董品屋>。
(P114)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月25日 (木)

今年もスズメバチの巣

 今回の南無谷行きではビワの収穫とハチの巣の確認が主な仕事でした。巣作りの時期なので、今のうちに見つけて駆除することが肝心です。見逃して大きくなってしまうと素人は手を出せません。
 今年は簡単に見つかりました。ベランダの天井にスズメバチの巣がありました。もう毎年恒例です。

Dscf0600
 トックリ型で、握りこぶし大というところでしょうか。

Dscf0602
 この形の巣はコガタスズメバチのものらしい。コガタと言ってもそんなに小さいわけではなく、スズメバチの中ではよく見かけられる種類で、オオスズメバチほど攻撃的ではないそうです。
 まわりにハチの姿は見えませんでしたが、ビワを収穫していたらスズメバチらしい姿を見かけたので、やっぱりいきなり壊すわけにはいきません。夕方まで待って、ハチスプレーをかけ棒でつついて巣を落としました。中には白い幼虫らしいのが五、六匹いました。翌日もハチは現れなかったので、巣作り途中の女王蜂が何かあって放棄したものかもしれません。

 とにかくムシの類とは共生していくしかありませんが、できるだけ顔を出すのは控えめにしていただけるようお願いしたいと思っています。
 ビワの木にもところどころカミキリムシの幼虫が穴をあけた木くずが落ちていました。

Dscf0666
 収穫作業終了後、穴を見つけて殺虫剤を注入し、木の癒合剤で穴をふさぎます。

Dscf0696
 けっこう面倒ですが、やっておかないと木ががらんどうになってしまうといいます。登って作業しているとポッキリ、ということもあるそうです。

Dscf0668_2
 これはナナフシ。右の前肢がとれているみたいです。特に被害にあっているわけではありません。緑色がちょっときれいだったので撮ってみました。

Dscf0692t_2
 クマバチはいつもどおり紫のサルビア・ガラニチカにやってきていました。これはあまり恐くありません。

Dscf0690
 サルビアの後にはデイゴが満開。これは暑苦しい花です。

Dscf0568t_2
 わが家のアジサイの中ではこの「墨田の花火」がたくさん咲いてきれいでした。

Dscf0646t

 例年のことながら、朴の木の葉っぱもきれいでした。これは少し採って帰り、うちの奥さんが朴葉寿司をつくりました。

Dscf0653_2
 果実の成育状況の点検もしなければなりません。
 まずキウイです。幸い今年も実をつけています。ただ数がそう多いとは言えないので、剪定の仕方がまずかったのかもしれませんが、とりあえずはよろしい。

Dscf0571t
 富有柿は実がびっしり。これはちゃんと摘果してやらないといけません。

Dscf0659
 今年の新星は、はじめて実をつけたプルーンです。干したのを食べたことしかないので、、こんな実がつくとは知りませんでした。数は少ないけれどうれしい。この先どうなるでしょう。

Dscf0673
 温州ミカンは枝が伸びすぎ繁りすぎ。まわりの草も伸びすぎ。もっとすっきりしてやらないといけません。でも実はちゃんとついていたので、これからの手入れ次第です。

Dscf0656_2
Dscf0657_2
 だいたい柑橘系は元気で、早生ミカンもレモンも柚子も小さな実をつけていました。
 これはレモン。

Dscf0586
 夏ミカンは収穫してきました。これは昔ながらのすっぱい夏ミカンなので、ほとんど期待も手入れもされていませんが、毎年ちゃんと実ってくれます。

Dscf0700
 南無谷に来るたびに次はあれをやろうこれをやろうと思うのですが、横浜へ帰るとなかなか出てこられなくなってしまいます。
 都合をつけて庭にも家にもそれなりの手入れをしなければと思っても、これからまた暑い夏が…と考えるとちょっと弱気になります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月22日 (月)

今年のビワは早かった

 6月15日から17日まで南無谷へビワの収穫に行ってきました。例年ならこの時期でいいんですが、今年は5月が暑かったせいか成熟が早いという話でした。だから1週間くらい前に行こうとしましたが行けなくてこの時期になってしまいました。どれほど収穫できるかちょっと心配でした。

 道路から見えるこのビワは実生のビワで、摘花も摘果もせずそのままにしておいたもの。色づいて鈴なりになっていますが、落ちてしまったもの、ついたまま腐りかけているものもけっこうあるようです。
 

Dscf0566

 一番大きいビワの木の下を見ると袋ごと落ちたビワがいっぱいです。

Dscf0665_2
 ざっと見たところ、袋をかけたうち半分ぐらいは落ちているようです。特に上の方がひどい。脚立や枝に登って苦労してかけた高いところの袋がほとんど見えません。
 上の方が陽当たりがいいので上の方ほど早く成熟し、大きなおいしい実ができます。それがほとんどない。残っているのは枝の間や下の方のものが多い。
Dscf0580_2
 それでも収穫は楽しい。ぱんぱんに膨らんだ袋を一つ開けてみます。

Dscf0596_2
 まるまるとして橙色に熟したビワがあらわれました。傷もなくてきれいです。これはうれしい。

Dscf0598_3
 食べてみてもけっこう甘くて水気が多くおいしい。この二、三年甘味が薄くなっているように感じていましたが、今年はそれなりに甘い。一部薄いのもありましたが、全体としてだいぶ改善されたようです。

 でも全体的に数は少ない。上の方の袋をかけるのが難しかったところは、収穫にもそれなりの手数がかかるのですが、そういうところがほとんど落ちているので、思っていたよりずっと速く採りおえてしまいました。
 袋を開けてみると例年より小ぶりのうえ、傷がついたり皺のような模様がついたりしたものが多い。やっぱり収穫に来るのが遅かったようです。まわりの人に後で聞いた話では、例年より十日ぐらい早かったといいます。味がよくなっていただけにちょっと残念でしたが、しかたありません。

Dscf0620_2
 数が少ないうえ、写真ではよくわかりませんが、上記のとおり見場が悪くてお使い物にはならないようなものが多く、今年も友人知人関係への発送はだいぶ見送らざるをえませんでした。よろしくご了承ください。

Dscf0623_2
 見場は悪くてもけっこうおいしいものが多かったので、また来年に期待、と言いたいところですが、できれば今年はビワの木の大刈り込みをやりたいと思っています。
 この家を買ったときについてきた二本の大きなビワの木がだんだん手におえなくなってきました。高いところは脚立や枝に登って、と前に書きましたが、歳とともにそれがだんだん危なっかしくなってきました。
 自分たちで植えたビワの木二本が大きくなってそれなりに収穫できるようになってきたこともあり、古い木は高い枝を思いきって大きく落として、年寄りが楽に手入れできる程度に縮めてしまおうかと思います。
 あんまり大きく木をいじると、来年またおいしい実がつくかどうかわかりませんが、この先を考えるとやってみる価値はありそうです。もともと商売でやっているわけではありません。多少量は減っても、腰に不安をかかえた老夫婦が無理しなくてもすむようにしたいと考えています。

 プラムも鈴なりでした。

Dscf0575_2
 Dscf0578_2
 これもいっぱい採りました。しかし味はいまいち感心できませんでした。ジャム用ですね。

Dscf0695
 これが面白いのは一日二日でどんどん色が変わっていくこと。

Dscf0701_2
 三日もたつとこうなります。
Dscf0698
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月18日 (木)

東慶寺のイワタバコ

 これも6月6日の話です。浄智寺の後は隣の東慶寺(とうけいじ)へ行きました。

Photo

 入口の門の右には「松ヶ岡」、左には「東慶寺」と書かれています。正式の名前は松岡山(しょうこうざん)東慶総持禅寺」というそうです。

Dscf0432_2
 江戸時代に「松ヶ岡」と言えば、駆け込み寺としての東慶寺のことで、こんな川柳があります。

縁談は出雲破談は松ヶ岡

七去のほかにもうひとつ松ヶ岡

 七去(しちきょ)というのは、江戸時代、儒教に基づいて妻たる資格を欠くとされた、父母に従わない、子が無いなどの七つの項目です。
 駆け込み寺・縁切り寺の話はそのうちあらためてすることにして、今回はもっぱら花の話でいきます。

 まず山門へ行く道にこんな花がありました。

Dscf0433_2
 葉の形が柏に似ていることから柏葉アジサイというそうです。

Dscf0434_2

 普通のアジサイより花の数は少ないが花は大きい。山門の中にもたくさんありました。

Dscf0440
 山門です。

Dscf0435

 庭にはたくさん花が咲いています。アジサイも柏葉アジサイの他にもいろいろありました。

Dscf0513
 これはキンシバイ(金糸梅)というらしい。

Dscf0441t_3

 シャクナゲも咲いていました。

Dscf0450_3
 本堂の前にはホタルブクロがたくさんありました。左の樹の下、白い点のようなのがそれです。

Dscf0446
Dscf0444_2
Dscf0437_2
 明月院より規模は小さいけれど東慶寺にも菖蒲田があります。ここもハナショウブが盛りでした。

Dscf0447_3
Dscf0448
 そして、更に奥へ進むと右手の岩壁にはイワタバコが群生していました。

Dscf0455_2

 小さい紫色の花がいっぱいで、カメラマンもいっぱいです。

Dscf0459_2
 アップにするとこんな花です。葉がタバコの葉に似ているので、この名がついたといいます。

Dscf0454_2
Dscf0457_3
 花だけ拡大してじっと見ていたら、その昔の大映の特撮映画「宇宙人東京に現る」を思いだしてしまいましたが、現物はそんな怪しい物ではありません。きれいな花です。その昔、父親が鉢植えで育てていたことがあったような気がします。

 この崖の奥を登ったところには、東慶寺第五世用堂尼の墓があります。この人は後醍醐天皇の皇女だったので、これ以来東慶寺は「松ヶ岡御所」と呼ばれるようになったといいます。

Dscf0491
 これが用堂尼の墓。

Dscf0461_2
 そして歴代の尼僧の墓なども同じところにありますが、その後の崖にもイワタバコがいっぱいです。

Dscf0467_2

 阿弥陀様の後もイワタバコでいっぱいです。この像の前に、夏目漱石が円覚寺で師事した釈宗演の墓があったらしいのですが、見逃しました。

Dscf0464_2

Dscf0465_2
 ともかく今回はイワタバコを見ようとやって来たのでこれで十分納得しましたが、こんな看板を見つけました。ちょうどこの期間だけ公開しているイワガラミという植物があるらしい。

Dscf0510_3
 なんだか知らないけれど、特別公開となると見たくなります。ところが、ちょうど6日は公開しない日にあたっています。残念ですが、なんともなりません。
 後で調べたら、同じように崖にはりついて伸びるアジサイ科の植物で、アジサイに似た白い花が咲くようです。

 しょうがない、そろそろ帰ろうかと出口へ向かったら、すれ違った人が「あそこに八重のドクダミがあるんだよ」と連れに言っているのが聞こえました。
 回れ右して後をついていったら、ありました。

Dscf0501
 これがそんなに珍しいものかどうかも知りませんが、八重のドクダミです。

Dscf0501_2
 もらった花暦のパンフレットはこうなっていました。

Photo_4
 イワガラミは見られなかったけれど、この時期はこれで良さそうです。

Photo_5

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月15日 (月)

浄智寺の布袋さん

 明月院のあと、浄智寺(じょうちじ)へ行きました。(2015年6月6日)
 明月院から近く、東慶寺の隣、という感じです。

Photo

 ここが入口で、閑静な山寺というおもむきです。左手の道は葛原ヶ岡ハイキングコースになっていて、源氏山の方へ行きます。

Dscf0385_2
 同じ場所で2008年2月に撮った雪の写真がありました。(→雪の鎌倉

03s_2

 橋があって池があります。

Dscf0431
 この池の水は昔の鎌倉十井(じっせい)のひとつ「甘露の井」の水で、また鎌倉五名水のひとつでもあるそうです。
Dscf0427_3
 現在の水の色から「甘露」を連想するのはむずかしいけれど、昔は貴重なきれいな水だったのでしょう。

Dscf0430_3

 惣門には寶所在近」と書かれた扁額があります。円覚寺開山の無学祖元の書と言われているそうです。
Dscf0386
Dscf0387

 「寶所在近更進一歩」=「宝所(ほうしょ)は近きにあり、更に一歩進めよ」という禅の言葉があるそうです。「宝所」というのは悟りの世界のことで、悟りまでもう少しだ更に努力せよ、という意味のようです。この近くを掘ると鎌倉幕府の埋蔵金が…ということではありませんでした。

 鎌倉石の階段を登ります。

Dscf0390_3
 二階が鐘楼になった山門があります。そんなに大きなものではありません。
Dscf0394

 ここの扁額は「山居幽勝」で、石川丈山の書と伝えられるそうです。

Dscf0394_2
 ここは仏殿。「曇華殿(どんげでん)」の額があります。
Dscf0422
 この寺、昔は鎌倉五山のひとつで、かなりの寺領や塔頭などを持っていたそうですが、今はひっそりとしていて、これが本堂なのでしょうが、大きなお寺によくあるきらびやかさみたいなものはまるでありません。閑静な山寺の風情です。
 敷地は広く、大きな木もたくさんあります。これはビャクシン(柏槇)。

Dscf0415
 コウヤマキ(高野槇)

Dscf0419
Dscf0418_2
 観音堂の看板があったので行ってみると、別棟ではなく、仏殿の裏の角が観音堂になっていました。こういうのもめずらしい。

Dscf0417_2
Dscf0416_2

 順路に沿っていくと、茅葺きの建物がありました。何も案内がないのでわかりませんが、書院のようです。どんどんひなびてきます。

Dscf0399

 季節によって、いろんな花が咲くようです。

Dscf0400
 この奥に墓地があって、そこを右に曲がると、ここにも「やぐら」がありました。

Dscf0405

 この小さなトンネルの向こうには「鎌倉江の島七福神」の布袋さんがいました。

Dscf0406_2
 布袋さんの腹をなでるといいことがあるそうです。

Dscf0409_2

 みんながなでるので腹だけ色が変わっています。わたしもひとなでしてきました。

Dscf0408t

 入口付近にもこの旗がありましたが、閑静なお寺には何か場違いな感じがしました。

Dscf0392_2
 鎌倉五山第四位のお寺も、今は七福神の布袋さんがたよりなのでしょうか。布袋さんはもともと中国の禅僧だったというから、ここにいても不思議はないのでしょうが。

 ここは庫裏でしょうか?こんな庭もある閑寂な鎌倉の山寺でした。

Dscf0411_2
 観光客が少ないので、のんびりできます。拝観料200円です。
Img_20150607_0001_2

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月11日 (木)

明月院のハナショウブ

 明月院の本堂裏の後庭は今の時期と紅葉の時期だけ公開されます。拝観料はまた別に500円でした。

Img_20150607_0001_2

Dscf0292
 まず池があります。

Dscf0290_2

 池の奥に芝生があります。後庭がこの時期公開されるのは、さらに奥にある菖蒲田が花盛りになるからです。奥が深い。

Dscf0291_2
 これが菖蒲田です。

Dscf0295_2

 ハナショウブが咲いています。ちょうど花盛りの時期のようです。

Dscf0296

Dscf0297_2
Dscf0298_2
Dscf0299_2
 菖蒲田の奥はこんな裏山になっています。

Dscf0319_2
 いかにも湿潤そうな鎌倉の谷戸(やと)です。

Dscf0302_2
 ここから元へ戻って、本堂までの通常拝観区域の建物などを見てきました。
 これが茅葺きの開山堂

Dscf0328_2

 これは瓶の井(つるべのい)という井戸です。その昔、「鎌倉十井(かまくらじっせい)」と言われた井戸のひとつで、今でも使える貴重な存在である、と看板にはあります。

Dscf0330_2
 本堂の前にはこんな枯山水庭園がありました。

Dscf0336_2
 中央の島には蟹がいました。これは作り物で、わたしは金属製かと思いましたが、ネットに竹製と書いてあるものがありました。

Dscf0338_2
 鎌倉の崖には、「やぐら」と呼ばれる崖を掘った横穴がたくさんあります。主に納骨、供養のために使われたところだそうです。明月院やぐらは鎌倉最大級で、足利時代の関東管領上杉憲方の墓だと伝えられているそうです。仏像が掘ってありましたが、この写真にはよく写っていません。
Dscf0326_3
 北条時頼の墓もあります。鎌倉幕府の第5代執権で、出家して最明寺入道(さいみょうじにゅうどう)と呼ばれた人です。
 もらったパンフレットによれば、時頼が創建した最明寺は今の明月院の西北に当たる場所にあり、のち時頼の子、時宗が「禅興寺」として再興した。その塔頭の筆頭が明月院だった。禅興寺は明治に廃寺になり、明月院だけが残った、ということです。

Dscf0378

 これが墓の前にある時頼の廟所。

Dscf0374
 参拝してお賽銭を入れるとき、ピカピカ光るきれいな十円玉を選んだつもりが、間違って五百円玉を放り込んでしまいました。あ、と思っても遅い。おつりもでてきません。この先、最明寺入道殿の御加護厚からんことを祈るばかりです。
 でも最明寺入道時頼といえば、「鉢の木」の伝説で有名な人です。貴重な盆栽でさえ燃やしてくれる人があるくらいだから、五百円では問題にならないかもしれません。悟りの道は遠い。
 暗くてよくわかりませんでしたが、廟所の向かって左側にこの像があったように思います。北条時頼座像です。写真はパンフレットからとりました。

Photo_2

 この他に、うさぎ小屋や野鳥の餌台があったり、こんなお地蔵様があったりしました。
 花想い地蔵はネックレスをしています。

Dscf0334_3

 これは赤地蔵。このほかに着せ替え地蔵みたいなのもいました。

Dscf0257_2
 こういうのを「かわいい!」と喜ぶ拝観者もずいぶんいるようです。しかし禅寺の地蔵さんがネックレスをして「かわいい!」でいいのか、年寄りはちょっと疑問に思います。鎌倉のあちこちで「かわいい系」がはびこっています。円窓の幽玄や枯山水の庭と、これら「かわいい系」は、この先どう調和をとっていくのでしょうか。

 それはともかく、明月院はなかなかいいところでありました。
 アジサイや紅葉の時期をはずして来てみるのもいいかもしれません。

Photo_3        (パンフレットの表)



| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年6月 8日 (月)

明月院のアジサイ

 6月6日(土)の朝、鎌倉の明月院(めいげついん)へアジサイを見に行ってきました。「安養院のツツジ」や「英勝寺のシロフジ」を取り上げて、この時期、明月院のアジサイを無視するわけにはいきません。アジサイが鎌倉を代表する花のように思われている中で「あじさい寺」と言えば明月院のことです。
 問題はこの時期やたら混むこと。ずっと昔に行ったときにはあんまり混んでいたので、二度と来るかと思ったことくらいしか覚えていないくらいです。
 そこで、最盛期よりちょっと早い時期の朝早く、という条件をつけて行ってみることにしました。本当はさらに平日にしたかったのですが、都合で土曜日になりました。
 通常は9時のところ6月は8時半から入れます。8時15分頃に着くと、もうこんな状態でした。突き当たりが入口で、五十メートル以上は並んでいます。川に沿った道もアジサイが咲いていました。

Dscf0257
 これは帰りにとった写真ですが、ここが入口で、8時半に開きました。

Dscf0381_2
 ここが総門。拝観料500円で、これは6月特別料金らしい。アジサイはちゃんと咲いていてくれました。

Dscf0260_3
 総門から山門までの参道がメインの鑑賞道路で、ガイドブックなどに必ず取り上げられるところです。鎌倉石の石段があります。

Dscf0265_3

 最初、この参道の一番下に人垣ができていて、誰もそれ以上中へ入って行かないので、この参道は通行禁止なのかと思いました。

Dscf0264_4

 ところがそうじゃない。入場第一弾なので、みんな、この参道に人がいない状態の写真を撮っているんですね。だから誰も中へ入らない。写真を撮った人は次の人のために脇道から上へ登っていきます。誰かがそうしろと言っているわけじゃないのに、なんとなく順番にそうなっていく。このあたりいかにも日本人らしい。わたしも写真を撮って脇道へ行きました。

 でも本堂奧の庭園を見て戻った頃には、同じ場所がもうこうなっていました。一人中へ入ってしまえば暗黙の了解による静寂はおしまい。時間がたつにつれ、人がどんどん増えていきます。

Dscf0356_4

 アジサイは、もう少し後が最盛期で、これよりもっと数も増えるようですが、十分たくさんあってきれいでした。ちょうど夜明けごろまで雨が降っていたので、花にも葉にもまだ雨滴が残っていてみずみずしい。

Dscf0364_5
 「あじさい寺」というからずっと昔からあったものかと思うと、これが戦後になってから植えられたものだそうです。

Dscf0266
 この大量のアジサイのほとんどは青いアジサイで、日本古来の「ヒメアジサイ」という種だそうです。これを西洋の酸性土壌に植えると赤い色になるというから不思議です。
 ここではとにかく青い。安養院のツツジも赤一色で効果を出していましたが、ここのアジサイも青がずらりと並んできれいです。一点集中全面展開――昔、似たような言葉がありました。

Dscf0274

 ネットによればこれを「明月院ブルー」と言うそうです。わたしにはちょっと恥ずかしい感じの命名ですが、きれいな青であることは認めます。

Dscf0354
 山門の奥には本堂があります。真ん中のお参りするところはすいているのに、右の方にまた行列ができています。

Dscf0282_2
 この部屋の円窓越しの風景を撮るためです。京都にもこんな窓で有名なお寺がありますが、ここも有名です。

Dscf0283
 モミジの木が右側にあって、その奥に庭が広がっています。ガイドブックにはこのモミジが赤くなった写真が載っていたりします。ところが円の中にちょろちょろ動いている人たちが見えます。いまいち幽玄な気分にはなれません。ちょっと不粋です。

Dscf0285
 いつもは閉まっている本堂の後庭を、この時期は公開しているので、観光客が歩き回っているのでした。わたしもこのあと同じように後庭へ行ったので、お互いさまだから文句は言えませんが、ここも人が奥へ入る前の朝イチじゃないと無人の風景は撮れないというわけでした。
 その後庭の方からのこの円窓の写真を撮ってみました。

Dscf0311_2
 並んで写真を撮ってる姿が見えます。こうなると幽玄どころかちょっと滑稽な感じです。こんな写真を撮ってはいけませんね。

 ※「鎌倉散歩」というカテゴリーをつくりました。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 4日 (木)

漢詩もどき

 田中角栄首相が日中国交回復交渉のとき、漢詩のようなものを書いたという話を前に書いた。(→北京塵天10 北京秋天
 こういう詩だった。読み下しは、わたしがつけたもの。

国交途絶幾星霜   国交途絶して幾星霜
修好再開秋将到   修好再開の秋(とき) 将に到らんとす
隣人眼温吾人迎   隣人の眼は温かく吾人を迎え
北京空晴秋気深   北京の空は晴れて秋気深し

 漢詩の平仄の勉強をしたところなので、あらためてこの詩の平仄を確認してみた。
 こうなるようだ。

國交途絶幾星霜 ●○●
修好再開秋將到 ○
鄰人眼温吾人迎 ○
北京空晴秋氣深 ●

 ○が平声、●が仄声。△は両声あるもの、同じ字でも意味によって音が違ったりするらしい。初心者なので違っていたらごめんなさい。
 七言絶句の公式はこうだ。(◎は平声で押韻)

平起式 (起句第二文字目が平字)
○ ○ ● ● ● ○ ◎
● ● ○ ○ ● ● ◎
● ● ○ ○ ○ ● ●
○ ○ ● ● ● ○ ◎      

仄起式 (起句第二文字目が仄字)
● ● ○ ○ ● ● ◎
○ ○ ● ● ● ○ ◎
○ ○ ● ● ○ ○ ●
● ● ○ ○ ● ● ◎

 比べてみると、どちらでもない。平仄のことはまったく考えないで作られていることがわかる。
 韻も踏んでいない。韻を踏むべき文字の韻はこうだ。
 霜=平声・陽韻、到=去声・号韻、深=平声・侵韻又は去声・沁韻
 同じであるべき三字の韻が全部違う。
 さらに語法として「吾人迎」はおかしい。吾人が迎えるのではなく、吾人を迎えるのだから「迎吾人」とひっくり返るところである。
 「北京空晴」も、中国語で「空」は「からっぽ、むなしい」なので、これでは「北京は空しく晴れて」になってしまうという。 

 これはいただけない。平仄のことをちょっとかじっただけのわたしが言うのも気が引けるが、日本の首相がつくったものとして、いくらなんでも恥ずかしいではないか。
 明治期の外交官、政治家なら決してこんなことはなかっただろう。昭和47年(19672)年の官邸や外務省には漢詩の初歩すらわかる人がいなかったのか。そうでなければわかっていて、これも愛嬌と見過ごしたのか。
 当時のニュースなどでもこの詩は取り上げられたが、ジャーナリズム全体が日中国交回復万歳ムードだったので、これを非難する話はあまりなかったように思う。
 ネットで調べてみると,、今東光や柴田錬三郎が、なんだこれは、土建屋総理が、とか怒っていたそうだが、原文がない。
 

 丸谷才一は『日本語のために』(新潮文庫、1975)にこう書いていた。

Photo_2

 一九七二年の日本でいちばん評判になった詩は、たぶん総理大臣が北京(ペキン)で作つた七言絶句、
「国交途絶幾星霜。修交再開秋将到。隣人眼温吾人迎。北京空晴秋気深」
 だらうと思ふ。漢学の素養が乏しいせゐか、わたしがこの詩を見てまづ思い出したのは、李白(りはく)でも杜甫(とほ)でも、蘇東坡(そとうば)でも陸放翁(りくほうおう)でも、頼山陽でも柏木如亭でもなく、新聞広告の「美邸瓦水日当良」といふ類(たぐひ)の文句だつたが、しかしまあ、それだけ平易明快で現代的だと褒めることもできないわけぢゃない。むやみに故実を踏まへた、わけの判らぬ詩など作らぬあたり、ザックバランな人柄が嬉しいと喜ぶこともできよう。
 もちろん、たとへば伊藤博文の漢詩なんかとくらべて、時代が下れば総理大臣の漢詩もかういふことになるかなどと慨嘆する手もあるけれど、伊藤春畝(しゅんぽ)公の場合には一代の詩宗、森槐南(かいなん)といふ家庭教師がついていゐた。それなのに田中越山公(いや、本当は公ではない)はまつたくの独力で一詩を賦した、すくなくとも、さうとしか考へようがないくらゐの出来ばえである。とすれば、われわれはむしろ彼の健気な努力をたたへるべきであらう。
 それにこの七言絶句には、もともと、上手下手なんかいくら論じてもはじまらないやうな性格がある。言ふだけ野暮な話だが、文学的価値など最初から眼中になく、狙ひはひたすら政治的効用のほうにあつて、しかもその点ではずいぶん効果をあげてゐる……らしいのである。どうもわたしはそんな気がしてならない。(p91)

 この後、丸谷は政治的効用には次の三つがあると書く。
 第一に、まず中国人が喜ぶ。外国の首相が自分の国の詩形をまねてして詩を作ってくれれば、下手でも何でも満足するのは当たり前。毛沢東は詩を作るのが得意だったし。
 第二に、日本人が何となく漠然と尊敬する。漢詩文は和歌や発句より格が上なような伝統があって、これを作る人は、巧拙はともかく偉いという感じがある。選挙区ではそう思われただろう。
 第三に、国際的には、日本と中国が同じ文明圏意に属する二つの大国であることの誇示になる。
 第三点については、それほどのことはなかったと思うが、第一、第二の点は、そういう効用があったまあそうだろうなと思わざるを得ない。日本人だって、もしアメリカの大統領が俳句を作ったといえば、たとえそれが「朝起きて 顔を洗って 歯を磨く」みたいなものでも、喜ぶにちがいないし、マスコミは大騒ぎするだろう。(「朝起きて」は、赤瀬川原平幼少時の作)
 しかしそれにしても角栄の漢詩はちょっとひどいと思うし、丸谷も、上記引用のとおりイヤミたっぷりで、政治的効用があったからこれでよかったと言っているわけではない。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 1日 (月)

JB37 アメリカン・ジョーク

 アメリカン・ジョークについてはすでに紹介済みのものもあり、手放してしまって現物が手元にないものもあり、ここで紹介するのは5冊ということになった。しかし「アメリカン・ジョーク」と銘打ってないものでも、最近の翻訳ジョーク集の大半はアメリカ経由のもののようだ。

152 アメリカ小話集

Photo_2

    (書名)  アメリカ小話集
      (著者)  上野景福(うえのかげとみ)
      (出版者) 高文社
      (形状)     B6判ソフトカバー
      (頁数)     145
      (出版年)  1975/08/10

・巻末の広告では「世界小話全集全16巻」のうちの一冊となっている。

・著者によれば、アメリカでは小話が社交上の話のマクラとなっているため、おびただしい小話集が出版され、実用的に利用されている。だから詳細な分類がされ、綿密な索引がついているものが多いという。日本語の本には、ジョーク集に限らず索引のないものが多い。

・1975年はもう40年前。ジョークの訳文も古いが、内容的にも古さを感じるものがある。
 こんなものがあった。これはただ古いだけでなく、時代を感じさせる。

地位の前進
 朝鮮の奥地をあるアメリカ人が戦前旅行した。すると驢馬にのった男が悠々と歩を進めるあとから、その細君が大きな荷物を幾つか持っててくてく歩いてついていった。
 「どうしてあなたは驢馬に乗り、細君をあとから歩かせるのですか?」とそのアメリカ人がきいてみた。
 「習慣!」とその男は一語つぶやいた。
 さてそのアメリカ人は招集され、将校となって戦後またその朝鮮の奥地を訪れた。すると前に見覚えのあるその男が、こんどは細君のあとからついて歩いている。そこで聞いてみた。
 「戦前は女性をあとに従え、戦後は女性を前に歩かせるのは大した変化ですね。どうしたというわけなのですか?」
 その男は一語つぶやいた、「地雷!」(p111)

 

153 アメリカン・ジョークの世界

Photo_3
    (書名) アメリカン・ジョークの世界
          カテゴリーでさぐる笑いの構造
      (著者)  杉田敏
      (出版者) ジャパンタイムズ
      (形状)     B6判ソフトカバー
      (頁数)     199
      (出版年)  1990/12/10
           (1992/03/20、3刷)

・英文のジョークに訳と簡単な解説がついている。

・ジョークは次の五つに分類されている。
 1:Silly jokes  ばかげたジョーク
 2:Wordplay Jokes 「しゃれ」と「ことばのあや」
 3:Hostile Kokes 攻撃的、自虐的なジョーク
 4:Ethinic Jokes 民族ジョーク
 5:Sexual Jokes セクシー・ジョーク
 これは”Psychology Today” というアメリカの心理学雑誌による分類。

・日本人にとって一番むずかしいのは2のWordplay Jokes 「しゃれ」と「ことばのあや」だろう。英語の「ダジャレ」がわかるには相当の知識と経験が必要で、解説がないとわからないものが多い。
 その一例。

学業成績
Dad: Well,son,how are your marks?
Son: They're under water.
Dad: What do you mean?
son: Below "C" level.

父親:で、お前、成績の方はどうかね。
息子:水面下です。
父親:どういうことかね。
息子:Cレベルより下ということです。

 最後の文句が below sea level (水面下)のかけことばになっています。(p69)

 


154 WHERE'S THE JOKE?

Photo_5

    (書名)  WHERE'S THE JOKE?
                      何処(どこ)がジョークだ!?
      (著者)  Dennis E. Schneider
      (出版者) 構造システム
      (形状)     124mm×170mmソフトカバー
      (頁数)     105
      (出版年)  1992/10、(19997/10 3刷)

・英語のジョーク集で、ひとつひとつに、英文の解説がついていて、どこがおもしろいのか、アメリカ人はどう考えるかなどの説明がついている。わたしでもわかる英語で読みやすい。

・帯には「NHKテキスト好評連載が充実して一冊に」とあるが、どういう番組のテキストだったのかはわからない。

・この本の中では短めのものをひとつ。

Do Not Disturb!
In a small town in a rural area of the United States, an old farmer died after a short illness. As was the custom, all the neighbors gatherd to help his wife with the funeral preparations. They also sat up with her through the night in front of the coffin, the box with her husband's body in it. The funeral was held in the living room of the farmer's house. Then the neighbors picked up the coffin to carry it to out to the funeral car for the trip to the cemetery. The coffin hit the gate post fairly hard as they ware taking it out through the front gate. This woke up the old man up. It seems he had only been unconscius, not dead. He recovered completely from his illness and lived for another four years.
When he died "again," he was given another funeral. All the neighbors came as before. However,  when the neighbors were carrying the coffin out the front gate, the wife called out raher sharply, "Watch out for the post!"(p66)

 

155 世界がわかるアメリカ・ジョーク集

Photo_7

    (書名)  世界がわかるアメリカ・ジョーク集
      (著者)  烏賀陽正弘(うがやまさひろ)
      (出版者) 三笠書房
      (形状)     文庫
      (頁数)     234
      (出版年)  2008/11/10

・アメリカのジョークをひいて、アメリカ人の考え方などを紹介する本はたくさんある。これはその中でもわかりやすい。ただしあくまでジョークの本なので、世界がわかったりはしない。

・こんなジョークがあった。

外国製
アメリカで、自分に向いた高給の職を見つけるのは、とても難しい。
ジョンは、今日も職探しだ。
朝6時、目覚まし時計(日本製)のアラームが鳴り、コーヒーポット(中国製)で湧かしているあいだに、電気シェーバー(韓国製)で髭を剃った。フライパン(インド製)で朝食を作ると、電卓(中国製)で貯金の残額を計算。
ラジオ(インド製)の時報で腕時計(台湾製)を合わせ、シャツ(スリランカ製)とジーンズ(香港製)に着替え、テニス・シューズ(ベトナム製)を履いて出かける。だが、その日も職は見つからず、徒労に終わった。
疲れ切って帰宅し、サンダル(ブラジル製)に履き替え、ワイン(チリ産)をグラス(中国製)に注ぎ、テレビ(韓国製)をつけてみて、なぜ、いい職が見つからないのかを、やっと悟ったのだ。」(p209)

 今の日本も同じような状況になっている。安い外国製が市場を席巻するのに加え、国内の産業もどんどん機械化・IT化が進んで行く。どうなることか。

156 アメリカの大統領はなぜジョークを言うのか

Photo_9

   (書名) アメリカの大統領はなぜジョークを言うのか
          名言・迷言・ジョーク集
      (著者)  丸山孝男
      (出版者) 大修館書店
      (形状)     四六判ソフトカバー
      (頁数)     197
      (出版年)  2011/09/20

・アメリカのジョークを解説した本には必ず、アメリカにおけるジョークの重要性が説かれている。気のきいたジョークを言えることが、それなりの人物と見なされるための条件のひとつになっているというのだ。
 そういう社会の大統領は、こんなことも言っている。

 すぐれたユーモアのセンスがなければ、アメリカの大統領は窮地に陥る。      (トルーマン大統領)
 (If you don't have a good sense of humor, you're in a hell of a fix when you are Presiden of the United states. (pⅲ)

・大統領に関するジョークを集めた本かと思ったが、そうではなく、ワシントンからオバマまで歴代の大統領のの略歴、エピソードや歴史的な発言などの紹介が中心。それに政治に関するジョークがついている。

・リンカーンはこう言ったそうだ。

大統領の地位を狙っている連中にすぐ来るよう伝えてくれ。今なら全員にやるものがあるから。
Tell all the office seekers to come in at once, for now I have something I can give to all of them.(p62)

 これは天然痘にかかったとき側近に言った冗談だそうだ。悪い冗談だがおもしろい。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »