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2015年10月29日 (木)

常楽寺の由緒

 「海蔵寺の水」にちょっと書いた、木曾義仲の息子義高の墓を見に、10月9日、大船の常楽寺(じょうらくじ)へ行ってきました。

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 自宅から車で鎌倉へ行くときには必ず通る「常楽寺」という交差点があって、このあたりにそういうお寺があることは知っていましたが、そんな由緒のあるお寺だとは知りませんでした。大船のあたりは、行政的には鎌倉市でも、感覚的には鎌倉の外で、北鎌倉のあたりからが鎌倉だという感じです。

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 だから常楽寺というのも、横浜あたりの町中のお寺のようなものだと思っていましたが、行ってみると違いました。まず、こんな立派な参道があります。

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 「粟船山常楽禅寺」の碑のそばにひとまわり小さい石碑があります。鎌倉案内のホームページを見ると、これには「木曽義高 北条泰時公墓」と彫ってあるそうですが、苔のたぐいが詰まっているのか、風化したのか、下の方の「高」の字がかろうじて読めるくらいでした。

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 茅葺きの山門があります。
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 「粟舩山(ぞくせんざん)」の額がかかっています。舩=船です。もと「粟船御堂」(あわふねみどう)と呼ばれたといい、この「あわふね」が「おおふな」になったという説もあるようです。

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 山門をくぐると右手に庫裏と本堂があり、つきあたりに仏殿があります。

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 これが仏殿です。元禄四年(1691)の建立とのことです。

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 阿弥陀三尊像です。天井には雲龍の絵が描かれているそうですが、中には入れないので、よく見えませんでした。
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 仏殿の左が文殊堂。これは明治期に英勝寺から移築されたものだそうです。

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 宋の禅僧、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)が鎌倉に招かれたとき、はじめはこの常楽寺の住持として教え、その後建長寺が創建されて、そちらへ移ったとのことで、臨済宗建長寺派には「常楽は建長の根本なり」という言葉があるそうです。由緒あるお寺でした。
 常楽寺の開基は第三代執権北条泰時で、仏殿の後方には、泰時の墓もありました。

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 三つ墓が並んで、右端が泰時の墓です(下)。
 泰時は、飢饉に苦しむ人々への年貢免除などを行い、御成敗式目(貞永式目)を制定したなど、思いやりがあり、理にかなった政治をしたとされています。
 北条氏は泰時や時頼などの頃には、質素を旨として誠実に政治に取り組んだので繁栄したが、後代になって次第に華美に流れるようになり、暗愚の暴君高時にいたって、とうとう滅んでしまった、というのが古い歴史書の定説のようです。

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 これが本堂と庭です。

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 柵の外から眺めるだけなので、じっくり観賞できませんが、この庭には池があって、奥の木立の下にも池がありました。この二つがつながっているのかどうか確認できませんでしたが、奥の池には樋からどうどうと水が流れていましたから、おそらくつながっているのではないかと思います。

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 この池を「色天無熱池(しきてんむねつち)」というそうです。なにやら難しい名前です。
 色天というのは仏教用語で色界(しきかい)のこと。凡夫が輪廻を繰り返す世界は、欲界、色界、無色界(むしきかい)の三界(さんがい)からなる。
 欲界は字でわかるように地獄から人間界までの世界、色界は欲を離れたがまだ色(物質)にこだわっている世界、無色界は欲も物質も超越した精神的な世界である。
  そして色界も禅定の程度に応じていくつかに分かれており、その一つに無熱天(むねつてん)というものがある。無熱池とは龍王が住む炎熱の苦しみがない池である、というようなことらしいのですが、信心も修行もたりない身にはよくわかりません。

 この池と蘭渓道隆について、こんな伝説があるそうです。

 蘭渓道隆には宋から連れてきた乙護童子(おとごどうじ)という給仕係の少年がいた。この乙護童子が美少年だったので、道隆は美女を侍らせていると悪評が立った。実は童子は江ノ島弁財天のお使いだったので、正体を現して白蛇になり、道隆の潔白を証明した。その大きさは庭の銀杏の木を七巻半してもなお尾が池に届き、池の底をたたいたので、この池を「尾たたきの池」という。
 (一説には、江ノ島の弁財天が、いたずらで乙護童子を美女に変身させたという。)

 なかなかおもしろい伝説なので、この池の水の透明度をもう少し高くしてもらいたいものです。

 長くなったので、木曽義高の墓の話は次回にします。

 

 

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