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2016年8月 1日 (月)

東北9 石巻

 リアス・アーク美術館からまたタクシーでJR気仙沼線BRT)松岩駅へ行く。(気仙沼駅へ行くと戻ることになるので)

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 ここには仮設の商店街があった。

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 ここから南三陸町を通って石巻(いしのまき)へ向かう。
 途中、南三陸町の防災庁舎が見えた。震災遺構とするかどうかあれこれあって、とりあえず2031年までは宮城県が保存することになった、というやつである。

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 JR気仙沼線は全線BRTだが、柳津(やないづ)-前谷地(まえやち)間は鉄道も走っているので、柳津でバスを降りて鉄道に乗り換えた。

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 これがBRTのバス。後ろが柳津駅。

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 柳津駅も委託駅で、JRの職員の代わりにお姉さんが二人いて、あれこれ観光客の相手をしていた。

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 脇で聞いていて、あれっと思ったのは地名の「登米」の読み方の話。実はわたしは二十代初めの頃、このあたりに来たことがあり、そのときこれは「とめ」と読むと覚えた。ところが市の名前は「登米(とめ)」だけれどその中の「登米町」は「とよままち」と読むのだという。なるほど駅に置いてあるパンフレットにもこう書いてある。

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 なんでも「とよま」と読むのが古くて、「登米(とよま)郡」が「登米(とめ)郡」になっても、登米(とめ)市になっても、「登米町(とよままち)」だけはずっと「とよま」でがんばっているということだ。おもしろかったので書いておく。

 これが気仙沼線の電車。やっぱりバスより電車の方が旅行らしくて落ち着く。

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 これで前谷地まで行き、次は石巻線石巻(いしのまき)へ行く。

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 石巻駅には「サイボーグ009」とその仲間たちや「仮面ライダー」がいた。石巻には、原作者の石ノ森章太郎の記念館「石ノ森萬画館(いしのもりまんがかん)」があるからだ。
 石ノ森章太郎は登米郡石森町(とめぐんいしのもりちょう、現登米市中田町石森。ここにも登米が出てきた。)の出身で、ペンネームの石森は、本人は「いしのもり」のつもりだったが、ずっと「いしもり」と呼ばれ、それで定着してしまっていた。しかし晩年心機一転をはかって「石ノ森」に改名した。わたしは今でも「いしもり」と呼んでしまう。「サイボーグ009」や「佐武と市捕物控」は同時代で読んでいた。

 これがタクシーの中から撮った石ノ森萬画館。宇宙船をイメージしたものだという。通り過ぎただけで中は見ていない。 

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 石巻では駅前の観光協会で「語り部タクシー」をお願いした。
 まず海に近い高台にある日和山(ひよりやま)公園へ行った。旧北上川の中州に見える半球状の建物が石ノ森萬画館である。
 この公園からの光景はテレビで何度も映し出された。

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 津波前の写真パネルが設置されているところもあり、現状と比較しながら話を聞く。津波はこの川をさかのぼった。

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 YouTubeにはこの日和山公園から撮った当日の映像があった。雪の降る中、地震で避難してきたまわりの人たちが見ている前で川の水位が上がり、氾濫して、瓦礫や家が流されていった。
(→https://www.youtube.com/watch?v=eBs7yfl8Se0)

 石巻には震災一年後の2012年4月にも来た(→気仙沼・石巻2)。その時もタクシーで案内してもらい、同じようなところを見せてもらった。さすがに復興されていて、四年前のように瓦礫があちらでもこちらでも見られるということはない。
 四年前の魚市場。水がたまっていて、天井がはがれたままだった。

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 現在の魚市場。新しい大きな建物になっている。ただ、まだこの建物をフルに活かすだけのところまではいっていないそうだ。

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 運転手さんの家は、この魚市場にも近い、水産加工工場がたくさんある地帯にあって、そこで津波に襲われたそうだ。
 当日は休みで出かけていたが大きな地震で驚いた。奥さんとお母さんが家にいたので心配で家へ帰った。津波が来たときにはもう逃げられなくて、ずっと二階で過ごした。水は最高時には二階の床を越えたけれど、その後階段の途中まで引いたので、なんとか耐えられた。
 ヘリコプターもたくさん飛んできたけれど、手を振っても、個人の家より病院とか、おおぜい避難しているところが優先されたから、結局救出されたのは翌日の夕方だった。お母さんも奥さんもヘリコプターに吊されて助かった。
 まわりが大きめの工場ばかりだったので、よその住宅が流されてきてぶつかるようなことがなかったので助かったのだろうとのこと。なんとも凄い体験をされている。

 この「がんばろう石巻」看板は、四年前は瓦礫の散らばった荒れ地の中だった。

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 今は、更新されて少し場所が動いたらしいけれど、まわりはきれいに整地されている。白い建物は「南浜つなぐ館」という追悼施設。
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 南浜つなぐ館の前のポールは、津波の到達高さを示している。ポールのてっぺん近く迄来た。
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 運転手さんには、次に乗る電車の時間ぎりぎりまで案内していただいた。少しずつ復興しながら、まだ至らないところもあれこれあること、よくわかりました。どうもありがとうございました。この次来るときには、さらに発展した石巻を拝見したいと思っています。

 

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