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2016年8月15日 (月)

東北13 立石寺3・山形

 山寺を降りて遅い昼食に向かったのは、麓の立谷川(たちやがわ)の岸辺にある店。この大きな石を対面石(たいめんせき)と言い、隣にある店の名も対面石と言う。

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 山寺の開山である円仁がやって来たとき、この地を支配していた猟師の磐司盤三郎(ばんじばんざぶろう)とこの石の上で対面したという伝説が残っている。円仁は、盤三郎に仏の道を説いて寺院建立を認めさせた。盤三郎は以来殺生をやめ深く仏に帰依したという。
 その対面石の前に新しい小さなお堂が立っている。何かと思えば「幸福の鐘」だそうだ。これはここに必要かと、ちょっと思ってしまった。(→東北6 南リアス線・陸前高田

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 その隣は対面堂。円仁慈覚大師磐司盤三郎の像が安置されている。

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 司馬遼太郎は、『街道をゆく10 羽州街道・佐渡の道』(朝日文庫、1983)に、円仁は実際にはここまで来なかった、円仁の弟子でこの寺の開祖とされている安慧(あんえ)が円仁の名で建立したのでは、と書いている。また磐司盤三郎が猟師だったというのは、山の獣や草木によって衣食する「山夷」の親分であったのではないか。「この山のぬしはおれだ」と言う山夷に対して安慧は情理をつくして異国の神のありがたさを説き、盤三郎はそれを受け入れ、山をあげて寄進し、帰依者になった、と書いている。
 司馬は、時間の都合で山寺の上までは登らず、麓の根本中堂のあたりだけしか見なかったらしい。ちょっと残念だ。

 さてこれが「お休み処 対面石)」。山寺に登るとき、この店に荷物を預けてあった。このあたりの店は、帰りに寄って食事をする約束でたいてい荷物を無料で預かってくれるようだ。いい慣習である。

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 注文したのは芭蕉膳。山形名物のそば芋煮だし(ナスやキュウリなどを細かくきざんで、あえたもの)がセットになっている。
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 山菜天ぷらに、後で生麩ずんだ餅も頼んだ。

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 天気も良く、山登りで汗をかいて、旅行もこれで終わり。ビールがうまかった。
 山寺はいいところだった。緑濃く、山深く、身体を使って、一汗かかないと登れないところに奥の院があるのもいい。ネットで見ると、紅葉の季節、雪の季節それぞれに美しい。雪のころは寒いだろうから、紅葉の季節に一度来てみたいものだ。

 帰りの山寺駅のホームから見た山寺。岩場の上の方に見えるのが五大堂開山堂である。

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山形

 あとは山形へ出て新幹線に乗って帰った。山形は初めてだったので、ちょっとだけでも見ておこうと、乗り換え時間に駅の外へ出てみた。
 霞城セントラルという高層ビルがあったので、24階の展望ロビーまで登った。

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 霞城(かじょう)と言うのは山形城の別名で、城跡が霞城公園という公園になっているが、城はない。ここまで行ってみる時間はなかった。

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 JR山形駅

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 なかなか良さそうな街である。山寺の門前町でみやげに買ったサクランボは甘くてうまかった。河原での芋煮会というのも体験してみたい。機会があればまた来よう。
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 今回の旅行は、おおむねI長老の企画により、複雑な電車・BRTの乗り継ぎは「てっちゃん」のK機長による。T局長は奥さんを動員して盛り上げてくれた。
 楽しい旅行でした。皆さんにお礼申し上げます。また行きましょう。

みちのくの夏を探して徘徊す 俳爺

 

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