« 名古屋弁の聖書物語 | トップページ | 『悲しみのイレーヌ』 »

2016年9月15日 (木)

田中角栄の品格

 最近本屋へ行くとやたら田中角栄関係の本が並んでいる。それも「天才」だとか、凄い政治家として高く評価する本がほとんどだ。田中角栄が生きていた時代を知らない若い人たちが読んだら、本気で偉大な政治家だと思ってしまいそうだ。
 わたしは、田中角栄が総理大臣になった昭和47年(1972)に25歳だから、その全盛期から没落にいたるまでを一市民として見ているわけだが、偉大な政治家だと思ったことはない。
 当時のわたしには土建屋のオヤジにしか見えなかった。チョビ髭を生やして、汗をかきながら扇子をパタパタさせて、だみ声で「よっしゃ、よっしゃ」となんでも請け負う。庭の鯉に餌をやるときには靴下に下駄をつっかけて行く。贔屓の方に申しわけないが、「学歴もなく叩き上げでのし上がったやり手の土建屋」のイメージをそのまま絵にしたようだった。とても高邁な理想や理論を持っている政治家のイメージではなかった。
 庶民的と言えば庶民的で、わたしも、最初にあの靴下に下駄の写真を見たときには、親近感を覚えた。親戚のおじさんたちもあんな格好をしていた。
 ただ政治家としての業績についてはいろいろな見方や考え方があるだろうし、わたしにその方面の詳しい知識があるわけではない。だからそいう話はおいて、田中角栄という政治家は、そういうイメージであったということだけ言っておきたい。これはわたしに限らず、広く当時の社会にいきわたっていたイメージだと思う。ドリフターズの加藤茶がチョビ髭をつけて「まぁ、そのぉ~」と、おどけた物真似をやっていたくらいだ。
 後から本を読むだけだと、そういうイメージは伝わらない。例えばわたしには吉田茂の具体的なイメージはないから「宰相吉田茂」云々などという本を読むとよっぽど偉い人だったかと思うが、同時代の人にはいばりくさった奴だとか、また違うイメージがあるようだ。
 だから角栄を同時代で見たイメージをひとこと書いた。

 田中角栄についてあれこれ読んでみると、相当に苦労もし努力もした人で、たしかにそれなりの人物であったようだ。
 ただ、金銭については独特の感覚を持っていた人のようで、いろんな話が残っている。その中から、拾ってみた。

 まず、。「Voice(ボイス) 2016年5月号」(PHP研究所)に載った政治評論家の屋山太郎の「田中角栄の増長と妄想」から。最近のものでは珍しく「角さんの政治はバブル景気と中選挙区制度が生んだあだ花に過ぎない」と強く批判している。

Voice2016_05
角さん主催の祝賀会が椿山荘で開かれたときのこと。庭に組まれた大きな櫓(やぐら)の上で角さんが挨拶するにあたって、一人の着物姿の令嬢が大きな花束を持って階段を上ってきた。角さんは大ニコニコで花束を掲げつつ、下りようとした娘さんを呼びとめた。何をするのかと思ったら、懐から財布を取り出して一万円を出し、娘さんに「ご苦労、ご苦労」といって差し出したのである。娘さんは手を振って峻拒(しゅうんきょ)しているのだが、角さんは委細構わず、お札を握らさせた。娘さんは全身に恥ずかしさが溢れていたが、膝をかがめて受け取った。聞いてみれば娘さんは出席していた財界人の娘さんで、いきなり花束を渡す役割を荷(に)なわされたのだった。満座のなかで現金を渡されたのは初めての経験だったろう。
 私はあとで角さんに「娘さんは恥ずかしい思いをしたのではないですか」と耳打ちしたところ、「人はな、お金をもらって喜ばない奴はいないんだよ」と平然と答えたのには驚いた。このたった一つの場面に田中角栄の金銭感覚が表現されている。(p122)

 屋山が新聞記者で田中角栄が幹事長になる前のことというから昭和30年代後半か。まだお金のやりとりについて慎み深い礼儀作法があり、良家の子女にむき出しで現金をあげるようなことは、普通の人はしなかったのだ。
 このあたりが品格の問題だが、「お金をもらって喜ばない奴はいない」で今の若い人は共感するのだろうか。

 次は週刊新潮別冊「輝ける20世紀探訪」(2016)の「「田中角栄が教える「正しい札束の配り方」」という記事。全体にカネの配り方がうまかったと肯定的に書かれている。その中で自民党幹事長室長だった奥島貞夫氏はこう語ったという。

60

「200万円から300万円の札束を包む際には、角さん流の工夫がありました。模造紙などで丁寧に包み、最後にセロテープで留めて完成ですが、角さんは仕上げとばかりに8カ所の尖った角をテーブルでトントンと叩いて潰すんです。理由を尋ねると、”こうするとスーツのポケットにしまうと時に角が引っ掛からず出し入れしやすいんだ”と得意げに話してくれました」(p48)

 こんなノウハウがあるのか。しょっちゅうスーツのポケットに入れていたんだろうなあ。猪瀬元都知事も、角を潰して入れればカバンに入ったかもしれない。

 ついでに佐木隆三越山田中角栄』(1992、社会思想社。もとの単行本は1977)。この本は逮捕直後に書かれたもので、角栄を揶揄した、なんとなく上から目線で書かれている。
 安倍首相が12月にロシアのプーチン大統領と北方領土の問題について話し合うと言うから、田中角栄が親しい知人に漏らしたとされている言葉を引いておこう。

Photo

「あれは、いっぺん向こうがとったものだから、簡単に返すわけがない。そりゃ、そんなもんだよ。返せというだけじゃ、返すもんか。買えばいい、カネだ、カネだよ。シベリア開発にこっちが注ぎ込んで、その見返りで取り返せばいい。それが政治というもんだ」(p190)

 安倍首相は果たしてどういう政治を見せてくれるだろう。

 

|

« 名古屋弁の聖書物語 | トップページ | 『悲しみのイレーヌ』 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 田中角栄の品格:

« 名古屋弁の聖書物語 | トップページ | 『悲しみのイレーヌ』 »