« 東北9 石巻 | トップページ | 東北11 立石寺1 »

2016年8月 4日 (木)

東北10 奥松島

 石巻の次は奥松島である。仙石線野蒜(のびる)駅に着いた。

Dscf4733

 新しい駅舎である。津波の被害により、このあたりの路線ごと高台に移転してつくられたものだ。
  今回泊まった里浜は、地図で見てわかるとおり、松島弯に面しているので直接の被害は大きくなかった。太平洋側の室浜、大浜、月浜は壊滅的な被害を被った。ただ里浜は、迎えに来てくれた民宿のご主人の話では、橋や道路が壊れて孤立してしまった。しかし昔からの集落なので、その団結力で乗り切ったのだという。

Photo_5
 これが里浜漁師民宿桜荘。ここには同行のT局長の奥さんが先に来ていた。そもそもここへ来たのは、今回の旅行の企画者I長老が、ネットでここの料理の評判を見て、是非ここへと決めたからだった。その料理に奥さんも興味を持ち、実家の秋田へ行った帰りにここだけ合流することになった。
Dscf4734

 すぐ近くに『さとはま縄文の里 史跡公園』(縄文公園)があった。

Dscf4751
 海にはいくつも小島が浮かんでいる。桜荘のご主人の話の中に何度も「松島と変わらない」という言葉が出てきたのを思い出す。 

Dscf4753

 縄文というのは、縄文時代の遺跡があることからきている。そのひとつ「里浜貝塚貝層観察館」。

Dscf4743t_2
 貝塚の断面をはぎ取って固定したものが展示されている。
Dscf4744
 解説もついていて、なかなかおもしろい。

Dscf4748t
 壁面から下に目を移すと、こんなものがあって一瞬ドキッとする。

Dscf4745
 これも貝塚から発掘されたもの(もちろん複製)だそうだ。

 さて夕食は、お目当ての「あわびの踊り焼コース」。 
 ここも田野畑の本家旅館と同じでとにかく量が多い。

Dscf4738t

 わたしなど、このワタリガニだけで納得してしまうくらいだが、メインはアワビの踊り焼きステーキ。まだ生きているやつを焼いて食べる。大きい、こんなのを中華街で食べたらいくらとられることか、と卑近なことを考えたくらい。

Dscf4739
 さらに大きなカレイも出てきた。

Dscf4741

 うまいのだけれど、ここも田野畑と同じで、食べきれずにずいぶん残してしまった。もったいない、まったく申しわけないことだった。
 気仙沼のホテルが一番料金が高かったのに、料理の量は一番少なかった。安かった田野畑の老舗旅館と奥松島の漁師民宿は、どちらもたくさんご馳走を出してくれ、とても食べきれなかった。これまではたくさん料理を出すことが目一杯のおもてなしだったのかもしれないが、高齢化社会になった今、料理を出す方にも少し考えてもらって、客の年齢・要望に応じて分量を調整すべきだと思う。「老人用」と言うと気を悪くする奴がいるから、「鶴亀御膳」とか名付けて、減量コースを普及させるべきだ。減らした分だけ安くしろとは言わない

 食べきれなかったのは、量に加えて、どこでも魚づくしだったこともある。今回の旅行はI長老の企画によるもので、企画書の桜荘の項には「東北行の最後の宿泊 もう魚は飽きたあ~ となるかどうか ともかく地酒で〆。」と書かれていた。そのとおり、わたしは「もう魚は飽きたあ~」状態になっていた。朝の気仙沼のホテルの朝食バイキングで食べたソーセージとベーコンが、上級品と言えるようなものではなかったけれど、とてもうれしかったくらいだ。

 

|

« 東北9 石巻 | トップページ | 東北11 立石寺1 »

窮居堂旅日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東北10 奥松島:

« 東北9 石巻 | トップページ | 東北11 立石寺1 »