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2016年9月

2016年9月29日 (木)

三塔一望

 横浜港の近くには、三塔と呼ばれる昭和初期からの塔があります。昔は入港する船の目印になっていて、それぞれキング、クイーン、ジャックと、トランプのカードに見立てた愛称がつけられていたといいます。

 これがキング神奈川県庁です。ちょっと和風の屋根です。

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 クイーン横浜税関です。イスラム寺院風のエキゾチックなドームだそうです。

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 ジャック横浜市開港記念会館。これは文明開化の西洋風です。

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 昔は他に高い建物もなかったので、この三塔が遠くからでも見渡せ、船の目印にもなったということですが、現在ではまわりに大きなビルが立ち並んでしまって、なかなか見通せなくなってしまいました。
 それでもビルの谷間を縫うようにして、この三塔が一度に見渡せるというスポットがあります。ちょっと前まで、この場所を知っている人はそんなにいなかったのですが、いつの間にかそれが「横浜三塔物語」と名付けられて、観光名所として売り出されていました。
 神奈川県のホームページにはこう書かれています。

横浜三塔を巡る物語 ~横浜三塔物語~

 横浜三塔は、戦争等をくぐり抜け建ち続けてきました。いつしか船員達が航海の安全を祈り、これを目印に入港したと言われています。
 この三塔ですが、実は一度に見ることができる場所は限られています。
「①赤レンガパーク」「②日本大通り」「③大さん橋」
赤レンガパークの目印 日本大通りの目印 大さん橋の目印
 この3つのスポットを1日で巡ると、願いが叶うという伝説があります。これが「横浜三塔物語」です。カップルで巡ると結ばれるという噂もあります。
 この3つのスポットには目印が設けられています(写真)。皆さんも探して、少し幸せになりませんか。

 「1日で巡ると、願いが叶う」とか「カップルで巡ると結ばれる」とか、ちょっとやめてくれ、伝説とか噂とかいうけれど、そんな話は聞いたことがないぞ。これで町おこしというのは、あまりにも発想が貧困、なんとかしてくれと言いたくなります。
 しかしそもそも伝説の起こりというのはこんなものなのかもしれません。ネットで「横浜三塔物語」を検索してみると、観光案内がいっぱい出てきて、もうすでにそういう伝説があることになっています。そして最後はたいてい「あなたも行ってみてはいかが?」です。
 そういえば三陸では「小石浜」が「恋し浜」に変身していました。
 そう考えると、昔外国船員から「キング、クイーン、ジャック」と呼ばれていたというのも、疑ってみる必要があるかもしれませんが、こちらはもう通説になっているので詮索はよしましょう。

 「あなたも行ってみてはいかが?」に誘われたわけではありませんが、日本大通り付近に胃の検診に行ったついでに、鑑賞スポットを検証してきました。日本大通りの神奈川県庁分庁舎前です。

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 ここが上記の「②日本大通り」のスポットで、路面にこんなプレートがありました。それぞれの塔が見える方角を示しています。

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 これだけ角度があると、わたしのカメラでは一枚に入り切りません。しかも銀杏並木の葉が繁っていることもあり、目の前の県庁はともかく、開港記念開館と横浜税関はよく見えません。これが開港。

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 こちらが税関です。

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 わたしが以前この場所を教えてもらったときも、葉が落ちる冬場じゃないとよく見えないと言われました。赤レンガパークと大桟橋は今のような形になる前だったので、ここだけだとも言われました。
 ネットでは、上記三カ所に加えて、象の鼻パークでも見られると書かれています。象の鼻というのは大桟橋の付け根のあたりにある、先が曲がっていて象の鼻のような形をした防波堤です。最近まわりが公園として整備されました。 
 地図を見てみると、位置関係はこうなっています。赤丸の1が分庁舎前です。なるほど赤レンガと大桟橋から見えるなら、象の鼻パークからも見えそうです。

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 象の鼻まで足を伸ばしてみました。赤丸の2の場所です。見えました。開港はかろうじて、というところですが、一枚の写真に収まりました。こんな写真しか撮れなかったのは、わたしの責任です。

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 実は、三塔一望の話を思い出したのは、最近わが家の近くのT字路交差点に、三軒目のコンビニが新装開店したことからでした。至近距離に三軒のコンビニ、これでみんな営業が成り立つのか、どこか脱落するのではないか、ちょっと心配です。
 交差点で頭をぐるりと回せば問題なく三店は見えますが、三店を一望して一枚の写真におさめられるポイントがあるかどうか、やってみました。

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 なんとか入りました。
 今のところ、ここに立っても、この三店を廻っても特に恩恵はありません。
 何か伝説を考えないといけません。
 

 

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2016年9月26日 (月)

JB39 英語のジョーク1

 「ジョークの本」のカテゴリーもしばらく休業状態だった。少しがんばらないといつまでも本が片づかないので、またぼちぼちやります。
 英語の学習をかねたジョークの本というのはけっこうある。前に紹介したJB27  丸善ライブラリーのジョーク本 はみなそうだ。英語の部分がよくわからずなかなか前へ進まないのは、わたしの学力のせいだからしかたがない。、
 まず読みやすい本から始めよう。

161 使える!通じる!おやじギャグ英語術

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    (書名)  使える!通じる!おやじギャグ英語術
          72歳はとバス名物ガイドが教える

      (著者)  佐藤 卯一(さとう ういち)
      (出版者) 飛鳥新社
      (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)     215
      (出版年)  2012/03/02
           2012/03/24 2刷

・はとバスで外国人に東京案内をしているガイドさんが書いた本。

・おもしろい本だが、外国人に日本を紹介するための「英語術」が中心の本で、ジョーク集というわけではないので、実例が少ないのが残念だ。

・日本の人口を聞かれたら、
 The population of Japan is very well controlled. It's one two three four five six seven eight nine.
 と答えるそうだ。123,456.789人というのは、2010年の国勢調査で 128,057,352人だから、そう大きく違っているわけではないし、著者の言うとおり、大きく印象づけられるだろう。
 そして次に東京の人口は、
 The population of Tokyo is also very easy to remember. It's ten percent of the Japanese popilation. So, it's one two three four five six seven eight, point nine.
  "poin.nine"=0.9人がミソである。同年の東京の人口は13,159,388人で、日本の人口の十分の一というのもだいたいあっている。

・その通り!と思ったのがこれ。

外国人の前でペンを取り出し、
This is a pen.
と真顔で言うのです。そして、It's the first English sentence we learn in Japan.
But we never use it in life.
「日本人が最初に覚える英文なのですが、一生使うことはありません」
と付け加えます。
このバカバカしさに外国人は吹き出します。(p26)

 

162 マンガ ジョークで決める英会話

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(書名) マンガ ジョークで決める英会話
(著者)  中山 幸男(なかやま ゆきお)著
       森 俊樹(もりとしき) 画
(出版者) ナツメ社
(形状)    新書判
(頁数)     187
(出版年)  1990/08/31

・見開き二頁でジョーク一つ、しかもマンガになっているからすぐ読める。

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"There's a threa in my salad!"
"How terrible!"
"Maybe it happened when the salad was dressing."

 サラダに糸くずが入っていたのは、サラダがドレッシング(ドレスを着ていた)していたからでしょう、というユーモアだが、かなりのおやじギャグのように思われる。

・他にも

"What shall we eat?"
"You must have tempra today."
"Why?"
"It's Friday."(p88)

フライデーだから天ぷらだとか、

"How do you like your spaghetti?"
"Cold!"
"That's too bad."
"Maybe it was cooked in Italy and shipped over here. "(p97)

出てきたスパゲッティが冷めてるのはイタリアから船で運ばれてきところだろう、とか、ベタなギャグが多い。
 英語にもダジャレやおやじギャグはあるのだと理解しておこう。 

163 ジョーク冗句Jokes

Jokes

(書名) ジョーク冗句Jokes
(著者)  上田明子、有賀千代見、山田ナンシイ
(出版者) 中教出版
(形状)    四六判ソフトカバー
(頁数)     265
(出版年)  1985/02/01

・昭和58年4月から62年3月までNHKラジオ「基礎英語」で、毎週土曜日放送されたものをまとめたもの。まず簡単なジョークがあって、その中心となる単語について、ネイティヴの語感や使い方の説明と、先生の解説がある。
 最後に「基礎英語」の番組の製作現場の話や英語学習法学などもついている。

・「基礎英語」なのでそうそうむずかしい英語はないが、あくまで英語学習の教材としてつくられているので、おもしろいジョークもない。下ネタは当然ない。

・一例をあげると

"Do you know about Nezumi-kozo?"
"Sure. He is famous."
"No, he is only well-known. 
 A thief can't be famous."
"So he is infamous."

「ねずみ小僧って知ってる?」
「もちろん、有名ですよ」
「いいえ、よく知られているだけです.
泥棒は有名とは言えません」
「だから、悪名高いのですね」(p34)

 famous は、いい意味で有名なものに使う、well-known は、ただ「よく知られている」という意味だということがわかって勉強になるが、おもしろいとは言いにくい。

・もう一つ

"This is a good hotel. What is the name?"
"It's Tawaraya. The Lice Bug Hotel."
"Oh, no! It's The Rice Bag Hotel. "

「これはいい旅館ですね、何という名前ですか?」
「俵屋です。 The Lice Bug Hotel です」
「そうじゃないでしょう! The Rice Bag Hotel  でしょう」(p134)

 日本人の苦手なLとRの発音、bug と bag の言い分けがちゃんとできないと、「俵屋旅館」が「シラミ・ムシ・ホテル」になってしまう、ということ。

・英語の勉強のために読む本で、あまりジョークの勉強にはならない。

 

 

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2016年9月22日 (木)

『私家版』

 『悲しみのイレーヌ』を読んで思い出したのが、やはりフランスのミステリー『私家版』だ。(ジャン=ジャック・フィシュテル、創元推理文庫、2000)
  これも無名作家の世に出ていない本が焦点になる。
 犯人が自分の犯行を語りながらストーリーが展開する、いわゆる「倒叙(とうじょ)もの」なので、はじめからネタバレの作品と言えなくもないけれど、あらすじなど書くと、やはり読んでない人にはネタバレになるので、あらかじめご承知ください。

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あらすじ
 イギリス人のエドワード・ラムとフランス人のニコラ・ファブリは十代の後半、エジプトのアレクサンドリアで、文学を通じて知り合った。醜男で内向的なエドワードは、美男子で自己中心的かつ女たらしのニコラに圧倒されてしまい、いいなりに引き回されようになる。それまでの友を失う目にもあい、内心忸怩たるものがありながら、離れることはできなかった。
 やがて第二次大戦がはじまり、エドワードはイギリス情報部で働き、ニコラはフランス空軍の花形パイロットとして活躍した。
 戦後、エドワードは出版社に職を得て、やがて自分で経営するようになる。ニコラは外交官を経て作家になり、エドワードはニコラの小説を自分で英訳し、英語版を出版するようになった。ニコラは相変わらず傍若無人で、エドワードがそれに従うという関係は変わらない。
 ニコラに転機が訪れ、それまでの作品から脱皮した独創的な作品「愛の学校」を書き、フランスの権威ある文学賞ゴンクール賞を受賞する。
 作品を読んだエドワードは、それが真正の傑作であることを認めるとともに、自分が人生でたった一度だけ愛した女性―アレクサンドリアのベドウィン族の族長の娘が死亡した原因を知ることになる。小説のモデルとなった美少女は、ニコラに妊娠させられ、それに気づいた族長によって刺殺されたのだった。(いわゆる「名誉殺人」というやつである)
 これまでの人生、ずっとニコラに不当に苦しめられてきたと感じているエドワードは、これを知って復讐を誓い、緻密な計画を立てて、徐々に実行に移す。
 それは、受賞作『愛の学校』が盗作であるとされるような、偽の原作本を作ることだった。以前買い取った小さな古い出版社には戦前の未使用の用紙や製本材料が残されていた。そして無名のうちに戦死した有能な作家―ニコラの書いたような傑作を書いたかもしれない―を発見し、すでになくなっているが、その作家の本を出していても不思議ではない出版社を探す。
 エドワードは、ニコラの作品を少しずつ書き換えて、盗作前の英語の原作を創作し、古い印刷機を買い込んで印刷する。大戦中の情報部で資料の偽造をやっていたし、出版社で印刷の知識も取得していた。製本は、戦前の製本機械が残っているエジプトでやらせた。さらに古色をつけて、六冊の偽書『愛こそすべて』が完成した。
  エドワードは、うち一冊をニコラと仲の悪い女流文芸評論家に匿名で送りつけ、二冊はそっと古書店に売りつけ、一冊はニコラ自身の書棚の奧に忍ばせた。、
 文芸評論家が盗作疑惑を書き立てて大騒動になり、ニコラは名誉毀損だと訴えて裁判になる。裁判では、文芸評論家が提出した本も、古書店で発見された本も本物だと鑑定され、そのうえ新聞に大戦中飛行機の事故でニコラには記憶障害があるという診断書が暴露される。疑惑は深まり、ニコラの名声は地に落ちる。
 やがてニコラは失意から立ち直って、雄々しく再び創作に取りかかろうとした。しかしある日、自分の書棚の中に『愛こそすべて』があるのを見つけ、自分の書くものが信じられなくなり、自殺した…

 倒叙ものは、やがて犯人の計画のほころびが見つかって失敗するものが多いが、成功に終わるものもある。この小説が最後どちらになるのか、それは書かないでおこう。

 まず感心したのは、原作から盗作という通常の過程をひっくり返して、現在の作品から原作を偽造してしまうというアイデアだ。
 そしてこの偽作の過程を詳細に書き込んでいる。いい加減な推理小説だと、情報部で偽の資料をつくっていたから偽書もできた、くらいですませてしまうところ、古い用紙や製本材料の入手、関係者が死亡していて露見する恐れのない出版社を探し、いかにもその出版社らしいレイアウトをするとか、細々と偽作の精度を高めている。
 ニコラを陥れる方法も緻密で周到、作品全体に伏線を張りめぐらせて、じわじわと追いつめていく。底意地の悪さを感じるくらいだ。
 ニコラに反感を感じながら、劣等感からついつい引き摺られてしまうエドワードの心理描写も、純文学風でちょっとうるさいくらいだが、犯行に及ばざるをえないくらいの被害者意識があったと、十分納得させる。

 あとがきによれば、作者の本業は歴史学者だそうだ。構成がしっかりしているのはそのせいか。中身の濃い、面白い本だったが、日本ではあまり評判にならなかったようだ。重苦しいところが受け入れられなかったのか。他にもミステリ作品があるのに邦訳が出ていない。
 またニコラにはモデルがあって、ロマン・ガリという作家だそうだ。ゴンクール賞作家で、偽作ではなく偽名(別名?)でも小説を書き、一度しか受賞できないゴンクール賞を二度受賞したことで騒動になった。アメリカの女優ジーン・セバーグと結婚し離婚したという。知らなかった。

 ・原題“TIRÉ À PART”は、「抜き刷り」「別刷り」の意味。

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2016年9月19日 (月)

『悲しみのイレーヌ』

 久しぶりの「古本の出てくる推理小説」として、フランスのミステリー、ピエール・ルメートル悲しみのイレーヌ』(文春文庫、2015)を取り上げる。これは稀覯書や謎が書き込まれた古書など、個別の具体的な本が問題になっている小説ではなく、本に書かれた内容が事件の焦点になっているミステリーである。
 以下、本の話を中心に簡単にあらすじなどを紹介するが、ネタバレになることは、あらかじめご承知ください。

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 主役はカミーユ・ヴェルーヴェンというパリ警視庁の警部。145㎝という短躯ながら敏腕で、個性ある部下三人をひきいている。
 パリ郊外で殺人事件が起こる。百戦錬磨の捜査陣がたじろぐほどの残酷凄惨な現場で、若い娼婦二人がバラバラ、ズタズタにされて部屋中にぶちまけられていた。そして壁には「わたしは戻った」という文字があり、くっきりと指紋も残されていた。
 ところがこの指紋はスタンプによる偽の指紋で、16カ月前の未解決殺人事件にも残されていた。犯人自らが同一の犯人であることを示しているものとしか考えられない。警部は二つの事件とも、壁に文字を残したり、被害者の髪の毛を死後シャンプーしているなど、不可解、不条理な装飾が多すぎることに戸惑う。
 やがて警部は、16カ月前の事件が、アメリカのジェームズ・エルロイの犯罪小説『ブラック・ダリア』に似ていることに気づく。また、パリの古書店主から、第一の事件は、『アメリカン・サイコ』という、快楽殺人を扱ったアメリカの小説にそっくりだと教えられる。犯人は小説の現場を再現しようとしていたのか。
 そして同じ指紋がイギリスのグラスゴーで起こった殺人にも残されていたことが判明する。これはスコットランドのウィリアム・マッキルヴァニー『夜を深く葬れ』の模倣だった。
 小説をなぞった連続殺人であることは間違いない。警部は犯罪小説を専門とする大学教授の助力も得て、近年の未解決殺人事件のうち状況が不条理なものと有名なミステリーとを照合を始める。
 するとさらに二件、エミール・ガボリオ『オルシヴァルの犯罪』とシューヴァル&ヴァールー『ロセアンナ』を模倣したと思われる事件が見つかった。
 残虐な事件の意図が明らかになってきた。何人もの容疑者が取り調べられ、最後に無名の作家が書いた一冊の本に焦点があたる。出版社の倒産もあり、価値のない本として消えていき、今では入手困難となっている。しかしその本がようやく見つかったときには…

 以上、本の話を中心に筋を追ったので、ミステリマニア向けの作品かと思われるかもしれないが、そうではない。中身はもっと濃くて、複雑だ。
 一番の特徴は残酷さである。フランスでも批判されたらしいが、スプラッターのような現場の描写が事件ごとに繰り返される。これはわたしの苦手なところなので、ここではあれこれ書かない。
 登場人物も多彩で、娼婦のヒモや怪しげな不動産開発業者、それに情報を提供してきた古書店主も容疑の線上に浮かぶ。直属の部下は、一人は上流階級出の聡明な青年だが、あと二人はそのうち汚職警官になるのではと心配になるような放蕩者と「警視庁史上最悪の守銭奴」である。警察の内部情報になぜか詳しい、押しの強い新聞記者も登場する。
 とにかく中身がぎっしり詰まっていて、残虐だな、いやだなと思いながらも一気に読まされてしまう。無名作家の無名の本を追いつめて、いよいよ大団円かと思ったところで、最後にあっと驚くどんでん返しが待っていた。どんでん返しの中身は書かない。とにかく傑作である。

 ただ一つだけ文句があるのはこの邦題の『悲しみのイレーヌ』である。イレーヌというのは主人公の妻の名前なので、はじめから妻に何か起こることが予想されてしまう。原題は”Travail soigné(トラヴァーユ ソワニェ)”で「丁寧な仕事」―犯人が小説の現場を再現するために、とても丁寧な仕事をしている、という意味だ。
 こんな題名でなければ、妻が危ないということは後の方までわからない筈なのに、最初から事件が起こるたびに、次は妻かと心配してしまった。他に適当な題を思いつかなかったのか。

 残酷なこと、重苦しいこと、最後のどんでん返しがこの作家の大きな特徴で、邦訳が出ている『その女アレックス』(文春文庫、2015)、『死のドレスを花婿に』(文春文庫、2015)もそのとおり、中身が濃く、最後にあっと驚かされる。
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 この10月に最新の邦訳『傷だらけのカミーユ』が出るそうだ。ヴェルーヴェン警部シリーズの最終作だという。また重苦しそうだが、楽しみだ。

 

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2016年9月15日 (木)

田中角栄の品格

 最近本屋へ行くとやたら田中角栄関係の本が並んでいる。それも「天才」だとか、凄い政治家として高く評価する本がほとんどだ。田中角栄が生きていた時代を知らない若い人たちが読んだら、本気で偉大な政治家だと思ってしまいそうだ。
 わたしは、田中角栄が総理大臣になった昭和47年(1972)に25歳だから、その全盛期から没落にいたるまでを一市民として見ているわけだが、偉大な政治家だと思ったことはない。
 当時のわたしには土建屋のオヤジにしか見えなかった。チョビ髭を生やして、汗をかきながら扇子をパタパタさせて、だみ声で「よっしゃ、よっしゃ」となんでも請け負う。庭の鯉に餌をやるときには靴下に下駄をつっかけて行く。贔屓の方に申しわけないが、「学歴もなく叩き上げでのし上がったやり手の土建屋」のイメージをそのまま絵にしたようだった。とても高邁な理想や理論を持っている政治家のイメージではなかった。
 庶民的と言えば庶民的で、わたしも、最初にあの靴下に下駄の写真を見たときには、親近感を覚えた。親戚のおじさんたちもあんな格好をしていた。
 ただ政治家としての業績についてはいろいろな見方や考え方があるだろうし、わたしにその方面の詳しい知識があるわけではない。だからそいう話はおいて、田中角栄という政治家は、そういうイメージであったということだけ言っておきたい。これはわたしに限らず、広く当時の社会にいきわたっていたイメージだと思う。ドリフターズの加藤茶がチョビ髭をつけて「まぁ、そのぉ~」と、おどけた物真似をやっていたくらいだ。
 後から本を読むだけだと、そういうイメージは伝わらない。例えばわたしには吉田茂の具体的なイメージはないから「宰相吉田茂」云々などという本を読むとよっぽど偉い人だったかと思うが、同時代の人にはいばりくさった奴だとか、また違うイメージがあるようだ。
 だから角栄を同時代で見たイメージをひとこと書いた。

 田中角栄についてあれこれ読んでみると、相当に苦労もし努力もした人で、たしかにそれなりの人物であったようだ。
 ただ、金銭については独特の感覚を持っていた人のようで、いろんな話が残っている。その中から、拾ってみた。

 まず、。「Voice(ボイス) 2016年5月号」(PHP研究所)に載った政治評論家の屋山太郎の「田中角栄の増長と妄想」から。最近のものでは珍しく「角さんの政治はバブル景気と中選挙区制度が生んだあだ花に過ぎない」と強く批判している。

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角さん主催の祝賀会が椿山荘で開かれたときのこと。庭に組まれた大きな櫓(やぐら)の上で角さんが挨拶するにあたって、一人の着物姿の令嬢が大きな花束を持って階段を上ってきた。角さんは大ニコニコで花束を掲げつつ、下りようとした娘さんを呼びとめた。何をするのかと思ったら、懐から財布を取り出して一万円を出し、娘さんに「ご苦労、ご苦労」といって差し出したのである。娘さんは手を振って峻拒(しゅうんきょ)しているのだが、角さんは委細構わず、お札を握らさせた。娘さんは全身に恥ずかしさが溢れていたが、膝をかがめて受け取った。聞いてみれば娘さんは出席していた財界人の娘さんで、いきなり花束を渡す役割を荷(に)なわされたのだった。満座のなかで現金を渡されたのは初めての経験だったろう。
 私はあとで角さんに「娘さんは恥ずかしい思いをしたのではないですか」と耳打ちしたところ、「人はな、お金をもらって喜ばない奴はいないんだよ」と平然と答えたのには驚いた。このたった一つの場面に田中角栄の金銭感覚が表現されている。(p122)

 屋山が新聞記者で田中角栄が幹事長になる前のことというから昭和30年代後半か。まだお金のやりとりについて慎み深い礼儀作法があり、良家の子女にむき出しで現金をあげるようなことは、普通の人はしなかったのだ。
 このあたりが品格の問題だが、「お金をもらって喜ばない奴はいない」で今の若い人は共感するのだろうか。

 次は週刊新潮別冊「輝ける20世紀探訪」(2016)の「「田中角栄が教える「正しい札束の配り方」」という記事。全体にカネの配り方がうまかったと肯定的に書かれている。その中で自民党幹事長室長だった奥島貞夫氏はこう語ったという。

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「200万円から300万円の札束を包む際には、角さん流の工夫がありました。模造紙などで丁寧に包み、最後にセロテープで留めて完成ですが、角さんは仕上げとばかりに8カ所の尖った角をテーブルでトントンと叩いて潰すんです。理由を尋ねると、”こうするとスーツのポケットにしまうと時に角が引っ掛からず出し入れしやすいんだ”と得意げに話してくれました」(p48)

 こんなノウハウがあるのか。しょっちゅうスーツのポケットに入れていたんだろうなあ。猪瀬元都知事も、角を潰して入れればカバンに入ったかもしれない。

 ついでに佐木隆三越山田中角栄』(1992、社会思想社。もとの単行本は1977)。この本は逮捕直後に書かれたもので、角栄を揶揄した、なんとなく上から目線で書かれている。
 安倍首相が12月にロシアのプーチン大統領と北方領土の問題について話し合うと言うから、田中角栄が親しい知人に漏らしたとされている言葉を引いておこう。

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「あれは、いっぺん向こうがとったものだから、簡単に返すわけがない。そりゃ、そんなもんだよ。返せというだけじゃ、返すもんか。買えばいい、カネだ、カネだよ。シベリア開発にこっちが注ぎ込んで、その見返りで取り返せばいい。それが政治というもんだ」(p190)

 安倍首相は果たしてどういう政治を見せてくれるだろう。

 

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2016年9月12日 (月)

名古屋弁の聖書物語

 先日、西岡文彦『名画でみる聖書の世界<新訳編>』(講談社、2000)という本を読んだ。

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 聖書の世界を描いた絵画には、聖母マリアは必ず赤い服に青い上掛けを着ているとか、百合は純潔をあらわすとか、いろんな約束事があって、それを知らないと絵がちゃんと理解できない。
 例えば、ただの修道女のように見えても、赤い服に青いショールのようなものをかぶっていて、しかも本を読んでいるとなれば、それは間違いなく聖母マリアの像である。マリアは受胎告知のとき、聖書の中のキリストの誕生を預言した部分を読んでいたとされている。だからそれは受胎告知の場面を描いたものだ、というわけだ。
 そういう図像学(イコノグラフィー)の知識をもとに、受胎告知から最後の審判までの、新約聖書の世界を表現したあれこれの絵を解説するという本で、 わかりやすくて面白かった。
 ただ挿絵のほとんどが白黒で小さいのが難点で、カラーのもっと大きな絵を見たくなった。それらしい本を図書館で借りてみたら、大きくて重くて、借りて来るのも返しに行くのもちょっと面倒だった。

 それで次に、絵は白黒でも小さくてもいいから、また同じような本を読んでみようと、中丸明『絵画で読む聖書』(新潮文庫、2000)を手に取った。

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 そうしたらこれがあっと驚く珍品だった。
 図像学の本ではなく、聖書のあれこれの場面を描いた絵画を見せながらの聖書物語なのだが、なんと登場人物たちは、名古屋弁まがいの「カナン弁」をつかうのである。
 例えば旧約のヨセフとその兄弟たちの物語。ヨセフは父ヤコブから特別可愛がられているので異母兄たちから憎まれている。そのうえ兄たちが自分に従うようになる夢を見たなどと言うから、兄たちは怒ってしまう。

「しこっとらっせる(偉そぶっている)がや」
「わしんたらーのこと、たーけ(阿呆)だと思っとるだろう」
「いまに見とれ、ただじゃおかんでなも」(p120)

 こういう調子である。ヨセフが「しこっとらっせる」人だとは知らなんだ。この後、兄たちはヨセフを奴隷として隊商に売り飛ばしてしまった。
 イエスの山上の垂訓もこうなる。

イエスは人びとを率いて山に登り、坐すと、もとを正せばシュメール語の、カナン語のアラム弁でいった。
「ゴーマンかましたら、だちかん(ダメだ)でなも。天国へ行けーせんが」
 聖書ではこう記している。
「心の貧(まづ)しき者は幸福(さいわい)なり。天国は即ち(すなは)ち其人(そのひと)の有(もの)なれば也(なり)」(「マタイ伝」5-3)
 口語体の新約はこうだ。
「心の貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである」
 さてしかし――どれがいちばんわかりやすいであろうか?(p324)

 名古屋弁がいちばんわかりやすいと思う人はどれほどいるだろうか。
 マグダラのマリアが、復活したイエスと出会った場面はこうだ。

 正体不明の男に「マリアちゃん」と声をかけられた彼女が、つくづく男を観察したところ、イエスであった。そこで、
「あややー、まあ先生(せんせ)だないの。てっきり死ねゃあたとおもっとったに、生き返(きゃあ)っただなんて、びっくりこいてまったでかんわ。足はついとらっせるんで、なも?」
と駆け寄って抱きつこうとしたところ、
「触ったらいかんがね。わが身はまーだ、わしのほんとの父親(てておや)の神たまんのとこへ挨拶に行っとらんだで」
といわれたということである。(p411)

 キリストが「マリアちゃん」と声をかけていいのか、という疑問はさておいて、カナン弁がなぜ名古屋弁に似ているのか、作者はこう書いている。

 想像するに、往昔のバビロニアの沃野(よくや)は、わが国でいうと地形的にみて濃尾平野のようなところだ。シュメール語がどういうものか筆者はまったく知らないのだが、尾張弁、那古屋弁のようなニュアンスをもったものではなかったかと想像される。
 これらの言葉はなんとなくミャーミャーしており、平地文化の言葉にもっともふさわしいというのが、筆者の見解である。シュメール語はやがて、アブラハムによってカナンの地にもたらされ、ミャーミャーしたカナン弁になるのである。(p78、下線部:原文は傍点)

 濃尾平野育ちのわたしから見ると、ちゃんとした名古屋弁になっていないところが多々あるが、これはカナン弁だと言われてしまうと何も言えない。
 この珍妙なカナン弁に加えて、下ネタがやたらでてくる。古代の話に近親相姦のような話が出てくるのはしょうがないとしても、関係ないところでも下ネタを持ち出してわざわざ下品にしている。神さまを「神たまん」と呼んだり、無理にでも笑わせようとしているところがちょっといただけない。
 しかし、敬虔なキリスト教徒には耐えがたい本だろうが、カナン弁に親しみを感じるわたしは抱腹絶倒、楽しく読んだ。また作者の聖書や歴史の解釈が正確かどうか、神学者や歴史家などからはたくさん異論が出るところだろうが、おもしろく読めた。
 ともかく名古屋弁で書かれた聖書物語である。珍品であることは間違いない。

 

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2016年9月 8日 (木)

自家製本3 表紙

背固め
 表紙をつける前に、背の補強のため、背に寒冷紗(かんれいしゃ)を貼る。寒冷紗というのは木綿を粗く織ったもの。背に直接ボンドをつけ、そこに貼る。

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 さらにそこへクータを貼る。クータ(あるいはクーター)というのはクラフト紙を背幅に合わせて筒状にしたものである。封筒のように空間があることで、本の開閉を阻害せずに本文と表紙の接続を補強する。もとは何語であるのか、どういう意味なのかはわからない。
 不要の封筒を利用した。
 なお、このとき必要に応じて花ぎれしおり紐もつける。
 花ぎれ(花布)というのは、背の天と地に貼る装飾用の布ぎれである。単行本の背中に見え赤や青などの布きれのこと。
 ここでは花ぎれはつけないが、しおり紐はつけた。

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表紙
 さていよいよ表紙である。本格的にはボール紙を布でくるんだ表紙をつけるが、今回は簡易製本で、レザックという、官公庁の報告書などに使われる、厚めの紙一枚の表紙にした。くるみ表紙は、また今度やってみようと思っているので、そのとき報告することにする。
 レザックを
     縦 中身高さ+6mm(上下3mmずつ大きくする)
   横  中身の幅×2+中身の厚さ+6mm に切る。
 表紙の真ん中に中身の幅分の折り目を入れる。
 次が表紙で中身をくるんで、表紙と見返しを貼り付ける「見返し糊入れ」の工程。

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 見返しの間に敷き紙を入れて、
1 帯麻の下に糊、
2 寒冷紗の上から糊、
3 放射状に見返し全面に糊――手早く、塗り残しのないように
4 敷き紙をとって10秒間プレス――プレス機はないので上から手で押さえる。
5 開いて、はみ出した糊を拭き取る。
6 再度軽いプレス――辞書のような大きい重い本を何冊ものせて半日おく。

 これで、後から題箋を貼ればできあがり。表紙にいろんなデザインを考えるのもいいけれど、今回は実用一点張り。背にも貼っておくと後で便利。

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 ともかく格好だけはできた。

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    表紙・裏表紙          見返し        


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        扉                 奥付

 糸綴じにすると本のノドまでちゃんと開く。
 折り丁の真ん中の頁(8頁、24頁、40頁…)を開くと、綴じた糸が見える。

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 この糸がピンと張っていないと見苦しい。技量がわかってしまう。プロに見ていただけるようなものではない。

 できばえはともかく、久しぶりの糸綴じだったが、思い出しながらなんとかできた。ひとまずよしとしておこう。

  

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2016年9月 5日 (月)

自家製本2 綴じ

目引き
 印刷できた7つの組(=7つの折り丁)を糸で綴じる前に針が通る穴を開ける。折り丁を揃えて、袋になった背のほうを糸鋸で4か所切る。まず上から1cm、下から1.5cmの2点に印をつけ、その間を3分割した2点にも印をつける。
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 上から1cm、下から1,5cmというのは、これからの作業中、背を見るだけで上下がわかるようにするための目印なので、そう厳密でなくてもいい。3等分もだいたいでかまわない。
 切り込みの深さは、真ん中の4枚目の紙まできちんと針が通る穴があくところまで。
 開いて、ちゃんと穴が開いているか、確認する。
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 さてこれを針と糸で綴じるのだが、このとき折り丁同士を背でつなぐ芯として、帯麻(おびあさ)というものを使う。平麻(ひらあさ)ともいう。帯状の麻の繊維である。1㎝くらいの幅にして丸めて使う。
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 これを適当な長さに切り、机の端にセロテープで貼る。折り丁の真ん中の二つの切れ目の位置に合わせる。
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 綴じ方の説明はむずかしい。わたしが習った製本工房リーブルの「豆本のつくり方」という説明書から図を転載させていただく。
 端の穴から入って中の穴から出たら、帯麻を抱いて同じ穴に戻り、折り丁の内側を通って次の穴へ行く。
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 こうやって順番に折り丁を綴じていく。
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 綴じ終わり。帯麻の芯は切れ目の中に食い込んでいる。帯麻は穴から1~2 ㎝残して切る。
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 綴じ終わった折り丁に、少し厚めのA4用紙を二つ折りにして見返しとして貼る。
 この状態になっても、綴じ目の間隔が上下で違うので、本の上下がわかる。
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 本当はここで、小口の三辺をきれいに切りそろえる「化粧断ち」をするのだが、ちゃんとした裁断機がないので、それはやらない。素人が下手にカッターナイフなどでやろうとすると、かえって見苦しくなる。何度か失敗した。小口が多少不揃いでも気にしないことにする。
 次はこれに表紙をつける。
 
 

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2016年9月 1日 (木)

自家製本1 印刷

 ブログに書いた今年の東北旅行記をまとめて製本することにした。といっても大量につくろうというわけではない。自分用の分と一緒に旅行に行った友人にあげる分だけあればいいので、自宅のインクジェットプリンターで印刷して、簡単安あがりの手作り製本をするだけだ。
 後でちょっと内容を確認したくなったときなど、パソコンを立ち上げて該当頁をさがすのは結構おっくうなもので、けっこう時間もかかったりする。紙にしておくのが一番簡単で確実だ。パソコンが壊れたおかげで消失してしまった記録や写真だってずいぶんある。
 その昔手作り製本をちょっとだけ習ったことがあるが、やり方を学習しただけで、技術として身につけたわけでわない。今回手順確認のため当時のノートを見ても、よくわからないところがままある。そこで今後のためにも、実際にやってみて、制作方法をメモしておくことにした。
 製本のプロの人びとがこのブログを読むことはないと思うが、もしあったとしても、素人の自家用なので、多少の間違いは大目に見ていただくよう、あらかじめお願いしておく。

紙の目
 まず最初に大目に見ていただかないと行けないのは、今回は「紙の目」をまったく無視した、ということ。これだけで、大目に見るどころか読むのをやめる人もいらっしゃるだろうが、やむをえない。
 紙を漉くときに繊維が一定方向に並ぶので、紙には一定方向の流れ目がある。紙を丸めるときに、丸めやすい方向と丸めにくい方向があるが、丸めやすい方向に平行に流れているのが紙の目である。
 紙の長辺に平行に紙の目が流れているのを縦目(T目)、短辺に平行に流れているのを横目(Y目)と呼ぶ。紙の目に沿った方向に裂くと裂きやすい、折りやすい。紙の反り方も目によって決まる、などの性質がある。
 だからできあがったときの紙の目を考えて、印刷する用紙も、見返し用紙も、表紙の芯になるボール紙も選ばなければならない。本が縦長のサイズなら、その頁が縦目になるようしなければならない。この方が開きやすいし、変な反りや、紙が波をうつのも避けられる。
 製本を習ったときに、紙の目の重要性はしつこく教えられた。糊のつけすぎをもったいないと言う先生が、目を合わせるためなら、素人目には紙がムダになるのも辞さない。1枚の紙から、寸法だけでいけば必要なサイズが2枚取れるとしても、目が合ってなければ1枚しかとらない。目が違っているのはプロの沽券にかかわることらしい。

 それでも無視したのは簡便性と経済的理由による。
 現在一般に安く出回っているA4上質紙はだいたい縦目になっており、A4二つ折りにすると横目になってしまうが、横目のA4用紙を探すのはめんどくさいし、おそらくかなり高くつく。
 今回使用したインクジェット用両面印刷用紙は家電量販店で買ったもので、これの横目用紙など市販されていない。見返し用紙も表紙も、ありあわせのものあるいはできるだけ手近で手に入るものですませたい。
 簡易に記録をまとめておこうというだけで、手工芸品をつくろうというわけではない。多少不細工なのはあきらめる。プロの人びとには申しわけないが、そういう趣旨なのでご理解いただきたい。

文書の作成
 まずブログのデータをワード文書に変換する。
 本当はわたしとしては縦書きの方が読みやすいが、もとが横書きなので縦に変換するとレイアウトの変更が大変だ。そのまま横書きでいいことにするが、1頁の大きさはA5にする。標準はA4だが、この大きさは字がいっぱいという感じになって、あまり好きじゃない。もっと読みやすい一頁がA5の大きさにする。
 もとの文章をワードにコピするだけだと写真がうまく頁に収まらないとか、余計な空間ができるとか、レイアウトを調整しなくてはいけない。これはA4の場合も同じで、最低限の労力はかけないとしょうがない。
 A4の用紙に両面印刷すると1枚で4頁とれる。空白頁も含めて4の倍数にしておけば紙のムダがない。あれこれ調整したら108頁になった。
 108頁だとA4用紙27枚、家庭用のホチキスでは綴じられない。さらにひと手間かけて糸綴じにすることに決める。

Dscf5049t

印刷
 最近の無線綴じの本がどうなっているのか知らないが、昔ならった話はこうだった。
 印刷会社が印刷するときには、まず大きな紙(全紙)に表裏で16頁分を印刷し、それを折って裁断して綴じる。だから16頁の倍数なら紙のムダが出ないので、本をつくるときには16頁が基本単位になっている。16の倍数になるように全体を編集する。
 これにならって、A4に両面印刷で4頁、これが4枚の16頁分を1単位として綴じることにする。

Photo だから上図のように印刷しないといけないことになる。1頁の隣に16頁、その裏が2頁と15頁というわけだ。
 ワードでどうやってこのように印刷するか。
 実はこれがよくわからない。
 ワードで中綴じ両面印刷用の設定はできるのだが、どういうわけか指定頁印刷ができない。やりたいのは、1~16頁を4枚の紙の両面に上図のように印刷して、次は17~32頁を同様に印刷して、さらに33~48頁…ということだが、これができない。全頁が印刷対象となって、108頁なら1頁と108頁が隣り合って印刷されてしまう。たしかに中綴じすれば本になるが、この厚さは困る。どこか設定を変えればできるのかもしれないのだが、わからないで困っていた。
 ところがあるとき、これがPDFならできることに気づいた。ワードのファイルをPDFに変換してやるだけいい。
 PDFにして「印刷」で
 「ページサイズ処理」→「小冊子」→「両面で印刷」、
 これで「ページ指定」をしてやれば、必要な範囲だけを上図のように印刷できる。

Photo
 これで目論見どおり、
 1~16、17~32、33~48、49~64、65~80、81~96、97~108
の七つの組(折り丁)ができた。最後の組だけ用紙は3枚である。

Dscf5054t          印刷後4枚ずつ折ったもの。(最後の一組は3枚)

 印刷のときは、プリンターで紙が重なって出てこないか注意する必要がある。裏表があわないとちゃんと製本できない。うっかりしていると相当の紙をムダにしたうえ、印刷をやり直すことになる。
 次はこれを糸で綴じる。

 

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