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2016年1月

2016年1月28日 (木)

海老名中央図書館2

 海老名市立中央図書館は、なかなかいいところだった。
 小田急線海老名駅の西口から徒歩7分。東口が表側で、こちら側はまだ再開発中のようだ。文化会館などが近くにある。

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 丸屋根はプラネタリウム施設で、現在はキッズ・ライブラリーになっている。この日は天気が良く、図書館裏の駐車場方面には丹沢山塊がきれいに見えた。左に大きく見えるのが丹沢大山(たんざわおおやま)である。

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 中に入ると写真撮影禁止なので、海老名図書館のホームページか、ハフィントンポストの写真を見てほしい。
 図書館→https://ebina.city-library.jp/library/
 ハフィントンポスト→http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/30/ebinshi-sokuho_n_8218716.html

 入ると大きな吹き抜けの空間があって、正面に蔦屋書店の平台の展示が広がり、左手にスターバックス、奥が図書館になっている。図書館というより、ちょっとしたショッピングモールという感じだ。ネットであれこれ写真を見ているので、そんなに驚きはないが、ちょっとした見もので、なるほどこれなら古い図書館しか知らない人は驚くだろう。
 改修したばかりだからきれいだし、新刊本にこじゃれた文房具、人気のカフェ、吹き抜けの空間の背景にはずらり本棚が並び、軽い音楽が流れている。「おしゃれな空間」を演出しました、というやつだ。
 駅から7分だからそう近いわけでもなく、まわりに商店街があるわけでもないのに、平日の昼間、けっこうにぎわっている。若い人が多い。
 わたしの第一印象は、なかなかやるじゃないか、というものだった。

 これまでさんざんネットでツタヤ図書館の悪口を読んできた。自分でも選書と分類については批判的なことを書いた。(→驚きの図書リスト驚きの図書リスト2海老名中央図書館1)そのせいか、実際に本の配列を見てもそう驚きはない。細かい指摘はネットで今もされているので、自分であら探しをしようという気は起きなかった。
 ただ、わたしが一番まごついたのはやはりどこに何があるのかよくわからないことだった。パンフレットに下記のような間取り図があるが、図書館内にもこれより細かい中分類の案内はなかった。

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 それに2階、3階はいくつもの小さな部屋にわかれていて、そのつながり方がよくわからない。初めて訪れる者にとってはちょっとした迷路である。
 下の写真は武雄図書館のものだが、海老名も同じようになっていて、こういう小部屋がつながっていた。これで周りの棚、中央の島の棚とぐるぐる回りながら見ていくと、どちらから入ってどちらへ出たのかわからなくなってしまう。わたしはある部屋から本を取り出して、学習室でしばらく読んでから戻しに行こうとして迷子になってしまった。老人性のものを施設のせいにしてはいけないのはわかっている。ここは慣れないと普通の人でもわかりにくいだろうと思う。

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      樋渡啓祐『沸騰!図書館』(角川oneテーマ21、2014、口絵)

 棚の上の方の手の届かないところに、下の本のジャンルと関係なく、全集物や叢書が並べてあるのも気になった。分類と関係なく、ずらりと同じ本が並んだ装飾性を重視しているようだった。中には朝日新聞の縮刷版の古いものが一番上の段に並んでいるところがあった。手の届かないところは係員を呼んでくれということになっているが、図書館内に係員の姿はあまり見かけられない。大きくて重いから地震のときなど危ないし、何冊も調べたいときなど不便そうだ。

 他にも検索画面とか、ちょっと気になるところがあったけれど、基本的に、ここまで通ってこの図書館を利用するわけではないので、よそ者がそうそう文句を言ってもしょうがない。案内が不十分で迷子になったとか、検索が使いにくいのは、慣れの問題でもある。
 選書についても、これから年数をかけて、図書館を常時利用する人々と運営管理者との間でこの図書館の蔵書が積み上がっていくものと思う。
 ただ分類については今でも批判的である。日本十進分類法(NDC)は、先人の知恵や経験を積み重ねて、世界中のありとあらゆる本を分類・管理しようと作られ、時代に合わせて改訂されてきたものだ。ツタヤの「ライフスタイル分類」では、新刊書店の棚ならともかく、図書館の需要には応えきれないだろう。これだけ批判されたので、海老名でもいろいろ検討はされていると思うが、すべての図書をNDCで検索できるようにしたうえで、一部をライフスタイル分類で展示するとかしたらどうかと思う。
 また、選書や分類の他にも、武雄市、海老名市それぞれに指定管理者の選定方法や、経費の問題などで住民訴訟が起きているようだ。それらの問題については、きちんと当局により対応がなされなければならない。

 そういうことを別にして、わたしの見た感じでは、それなりに居心地のよさそうな図書館だった。短時間で1階から4階のキッズ・ライブラリーまで見て(地下を見てくるのを忘れた!)、学習室でしばらく読書をしてきただけでえらそうなことを言ってはいけないが、若い利用者が多く、雰囲気が明るくて、平日なのにけっこうたくさんの利用者がいたことなどから、これは成功ではないかと思われた。
 図書館というと、暗くてしーんとしていてというイメージを一般に持たれているが、それを蔦屋書店とスターバックスの存在が打破した。今のにぎわいが、開設当初の物珍しさだけでなく、両店及び図書館の営業努力により継続していけば、今までにない明るく活気ある図書館になるのでは、と期待したい。
 年中無休で、開館時間は午前9時~午後9時というのも、ブラック企業みたいなことになっていなければすごい。
 今後客足が落ち、にぎわいが薄れていく恐れがないわけではない。両店が赤字で手を引くようなことも起きるかもしれない。そういうときにも行政は図書館を見放すようなことのないよう、また両店も行政に赤字の始末を押しつけることのないよう、念のため願っておく。

参考: 部屋の写真を引用した『沸騰!図書館』(樋渡啓祐(ひわたしけいすけ)、角川oneテーマ21、2014)は、ツタヤ図書館をつくった、当時の武雄市長の本。

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 ツタヤ図書館を構想し、議会や職員と戦いながら、実現に到るまでのサクセス・ストーリー。市長の自画自賛本と言ってもいい。それなりにおもしろいが、これまで紹介したような図書館についての批判と同時に、市長個人についてもあれこれ批判が出ているところなので、この本を鵜呑みにするわけにはいかない。
 愛知県小牧市では住民投票でツタヤ図書館が否決されたが、この3月には宮城県多賀城市で第三館目、12月には岡山県高梁市で第四館目が開館するという。
 ツタヤ図書館が新しい図書館の形として定着するのかどうか興味深い。どこかでこれを見習った新しいカフェ型図書館が出てくるかもしれない。わたしの懐事情では、スターバックスよりドトールの方がいいのだけれど、近所に誰かつくってくれないものか。

 

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2016年1月25日 (月)

海老名中央図書館1

 1月20日、神奈川県の海老名市立中央図書館へ行ってきた。

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 前に驚きの図書リスト驚きの図書リスト2で書いた武雄市の図書館と同じように、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が指定管理者になって運営し、蔦屋書店スターバックスが併設されている図書館が、昨年10月に海老名にも開館したのだ。この運営形態は最近「ツタヤ図書館」と言われている。

 武雄市の選書・廃棄本が問題になったせいだろう、海老名市では開館前に市議会で27年度の購入リストが取り上げられた。そこでは武雄市と同じように料理本が多すぎること、古い雑誌が入っていることや、さらに付録に眼鏡拭きやシリコン鍋、おろし金のついたムック本が入っていることなどが問題となった。最近こういう付録主体の本がよくある。
 鍋やおろし金を貸し出すにはそれなりの思想と覚悟がいると思われるが、そういうことを考えたわけではなく、ただ付録についていただけということらしい。本の内容を見ていないわけだ。こういうことをするから、またCCCに不要品を押し込まれたんじゃないかと思われてしまう。
 このリストは購入を見直すことになったが、その後も、蔵書にタイの風俗店案内が何冊かあることが問題になった。
 さらにネットで大きく取り上げられたのは、蔵書の分類だった。従来の図書館の日本十進分類法(NDC)とは違う、CCC独自の「ライフスタイル分類」という分類法によって本が配列されているのだが、それが素人が見ても明らかに間違いだろうと思われるものや、あまりにもおもしろいものがたくさんあって、マスコミでも取り上げられた。

 中でも有名になったのが旧約聖書の「出エジプト記」が、旅行記に分類されている、という一件だ。下記はネットにアップされた、海老名図書館の出エジプト記を蔵書検索したときの画面の一部である。

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 「ジャンル:旅行/海外旅行/アフリカ/エジプト」となっている。(現在は「人文/宗教/キリスト教/聖書」に訂正済) これを受けてネットでは「モーゼはツアーガイドか」とか「海を徒歩で渡るツアーだ」とか騒がれ、他にもあるだろうと海老名図書館の蔵書を検索しては、おかしな分類をアップすることがはやった。
 例えば
・『図説食人全書』(文化人類学系の本)→料理の本に分類
・宮沢賢治やまなし』(梨の実が出てくる童話)→旅行/国内旅行/甲信越・中部・北陸/山梨
・筒井康隆ベトナム観光公社』(ベトナム戦争が観光化するというハチャメチャSF)→「旅行/海外旅行/アジア/東南アジア/ベトナム」
・谷川俊太郎手紙』(詩集)→「住まいと暮らし/暮らし/行事・しきたり/手紙/手紙の書き方・文例集」
というわけで、海老名図書館の人には悪いけれど、ずいぶん笑わせてもらった。(ツイッターで「海老名分類」と検索するといろんな事例が見られる。)
 そのうちガルシア=マルケスの『百年の孤独』(小説)が焼酎に分類されているという、インチキの画面まで登場した。これはやりすぎで、嘘をついてはいけない。現在もまだ、遊びとして「海老名図書館風に分類してみる」という、大喜利みたいなことが行われているようだ。
・『魔女の宅急便』→流通
・『進撃の巨人』→プロ野球
・『薔薇の名前』→園芸
というようなもので、それなりに面白いけれど、実際にそう分類されていたもののような驚きはない。事実は小説より奇なり、だ。

 同じ本の上下で分類が違っているという話もあったけれど、基本は題名に地名が入っていれば「旅行」、食品が入っていれば「料理」に機械的に分類されているようで、内容を見て分類しているとは思えない。コンピュータで自動分類するにしたって、今どきこんな単純な分類をするものかと思う。

 なぜNDCではない分類を採用したかについては、海老名市は、市会議員からの質問に、「ライフスタイル分類」は「利用者の発見性」を重視した分類で、目的性なく来館しても新しい発見を提供できることを意識していると答えている。(→http://www.yoshiki-yamaguchi.com/Bunruihou.pdf)
 そして25項目の大分類に138項目の中分類、583項目の小分類を行っているとしているが、その内容は明らかになっていない。CCCから来ている館長は、これを「企業情報に関わるもの」、「民間企業ノウハウだ」として開示しないと言っているようだ。 
 おおまかな分類の考え方がわかって、どういう中分類、小分類があるのかわかれば探しやすいのだが、それが企業秘密というのはよくわからない。公開してどういう不具合があるのか、利用者の利便性はどうする。
 本の検索について、市の回答では、たくさん検索端末を設置してあるのでそちらでやってくれということになっている。端末は便利だけれど、配列だって重要だ。図書館で調べ物をしたことがない人たちばかりで運営しようとしているような気がする。
 発見性を重視するというのは、並んだ本を眺めているうちに思いがけない本に出会う、ということだろうが、わたしの経験では、それは日本十進分類法で並んでいる本棚を眺めていてもよく起こることだ。蔦屋書店の経験をもとにした、買うつもりが無かった客にも買う気を起こさせるような展示・配列用の分類があるとしても、それは売れ線の本を中心に並べて、売れ線の本に出会うというだけの話になってしまわないか。
 利用者の目を引くことより、蔵書の管理・検索がきちんとできることの方が、図書館としては重要ではないか。

 ということで、どういう図書館ができたのか見に行ってきた。その話は次回。

 

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2016年1月21日 (木)

横浜最高地点

 天園(てんえん)で見た横浜市内最高地点について、もう少し書いておきます。

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 天園峠の茶屋で店の人に聞いてみると、この柱に向かって左側は横浜市、右側は鎌倉市だそうです。横浜と鎌倉の市境に建っているということです。

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 これは逆側からとった写真なので、この右側の奥が横浜市の最高点になるらしいのですが、のぞいても一段高くなったところがあるわけではなし、三角点もなく、はっきりとはわかりません。

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 これに対し、横浜市の最高峰というものがあります。天園から尾根づたいに一時間弱行ったところにある大丸山(おおまるやま)です。

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 ここは尾根道からはずれて少しのぼらなければなりませんが、ちゃんとした山頂になっています。

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 上の地図には159mと書いてありますが、頂上の標は156.8mとなっています。「横浜市最高峰」とちゃんと書いてあります。山としては最高だけれど、標高は天園の尾根の方が高いということです。
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 ここからは金沢八景方面の海が見えます。山頂も金沢区です。

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 ついでに書いておくと、尾根道へ戻ってもう少し行くと、円海山(えんかいざん)があります。ここは磯子区です。

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 昔は円海山が横浜市最高峰だったのですが、合併により現在の金沢区が横浜市に編入されたため、首位の座を奪われました。

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 ここも突出した山頂はありません。展望台があったようですが、今は囲いがあって入れません。153.3mの看板があります。山頂のあたりにはいくつか電波塔があります。

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 洋光台方面を見た景色です。

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 ということで、どの山が高いのなんのと言っても、150m台の争いなので、横浜で一番高いところはここです。ランド-マークタワーは、296.33mですから山よりずっと高い。

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 そんなことはわかっているのですが、150mでも自分の足で最高峰を極めるのは、それなりに楽しいものです。

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2016年1月18日 (月)

獅子舞の紅葉

 永福寺跡(ようふくじあと)からしばらく行くと、山道に入ります。

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 谷あいの道を、獅子舞(ししまい)から天園(てんえん)へ登ります。

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 足元には落葉落葉。

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 よく見ると大半は紅葉じゃないか。しかももう茶色になっている。

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 赤いところへちっとも着かないはずです。
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 もちろん一部残っているところはありますが、期待していた、いちめんの赤はありません。
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 道が赤いところは、一週間くらい前ならよかったかもしれません。
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 残念ですが、この谷の紅葉はもう終わってしまったようです。
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 そのうちに天園へ着いてしまいました。
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 天園から見下ろしたところ。また次の紅葉の時期に再度来てみることにしましょう。
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 天園には茶店が二つあります。こちらは「天園休憩所」
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 ちょっと高いところにあるのが、「天園峠の茶屋」。
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 ここには面白い看板があります。この茶店のあたりが、海抜159.4メートルで横浜市の地理上の最高地点だというのです。ちょっと汚れていましたが。
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 そしてここから天園ハイキングコース建長寺・円覚寺方面へちょっとだけ行くと、鎌倉市の最高地点、大平山(おおひらやま)があります。 

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山頂にはこんな看板があります。海抜159.2メートル。鎌倉アルプス最高峰とされていて、「鎌倉市最高地点」と書いてあります。

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 さっきの天園が159.4メートルで、大平山が159.2メートルなら天園の方が高い。それなら鎌倉アルプスの最高峰は天園じゃないか、ということになります。
 天園はずっと尾根道で、どこが「てっぺん」なのかよくわかりませんが、天園から少し下がってまた上がり、いちおう山頂らしい格好をした大平山まで来ると、頂上だという感じがするので、わたしは大平山の方が高いものとずっと思っていました。これら看板の20センチの差がどこまで正確なのか、わかりませんが。
 天園の159.4メートルは横浜市だから、鎌倉市の最高地点はここだ、というのはいいとしても、鎌倉アルプスの最高点はどちらなのか、ちょっと気になります。

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 山頂らしいと言っても、すぐそこにゴルフ場の建物があるので、それほどの達成感はありません。
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 ここから覚園寺(かくおんじ)の方へ降りてみました。ひょっとしてまだ紅葉の風景が見られるかもしれないと思ったからです。

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 ところが奥の本堂(薬師堂)などの拝観は、もう年末年始の休みになっていました。

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 ここは入ってすぐ正面にある愛染堂です。
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 ここの紅葉も、もう終わりかけているようでした。

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 また来ることにしましょう。

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2016年1月14日 (木)

永福寺の史跡

 昨年は、鎌倉の紅葉をあれこれ見に行こうと思っていましたが、ちょうどその頃いろいろあって、ほとんど行けませんでした。シーズンも終わりかけた12月24日に、ようやく獅子舞(ししまい)という谷へ行きました。ここは全然知りませんでしたが、ネットに、鎌倉で一番紅くなる場所などと書いてあったので、ぜひ行ってみたかったのです。

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 鎌倉駅から鎌倉宮(かまくらぐう=大塔宮(だいとうのみや、おおとうのみや))までバスで行って、あとは歩きます。

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 ここは何度も来ていますが、せっかくここまで来たので、お参りだけしていきます。

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 ちょっとだけ紅葉も見られました。

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 瑞泉寺の方へは行かないで、左手へ進むと、永福寺(ようふくじ)跡があります。テニスコートがあったり、史跡公園として現在整備中です。

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 永福寺(ようふくじ)は、二階建ての壮麗なお寺だったらしい。源頼朝が奥州藤原氏征伐のとき、平泉中尊寺にあった大長寿院(二階大堂)を見て驚き、鎌倉にも同様のものを建てさせたものだといいます。この頃二階建ては珍しかったのか。永福寺は室町時代に焼失しましたが、今もこのあたりの地名を二階堂というのは、その名残です。
 永福寺旧跡の碑。

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永福寺世ニ二階堂ト称ス 今ニ二階堂ナル地名アルハ是ガタメナリ 文治五年頼朝奥州ヨリ凱旋スルヤ彼ノ地大長壽院ノ二階堂ニ擬シテ之ヲ建立ス 輪奐荘厳洵ニ無雙ノ大伽藍タリト云フ 亨徳年間関東管領ノ没落セル頃ヨリ後全ク頽廃ス

 頼朝の奥州征伐(今は奥州合戦というらしい)というのはひどい話です。義経を保護していた藤原氏に、院宣を使って義経を召し捕れと圧力をかけておいて、藤原泰衡が義経の首を差し出したら、今度は「頼朝の弟と知りながら討つとはなにごとか」と因縁をつけて征討軍を出したというのですから。
 このとき泰衡征討の勅許を願い出たけれど、さすがにこれは降りませんでした。しかし「軍中、将軍の令を聞く。天子の詔を聞かず」という理屈で出兵したそうです。これは謹賀新年2016で紹介した、孫子が呉王の命に対し、「将は軍に在りては君命をも受けざる所有り」と聞かなかった故実に基づくものでしょう。
 源氏は前九年の役源頼義以来、東国からさらに奥州にも勢力を張ろうとしてきました。この頼義が鎌倉の由比に八幡宮を勧請したのが鶴岡八幡宮のはじまりです。(→由比若宮は元八幡)源氏は鎌倉を東国経営の根拠地として、やがて頼朝が幕府をつくりました。今度は義経が逃げ込んだのをいい機会として、いよいよ念願の奥州経略、ということになったのでしょう。
 永福寺は義経や奥州藤原氏等の御霊を鎮めるために建立されたといいます。はじめから征伐なんかしなければ、というのは現代人の言い分でしかありません。、

 ここにある看板にはこんな復元想像CGがあります。大きな池があるのは毛越寺を模したものか。平泉には頼朝を驚かせるような文化がありました。
 現場でこの看板を見ると、ここにこれができるのかと思ってしまいますが、鎌倉市のホームページには、永福寺復元CGについて「想像図であり、復元完成予定図ではありません」と注釈がありました。

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 公園としての整備と併せて今も発掘が行われています。

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 柱の跡の石だけ復元されています。お寺まで復元するには、国立競技場まではいかなくても、相当のお金がかかります。鎌倉市だけでは無理でしょうか。
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2016年1月11日 (月)

初詣2016

 1月8日はわが家恒例の鶴岡八幡宮への初詣に行ってきました。

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 ここは混むので、最近は平日の朝早めに車で行くようにしています。本宮の裏の駐車場に停めると、正面の階段を登らずに参詣できます。途中、丸山稲荷の脇を通ります。ここの社殿は、鶴岡八幡宮最も古い建物で、室町中期のものだそうです。

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 裏からいきなりこの本宮の横へ出て来てしまうので、通常の参詣とは逆コースになります。

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 お参りをすませてから、階段を見下ろします。右奥の建物が、お札や正月飾りを納めるところです。

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 階段を降りてお札などを納めてから、あらためて見上げます。倒れた大銀杏は、ひこばえが伸びてきましたが、まだ細い。

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 階段を登ってから参詣する方がなんとなくありがたそうな気もします。

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 本殿の門は仁王門ではなく随身門(ずいしんもん)になっています。貴人を護衛する武者が随身(ずいしん、ずいじん)です。向かって右が口を開けている阿形(あぎょう)で、左が口をを閉じている吽形(うんぎょう)です。

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 筑波山神社では、倭建命(やまとたけるのみこと)と豊木入日子命(とよきいりひこのみこと)が随身をつとめていましたが(→第二十五番 大御堂)、ここの随身は特定の人物をかたどったものではないようです。

 次は光明寺へ行きました。

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 ここはもう、いつもどおり静かでした。
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 蓮池は冬枯れです。

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 光明寺のことは→光明寺の桜、→光明寺のハス でどうぞ。

 天気もいいし、もうひとつ、長谷寺へも行きました。

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 本堂の観音堂です。

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 ここも前に書きました。(→第四番 長谷寺
 パンフレットの案内図には、このとおりいろんな見所があげられています。

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 たくさんのお堂などの他にも山からの眺望、海の眺めにレストランまであります。観光寺として各種メニューをそろえましたという気がしないでもありません。
 鎌倉・江の島七福神の大黒天もあります。これは大黒堂の本尊ではなく。表に置いてある「さわり大黒」です。
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 これは弁天窟

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 外国人を連れてきたら喜びそうなところで、境内にはそれらしい人たちをたくさん見かけました。ここから大仏までは鎌倉初心者のメインコースです。
 見晴台からは鎌倉の海が見えます。

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 臘梅(ろうばい)が咲いていました。

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 そして紅梅に白梅。

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 今年の冬は暖かい。この日も晴れておだやかな、いい日でした。

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2016年1月 7日 (木)

東慶寺の紅葉

 ちょっと季節がずれてしまいましたが、東慶寺の紅葉です。昨年の12月12日、天気が良かったので六国見山へ富士山を見に行きましたが、残念ながら雲が出ていて富士山は見られなかったので、どこかで紅葉の写真を、と近場の東慶寺へ行きました。

 山門です。

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 本堂前。

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 本堂。
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 松岡宝蔵前。

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 派手な赤や黄色はありませんが、きれいです。
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 これは歴代の住職などの墓のあるところ。

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 墓地もきれいです。
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 この墓地には有名人の墓がたくさんあります。中でもその形で目を引くのがこれ。東京オリンピック、バレーボールの大松監督の墓です。
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 その隣がもっと古い、戦前のアムステルダムオリンピック、三段跳び金メダルの織田幹雄氏の墓です。二人ともちゃんと五輪塔が建っています。
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 最近、有名人の墓を巡る人たちを「墓マイラー」というそうです。対象となりそうな墓がたくさんありますが、今回は紅葉の風景を見たら帰ります。

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 これはおまけで、円覚寺の門前の紅葉。中へは入りませんでした。

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 北鎌倉駅前の「こまき」で、お菓子を買って帰りました。

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 冬のナントカという名前でしたが、忘れました。上品な味のおいしいお菓子でした。

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2016年1月 4日 (月)

六国見山の富士

 1月1日は晴れていて、港南台からも富士山が見えたので、午後から鎌倉の六国見山(ろっこくけんざん)へ富士山を見に行きました。円覚寺の裏山というか、そもそもこの山が円覚寺の山号である瑞鹿山(ずいろくざん)だそうです。標高147.1メートル。
 旧国名の相模、武蔵、安房、上総、下総、伊豆の六国が見えることから六国見山です。すぐ近くの天園(てんえん)のことを六国峠とも言いますが、別の山です。

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 北鎌倉の駅で降りて、明月院の側の登り口から登りました。
 1月1日ですから円覚寺明月院の前を通って素通りというわけには行かない。それぞれ簡単にお参りだけしてきました。初詣です。

 円覚寺はそれなりに混雑していました。本日拝観料無料というのがよかった。

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 明月院はあまり人は出ていませんでした。庭も冬枯れで、ほとんど見るものはありません。方丈の奥の庭も、もう紅葉はほとんど終わっているようです。

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 明月院側の登り口は、「青面金剛(しょうめんこんごう)」と彫られた庚申塔の脇にあります。もう少し一般道路を登ってから入ることもできます。

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 道に落ち葉が吹きだまっていました。

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 15分も登ると山頂です。三角点と、誰が置いたのか、「六国見山」と書いたコンクリートブロックがあります。麻雀牌の絵もあって、1ピン4ソウ7万で標高147メートルをあらわしているようです。ここは木に覆われていてまわりは見えません。(注1)

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 三角点から5分弱のところに稚児の墓があります。稚児というのは、その昔の由比の長者染屋時忠(そめやときただ)の娘だという話があるそうですが、よく知りません。

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 さらにそのちょっと先に小高い丘があって、展望台になっています。

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 浅間大神の碑があります。

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 実は昨年の秋に、ここから富士山を見ようと二度訪れたのですが、二度とも見えませんでした。
 今回は、ちゃんと富士山が見えました。雲が少し出てきていましたが、三度目の正直でとてもうれしかったのに、それがわたしのコンパクトカメラでは、うまく撮れませんでした。
 これでもおぼろに写っているのです。

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 肉眼ではちゃんと見えても、こんなぼんやりとしか写っていません。
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 しょうがない、お正月ですから、この日の朝、港南台から見えた富士山も載せておきます。近景は違いますが、富士山はほとんど変わりません。

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 展望台にはこんな指示盤があります。武蔵、下総、上総、安房、伊豆の方角が示されています。相模は、ここが相模なのでありません。

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 お正月なので国見をしてきました。
 これが伊豆方面、西南です。富士山はこのちょっと右。

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 こちらは南で、正面に伊豆大島が見えましたが、やっぱり写りが悪い。

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 これは12月に撮った写真ですが、南東の房総半島方面、安房・上総の国です。

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 北側は武蔵で横浜のランドマークなどが見えます。下総まで見えているのかどうかはよくわかりません。

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 六国見山 登り立ち 国見をすれば
 国原は 煙立ち立つ 海原は 鷗立ち立つ
 うまし国ぞ あきつ島 大和の国は

 今年は良い年でありますように。

 

 帰りは大船の方へ降りて、常楽寺へも行ってきました。ここはいつもあまり人がいませんが、さすがにお正月、近所の人や檀家らしい人たちが来ていました。

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(注1) 展望台を六国見山の山頂と思っている人が多いけれど、三角点があるところが本当の頂上だ、というのが現在の定説です。
 しかしウィキペディアの「六国見山」の項の注釈(http://kitakamayu.exblog.jp/5857305)に、さらに寄せられたコメントに、こういうものがありました。

円覚寺の裏の山は瑞鹿山、展望台があるのが六国見山。明治時代に地図作成の測量士が瑞鹿山の三角点の名を間違えて「六国見山」としてしまい、その後百年以上が経過しています。篠田健三さんの言うとおり、公認の六国見山は展望台ではないです。ただ、公認の時点で「点の記」の測量士が瑞鹿山の使用をさけたのであります。

 明治時代の名前のつけ間違いで、本当は展望台が六国見山、三角点が瑞鹿山だったというのです。この説の当否、わたしにはわかりませんが、ありそうなことのようにも思えます。「点の記」というと新田次郎の『剱岳 点の記』を思い出しますが、これは国土地理院にある、基準点の設置・測量の記録のことだそうです。

 

 

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2016年1月 1日 (金)

謹賀新年2016

 あけましておめでとうございます

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 申年のにちなんだ四字熟語は、朝三暮四(目先にとらわれて大局を見誤る)とか意馬心(煩悩の赴くまま押さえきれない)など、あまりいいものはありません。
 あれこれ考えていたら、子供の頃、ガシンショウタンというのはショウガツガンタンキンガシンネンの仲間で、正月の言葉だと思っていたことを思い出しました。長じて、これが臥薪嘗胆で、正月とは何の関係もないことを知ったときはちょっと残念でした。

 賀新正旦! 今年もよろしくお願いします。

                2016.1.1

                   南無谷窮居堂

 

 その他の猿の出てくる四字熟語。

 猿猴取月(えんこうしゅげつ):「猿猴月を取る」「猿猴が月に愛をなす」 猿が井戸の水に映った月を、枝にぶら下がって取ろうとして、落ちておぼれた。身の程知らず、無理なことを望めばひどい目に合うというたとえ。

 沐猴而冠(もっこうじかん):「沐猴にして冠す」 「沐猴」=猿。猿が冠をつけたようなものだ、衣冠ばかりが立派で心が卑しい。楚の項羽の教養のなさをあざけって言った言葉。言った男は項羽に釜ゆでにされたそうだ。

 籠鳥檻猿(ろうちょうかんえん) :籠の鳥と檻(おり)の猿。不自由な生き方を強いられること。白居易が友人の元稹(げんじん、げんしん)にあてた手紙で、宮仕えのためそれぞれが地方にあって、またいつ会えることかと嘆いた言葉。

 母猿断腸(ぼえんだんちょう):腸(はらわた)がちぎれるほどの悲しみ。小猿を捕まえたら助けようと母猿が百里あまりも追ってきてそのまま息絶えた。腹を割いてみたら腸がずたすたにちぎれていた。なぜ腹を割いたのか、ずっと疑問に思っている。

 まだまだあるようですが、いい意味のものは次くらいしかありません。

 猿臂之勢(えんびのいきおい):自軍の勢力が遠方にまで及ぶこと。猿が長い臂(ひじ=腕を伸ばして物を取るときのように。

 「申」の方で調べてみると、猿には関係ありませんが、こういうのがありました。

 三令五申(さんれいごしん):何度も繰り返して、ていねいに命令すること。三度命令して五度言い聞かすことから。)これは『史記・孫武伝』にある故事から。

  孫子は、呉王から女官たちを使って兵法の使い方を見せてくれと言われ、王の寵姫二人をそれぞれ隊長として二つの軍を編成し、演習を行った。
 命令に従って右へ左へと動くよう何度も言い聞かせたが、女官たちはキャッキャと笑うばかりでちっとも従わない。とうとう「命令に従わなければ斬る!」と言い渡して、再度命令したが、やはり従わない。
 そこで孫子は、「兵が軍律に従わないのは隊長の責任だ。隊長である寵姫二人の首を斬れ!」と命じた。王は驚いて止めようとしたが、孫子は「将軍として任されて軍を動かしているからには、王の命令でも聞けないことがある。」と、そのまま斬らせてしまった。この後、命令に従わない女官はいなかった。
 呉王は、これで孫子の有能であることを知り、将軍として用いてまわりの諸国を破り、その名をとどろかした。

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 女官たちが笑ってばっかりで言うことを聞かなかったというのは、さもあらんというところですが、その後将軍として用いられたというのは本当だろうか、王様に殺されてしまったんじゃないかという気がします。どちらにしろ年賀状に使えそうな言葉ではありません。

 猿に関する四字熟語にあまりいいものがないのは、猿が人間に似過ぎていて、劣化した人間の姿を見てしまうからでしょう。猿の浅知恵と言いながら、同じようなことをやっている自分の姿に思い当たってしまうのです。

 朝三暮四というのも、子供の頃、意味のわからない言葉でした。餌を朝三つ暮れ四つから、朝四つ暮れ三つに変更したら猿たちが喜んだ、と説明されても、それっておんなじじゃないか、どうして? と納得がいきませんでした。これは基本に、猿はバカだという蔑視の気持ちと、世の中には口先で言葉巧みに騙す奴がいるという知識がないと理解できません。わたしも昔は純真だったのです。

 

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