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2016年7月28日 (木)

東北8 リアス・アーク美術館

第三日(16/06/30)

リアス・アーク美術館

 第三日はホテルから、同じ気仙沼にあるリアス・アーク美術館へタクシーで行った。

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Photo_5 リアス・アーク美術館は、この地域の歴史・文化資料やこの地域出身作家の芸術作品を収蔵・展示することを主な目的として平成6年(1994)に作られた。宮城県が建物を作り、気仙沼市と南三陸町で構成される広域行政事務組合が運営している。
 東日本大震災に遭遇したことで、この被害を継続的に調査記録し、地域の文化的記憶として後世に伝えていくために、本来の目的の展示に加えて、大震災当時の記録写真や被災物などの常設展示を行っている。
 「リアス」はリアス式海岸、「アーク」は「方舟(はこぶね)」で「リアスの方舟」、この地域の文化資産を守り伝えるもの、という意味である。パンフレットの下にある赤いゴンドラのようなものは、方舟を象徴するアートであるらしい。(一番上の写真の上部にも一部写っている)

 この美術館へ来たのは、同行のK機長が昨年(2016)、東京の目黒区美術館で開催された「気仙沼と、東日本大震災の記憶 ―リアス・アーク 美術館 東日本大震災の記録と津波の災害史―」展を見て大きな感銘を受けたので是非行こうと提案があったからだった。
 なぜ目黒区かというと、「目黒のさんま祭」に気仙沼からサンマを提供したことから交流が始まって、震災の前からずっと続いているのだという。なかなかいい話だ。

 その展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」は圧巻だった。
 館内の撮影は禁止だったので、いただいたパンフレットの写真を転載する。 

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 記録写真と「被災物」と呼ばれる現場から収集された瓦礫や日常生活用品の数々が、あの当時を――わたしは横浜でテレビの画面に釘付けになって茫然としていたにすぎないけれど――思い起こさせる。
 大きな記録写真は衝撃を呼び起こし、津波の凄まじかったことを、今さらながら再度記憶に焼き付けさせる。
 被災物には、ひとつずつそれぞれについての物語が添えられていて、中でも小さな日常生活用品についての話は胸に迫ってきた。説明するより、これも『リアス・アーク美術館常設展示図録 東日本大震災の記録と津波の災害史』(2016)から少しだけ転載させてもらう。

Photo_2「郵便受け 2011.12.13 気仙沼市元吉町大谷」
 退職金、前借りしてさ、建てて3年だよ…残ったのは借金と、地盤沈下した土地と、あと郵便受けだけ。
 家族が皆、無事だったのが不幸中の幸いだけども…息子は会社がダメになってさ。そんでも九州の本社で拾ってもらって、今は北九州市に引っ越してしまった。
 帰省したってこっちは狭い仮設だから…悪くすると、宿もこっち取れなくて、帰省なのに泊は一関だよ。(p74)

Photo_3「炊飯器 2012.2.2 気仙沼市朝日町」
 平成元年ころに買った炊飯器なの。じいちゃん、ばあちゃん、わたし、お父さんと息子2人に娘1人の7人だもの。だから8合炊き買ったの。そんでも足りないくらいでね。
 今はね、お父さんと2人だけど、お盆とお正月は子供たち、孫連れて帰ってくるから、やっぱ8合炊きは必要なの。
 普段は2人分だけど、夜の分まで朝に6合、まとめて炊くの。
 裏の竹やぶで炊飯器見つけて、フタ開けてみたら、真っ黒いヘドロが詰まってたの。それ捨てたらね、一緒に真っ白いご飯が出てきたのね…
 夜の分残してたの…
 涙出たよ。(p79)

Photo_4「電子レンジ 2012.3.23 気仙沼市内の脇2丁目」
 オーブンレンジっていうのかな。結婚してアパート暮らしを始めるときに、祖母がお祝いに買ってくれました。
 その祖母は亡くなりました。オーブンレンジは流されずに残りましたが、海水に浸かりましたからダメです。フタを開けてみたら、中にヘドロが詰まっていました。
 祖母のこととか、新婚生活のこととか、頭の中に自然に浮かんできて…涙がとまりませんでした。(p80)

 これらの物語を最初に読んだときには、被災物を収集したときにもとの所有者から話を聞いて、それを書き取ったのか、凄いなと思った。しかしそうではなかった。前掲の図録にはこれらについて、こう書かれている。

 一見すると被災者の肉声を「聞き書き」したような文章は、震災後に様々な被災者と語り合う中で得られた物語をベースとして筆者が創作したものである。このような文を展示資料に添えるという発想は、博物館学的、展示学的に考えて異例のことだと自覚している。しかしこのタブーをあえて犯した。
 特定できない個人を想定し、その個人が「被災物」に宿る記憶を語っているという演出は、被災物を普遍的な存在にすることが目的である。不特定の個人をイメージするためには、自分に身近な誰か、あるいは自分自身を仮想せざるを得ない。それによって当事者が無意識に生み出されるという効果を狙った手法である。
 我われは当初から「共有化」を目的に被災物を収集した。ゆえに可能な限りその普及率が普遍性をもって高いものを選択した。すべては、この震災という出来事を自分自身に置き換えて感じ、考えてもらうためである。(p150)

 なるほどそうだったのか。ちょっと騙されたような気もしたけれど、考えてみれば無理もない。これらひとつひとつの物の持ち主がそう簡単にわかるわけはないし、わかったからと言って話が聞けると決まったものでもない。
 しかし、この調査者たち自身が被害者でもあり、調査のときだけに限らず、まわりのおおぜいの人たちから被災にまつわる膨大なエピソードや思い出話を聞いているのである。それらを背景として、現物の被災物を見たときに浮かんできたあれこれの話を整理し彫琢して物語にしたものなのである。力がないわけがない。物語であることを知った後、読み直してみても感動は変わらない。

Photo 『リアス・アーク美術館常設展示図録 東日本大震災の記録と津波の災害史』(2016)

 平日の朝、開館時間にあわせて行ったら、閑散としていて他の客はほとんどいなかった。駅から遠くて観光客の来そうなところではなかったけれど、大震災の記録・伝承のための施設として極めて有意義で、一見に値する。併設の、本来の目的である地元出身作家の絵画や彫刻の展示も、規模は大きくないが、なかなかよかった。

 
 

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