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2015年12月17日 (木)

守城の人・北京の55日

 ずっと読もうと思いながらそのままになっていた村上兵衛の『守城の人 ―明治人 柴五郎大将の生涯』(1992、光人社)を最近ようやく読んだ。
 期待に違わずおもしろい本だった。帯にはこうある。

その生涯に二度「敗戦」の悲哀を味わった風雲児柴五郎――十歳のとき会津落城を、そして八十八歳のとき陸軍の最長老として大日本帝国の敗北を…。政治小説『佳人の奇遇』で文名を謳われた柴四朗を兄に持ち、「北京籠城」戦によってその名を世界にとどろかせ、賊軍の出ながら大将にまで昇りつめた男の波瀾万丈の足跡を辿る。

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 「守城」とは、北清事変義和団の乱での北京籠城のことである。
 日清戦争で日本に敗れた清国には欧米列強の進出が続いた。山東省の農民の間に起こった秘密結社義和団は「扶清滅洋」をスローガンに、各地で外国人やキリスト教会を襲った。1900年には北京の列国大公使館区域を包囲攻撃し、清国もこれに乗じて各国に宣戦布告した。日・露・英・米・仏・独・伊・墺の八カ国はこれに対し共同出兵し、連合軍は北京を占領、清朝は降伏して義和団も鎮圧された。
 救援軍がやってくるまで55日間の「北京籠城戦」で、列国連合軍の軍事指揮者的役割を果たしたのが日本の北京公使館付武官柴五郎中佐だった。

 ここまでの話で映画「北京の55日」を思い出す人は、わたしと同じ世代以上の人だろう。1963年(昭和38)公開、大きな画面の「70ミリ超大作」が流行していた頃で、わたしは高校一年生だった。

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 この映画を見なかった人も(わたしもそうだ)主題歌は覚えているのではないか。もとの英語盤はブラザース・フォアで、これもヒットしたが、日本語版を歌っていたのは、あの克美しげるだった。「あの」という話は、ここではしない。
 同じ頃の映画『大脱走』とか『史上最大の作戦』の主題歌にもみんな日本語の訳詞があって、テレビのヒット・パレード番組でよく歌われていた。この頃は西洋の流行歌でも日本語に訳して歌うことがごく普通に行われていたのだ。(こんなこともちゃんと書いておかないと、最近の若者には当時の状況がよくわからない時代になってしまった。)

 YouTube:ブラザース・フォアの歌
 https://www.youtube.com/watch?v=6Dio9zhx5tY
 YouTube:克美しげるの歌
 https://www.youtube.com/watch?v=KGuRXYW_4PQ

 「北京の55日」の歌詞はこういうものだった。

  時は一千九百年 55日の北京城
  肉弾相撃つ 義和団事件
  ……………………
  フランス イギリス イタリア ロシア
  更に加えて 精鋭日本
  華の北京 今や死の街

 この歌のおかげ義和団事件の年号を忘れることはない。「更に加えて精鋭日本」というのは、当時、何か誇らしいような気がしものだ。

 『守城の人』を読んでから、レンタルDVDを借りてきて『北京の55日』を観てみると、これがちょっとひどい。
 まず第一に史実がいいかげんだ。チャールトン・ヘストン演じるアメリカ海兵隊の少佐が主人公で、アメリカ・イギリスが中心になって義和団と清軍を撃退したことになっている。それも夜陰に乗じて城を抜け出して敵の弾薬庫を爆破しに行ったり、ロシアの男爵夫人と恋をしたりとあれこれ大活躍で、ほとんど北京が舞台の西部劇みたいになっている。
 第二に、中国人に対する偏見というか差別というか、まともな人間が相手とは考えられていない。西太后ら清国政府の要人はみんな怪しげな人物ばかりで、義和団は人海戦術でひたすら攻めてくるばかり。列強に侵略される側への一片の同情も考慮もない。昔の西部劇のインディアン扱いだ。

 柴五郎中佐伊丹十三(当時は伊丹一三だった)が演じているが、ほんのチョイ役でしかない。籠城戦に重要な役割を果たした話はどこにもない。日本軍の兵士が敬礼のあと、お辞儀をしあうシーンがあって、ちょっと滑稽だった。日本のこともろくにわかっていないのだ。
 今見ると、こんな映画を、アメリカ最新の70ミリ超大作、歴史活劇だとわれわれは有り難がっていたのかと思ってしまう。もし公開当時見ていたら、「大画面の戦闘シーンが凄かった」とかなんとか感心していたにちがいないと思われるのが、ちょっと口惜しい。

 伊丹も伊丹だ、全体の構成は西部劇で仕方がないとしても、日本の兵隊は敬礼の後お辞儀なんかしないということくらい、なぜ監督に言わなかったのか。
 こんなことを考えてしまうのは、わたしは高校生の頃、伊丹の『ヨーロッパ退屈日記』を読んで、ころりとまいった口だからだ。
 これは2005年刊の新潮文庫。もとは新書の「ポケット文春」の一冊だった。

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 この本には「北京の55日」出演中のエピソードも書かれている。主演のチャールトン・ヘストンとの会話などいろいろ出てくる。「ニックとチャック」という章もあって、ニックは監督のニコラス・レイ、チャックはチャールトン・ヘストンである。だから一介の助演俳優にすぎなくても、それくらいのことはニックに言えたのでは、と思ったのだ。
 それに外国人に切腹の作法を一席ぶって感心させる、という話もあった。これは面白いから少し引用しておこう。

 あのねえ、ハラキリっていうけどねえ、腹を切って即死するわけじゃないんだぜ。ハラキリには介錯人というのがいてね、その男が切腹した男の首を斬るわけなんだ。
 だがね、斬るといっても、斬り落とすわけではないよ。皮一枚残して首が銅につながっていなくちゃならない。
 そのためには、首に四分の三くらい斬り込んで、あと刀をスッと手前に引く、引きながら斬っていって、適当なところでとめるわけなんだな。

(中略:ハラキリについての蘊蓄がさらにあれこれ続いて、最後に)

 君らが一口にハラキリというけど、ハラキリとはこういうものなんだ。

 まあ大体これで一座はシンとしちゃうね。あと何かの機会に、その時の聴き手の前で、他の人間がハラキリの話を持ち出せば、彼が滔々として受け売りをしてくれるから、わたくしとしては、おれはハラキリなんか毎年やってるんだ、という顔で静かに微笑していればよいのだ。(p92~95)

 物を知らない高校生は、これで切腹の作法を学ぶとともに、自分も外国人にハラキリの講釈をたれて、ハラキリなんか毎年やってるんだという顔をしてみたい、と憧れた。
 それはともかく、こんな箇所があるくらいだから、日本軍兵士の敬礼の仕方についても一言あってしかるべき、と思ったのだった。

 自動車の「ジャガー」は「ジャギュア」と言え、音をたてずにスパゲッティを食べるにはフォークでこう巻け、ダンヒルのライターに麗々しくイニシャルを彫り込むようなヤツはミドル・クラスだ! そういうことをわたしはこの本から教わった。伊丹は、キザで、細部にこだわり、そのうえ何事によらずきちんと筋をとおす人間のように思われ、格好よかった。

 下記は、「ニックとチャック」の章(p36)。北京城のオープンセットのイラストも伊丹十三が描いたもの。多才な人だった。

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 話がずいぶんそれてしまった。

 

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コメント

2017年9月20日現在 「黄砂の籠城」を読んでいます。「蒼穹の昴」で 柴五郎 を知った無知無教養の輩です。 「ある明治人の記録」も読みました。
で、本日、中学1年生の時に見た《 北京の55日 》を思い出し、レンタル屋で借り、明日観る予定です。「守城に人」は知りませんでした。 図書館で探します。 色んな事を教えて下さい。 今日は有難う御座いました。

投稿: K ・ M | 2017年9月22日 (金) 20時13分

「守城に人」を「守城の人」に訂正します。
北京の55日DVD見ました。 日本兵が敬礼後、御辞儀は確かに笑いました。が、マドリード郊外での撮影で、当時の東交民巷を再現したとか。 配置、方角等不明でしたが、雰囲気だけは伝わりました。 其の意味では良かったと思います。 内容は、話す価値も無い物でした。 

投稿: K ・ M | 2017年9月24日 (日) 11時38分

続話
「 守城の人 」を図書館で借り、今日から読み始めます。 厚さにビックリ。 650ページ?
一宮図書館に蔵書が無く、県立図書館からの借用本でした。
定価 3300円(本体 3204円 )?と有り、計算すると、消費税3%時代の本でした。1992年の発行。
早速、通販で探すと… 文庫本? 1300円弱で有りました。 更に検索すると【 新品未読本 ・ ¥36,791 】と! 詐欺かと思いました!
私は、初版本の程度の良さそうな本を、適当な価格で購入しましたが、文庫本よりは高く付きました … この厚みなら、納得する次第。
一宮図書館にも無い程、人気の無い本? と、多少… 落ち込んだ次第。

投稿: K ・ M | 2017年10月 8日 (日) 17時06分

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