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2016年2月 1日 (月)

明王院の初不動

 1月28日、明王院(みょうおういん)へ行ってきました。
 鎌倉駅からバスに乗って、昔は六浦道と呼ばれた道路を横浜市の金沢八景方面に向かう途中、泉水橋(せんすいばし)というところで降ります。このあたりの地名を十二所(じゅうにそ)と言います。もう少し先へ行くと鎌倉霊園朝比奈の切り通しがあります。

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 鎌倉の中心部から外れているので、このあたりまではあまり観光客も来ないのですが、この日は門から奥に紅白の幕が張られにぎやかそうです。

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 ここは五大堂明王院(ごだいどうみょうおういん)と言って、鎌倉四代将軍藤原頼経が創建した当時は、五大明王不動、降三世(ごうさんぜ)、軍荼利(ぐんだり  )、大威徳(だいいとく  )、金剛夜叉それぞれのお堂があり、幕府の祈願所として栄えた大寺院だったと伝えられています。しかし江戸時代に火災で焼失し、現在お堂は一つだけで、不動明王像は鎌倉時代のものですが、他の四明王像は火災後につくられたものだそうです。不動明王の他は、そういう明王もいるのかという程度の知識しかありませんが。
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 そんな大寺院だったとは思えません。ひなびた山里のお堂、という感じで、よさそうなところです。

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 今日の人出は、この日が初不動―今年最初の不動明王の縁日だったからです。午後一時からの護摩法要は、本堂に入りきれないくらいでした。
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 檀徒会のような方々による店も出ていて、お菓子なども売られていました。

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 さてその護摩法要ですが、どなたでもご参列くださいとのことだったので、開始少し前に本堂の後ろで立ち見をしていたら、空いてる席がまだありますからどうぞ、と前の方へ押し出されてしまいました。なるほど畳の上の座布団席が少し空いていて、座布団の上にはお経の本がのっています。
 ここに座ったら法要が終わるまで出られないぞ、と思いながら覚悟を決めて座りました。まわりは老若男女ではなく老老男女がぎっしりで、おおむね檀家の方々のようです。わたしのような観光客はほとんどいないみたいで、これは場違いだ、まずかったと思っているうちに護摩法要が始まりました。
 お経がはじまり、本尊の前に小さな炉に護摩木がくべられて、ときどき大きな炎があがります。座ったのが大きな柱の陰だったので、伸びをしないと良くは見えませんでした。先日テレビのニュースで流れていた有名スポーツ選手が参加した護摩法要ほど派手ではないけれど、なかなかのものです。
 お経の本があるくらいですから唱和しなければなりませんが、ここは真言宗で、表紙には「観音経」と書いてあります。法華経の一部で、「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」というのが正式の題名のようです。般若心経と並んで広く唱えられているそうですが、わたしの家は浄土真宗で、なじみのあるのは「正信偈(しょうしんげ)」だけです。板東三十三箇所巡礼のツアーに参加したときには先達さんに導かれて般若心経をモゴモゴ唱えてきましたが、観音経はまるで知りません。。
 始まってみると、聞いたことがあるような節で、しかもお経の本を見ていると、かなりわかりやすいお経のようでした。こんなふうです。

呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害
若悪獣囲繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方
蚖蛇及蝮蝎 気毒煙火燃 念彼観音力 尋声自回去
雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散

 難しい漢字がいっぱい並んでいますが、字面をじっと見ていると、呪詛や毒薬、毒龍、鬼、悪獣、蛇、蝮など、悪者が悪いことをしようとしても、みんな「念彼観音力(ねんぴかんのんりき)=観音様の力を心から念ずること」で、去ったり消散してしまう、と理解してよさそうです。観音様の御利益をほめたたえるお経なのでしょう。おぼろにでも意味がわかるとうれしい。
 お経の節はけっこう単調だったので、音痴のわたしも、小声でまわりの迷惑にならない程度に唱和してきました。ただ、真言宗ですから呪文があります。「おんまかきゃろにきゃそわか」などというやつです。呪文の部分はとてもついていけませんでした。
 そして長かった。観音経のあと般若心経もやり、全部で三十分はたっぷりやったのではないでしょうか。
 これだけひたすらお経をよんでいると次第に没頭して頭の中が空っぽになります。そのうえ護摩法要の儀式を見て、堂内には何人もの僧侶の重厚な読経の声が響いています。不信心者のわたしが言うのも恐れ多いけれど、これがいわゆる三昧境(さんまいきょう)の入口か、これをもっと激しく、密度濃く長時間やると、本物の三昧境が訪れるのではないかと思いました。喉がかわいて疲れましたが、いい経験でした。
 お経の後は割り箸くらいの大きさの護摩木を一本ずついただいて、炉にくべ、本尊の不動明王にお参りしてきました。行列で順番だったので、他の四大明王などをゆっくり見る時間はありませんでした。

 本堂の外ではあたたかい蕎麦のふるまいがありました。わたしも行列に並んでいただきました。ちょっとゆですぎ気味でしたが、信徒の方々が一度に大勢に出すため、苦労して作られたものです。ありがたく、おいしくいただきました。ほとんど檀家の一老人の気分です。
 いいところでした。また今度、混んでいないときにゆっくり来てみることにします。

 明王院の参道の入口に「八百善←」の看板が立っています。

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 八百善は、江戸時代後期、江戸一番と言われた料理茶屋で、はじめは神田の八百屋だったのでこの名前だそうです。その十代目が、2013年鎌倉に復活させたのがこの店です。

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 常連だった太田蜀山人の狂歌があります。二つのバージョンがあるようです。

詩は詩仏 書は鵬斎に 狂歌俺 芸者小勝(おかつ)に 料理八百善

詩は五山 役者は杜若(とじゃく) 傾はかの 芸者は小萬 料理八百善

 それぞれが第一人者だということで、「狂歌は俺」と言っているのは、酒の席ででも詠んだものなのでしょう。どちらも料理は八百善です。

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 この日は閉まっていましたが、垣根の上に梅がきれいに咲いていました。

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 そのうちここで食事をしたいと思っています

 

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