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2016年2月25日 (木)

三渓園の梅

 2月19日は暖かい日で、三渓園の梅が見頃だというので行ってみました。

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 正門を入ったところではまだそれらしいものは見えません。

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 右手のハスの枯池にカメラを持った人が大勢いるので、カメラの先を追いかけたら、カワセミがいました。
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 池をまわって、山のふもとの方へ行ってみると、あちこちに梅がありました。

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 なるほど見頃です。
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 白い梅が多いので、そんなに派手ではありませんが、日ざしは暖かいし、もうすぐ春が来ることはたしかなようです。

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 こうやって手前に花、後ろに三重塔というのが三渓園の写真の定番です。

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 臥龍梅(がりょうばい)というのもあります。幹や枝が地をはうように伸びて、伏した龍のようだという意味ですが、こういう品種の梅なのでしょう。

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 三渓園を作った原三渓は日本画家たちのパトロンとしても有名でした。後援された一人、下村観山の「弱法師(よろぼし)」に描かれた梅は、ここの臥龍梅がモデルだそうです。

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 これは旧天瑞寺寿塔覆堂の前の梅です。

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 天瑞寺寿塔覆堂というのは、豊臣秀吉が母のために建てた寿塔を覆うための建物で、重要文化財だそうです。そういえば生前に建てた墓を寿墓(じゅぼ)と言いますね。
 園内にはこういういわくのある建造物を移築したものがたくさんあります。三重の塔は京都からです。三渓の財力に感心する一方、手水鉢までどこそこのなんとかから持ってきたという話を聞くと、そこまではいいんじゃないの、という気もしてきます。 

 これは旧東慶寺仏殿。鎌倉からもってきたものです。

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 円覚寺舎利殿と同じ様式の建物で、雰囲気がよく似ています。屋根のかたちがちょっと違うのは後世修理されたものだそうです。
 東慶寺の元住職井上禅定の本『東慶寺と駆け込み女』(有隣新書、1995)には、仏殿についてこんなことが書いてありました。おもしろいので引用しておきます。

仏殿の三渓園移建
 明治四十年に、東慶寺の仏殿が横浜の生糸貿易商・原富太郎(号―三渓)の所望により三渓園に移された。当時は雨漏りもして荒廃していたが、美術に造詣の深い原三渓の目に叶って再建したら、国宝に指定された。昭和二十年六月、戦災に遭い焼夷弾が落下したが、草葺で土間であったから、不発で屋根に大穴があいた。私は除隊した秋、早速見に行った。仏殿の前庭で米兵がパンパンを抱いていた。国破れて山河もなしの思いがした。三渓園の当主原良三郎氏が鎌倉にあれば無事であったろうに、横浜に移したためにこんな目にあって申し訳ない、もとの寺へお返しするという。それならいただこうということになったが、重要文化財であるから解体も慎重にして一々垂木一本にも番号をつけてとやかましいことを文部省が言う。当時戦災で家はなし、食うや食わずの頃で、文藝春秋社長の佐々木茂索氏等とも相談したが実現せず、その後三渓園は横浜市の所有となり、仏殿はそのまま三渓園で改修して現存するが、東慶寺に返納するという故人の言は、ここに記録しておく。そのうち、この宿願は成就したい。(p162)

 「仏殿の前庭で米兵が」云々の話は、若い人には想像もつかないでしょう。横浜は米軍の占領で苦労しました。

 広いので休憩所や茶店がいくつもあります。
 これは初音茶屋。観梅会の期間は、薪でお湯を沸かして、麦茶が振る舞われています。

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 その昔はこんな風情だったそうで、三渓園を訪れた芥川龍之介

    ひとはかりうく香煎や白湯の秋

という句があるそうです。

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 これは待春軒という茶店、原三渓が考案したという三渓麺が名物です。

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 お茶席で食べるのに、つゆがこぼれないように工夫した、汁なしの麺だそうです。湯飲みは昆布茶で、めんつゆではないので麺にかけないようにと注意がありました。細いうどんのような麺に中華風のあんかけ、というところです。よくかきまぜて食べます。 どちらかというとスパゲッティのような感じです。

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 現在、全国にいろんな麺やスパゲッティが普及し、各種の味が追求されているので、それらと比べると、たいしたことはないと感じる人もいるかもしれません。しかし三渓が考案した頃には他に比べるものもなく、かなりの「珍味」だったのではないでしょうか。わたしはおいしくいただきました。

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 のんびり風景を楽しんで帰りました。

(参考↓)

三溪園のハス
三溪は岐阜の人
原三溪の下駄の鼻緒事件

 

 

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