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2016年10月17日 (月)

どっこいどっこい

 おりょうが横須賀で一緒に暮らした夫西村松兵衛はテキ屋で、「どっこいどっこい」あるいは「どっこい屋」と言われる商売をしていた。
 この「どっこい屋」について、司馬遼太郎が『街道をゆく37 本郷界隈』(朝日文庫、1996)の中で書いている。おりょうとはまったく関係なく、根津権現(根津神社)の章に出てくる。

37

 三遊亭円朝作の人情噺『心中時雨傘』は、根津権現(根津神社)の露店でどっこい屋をしていたお初という女が主人公だという。円朝の速記録、古今亭志ん生のテープをもとに、司馬はそのストーリーを語っているが、その志ん生の話が YouTube にあるので、興味を持たれた方は、そちらで聞いていただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=RrXa-WiMLgw
 「どっこい屋」の話はこうだ。

当時の露店に”どっこい屋”というのがあった。仕掛けは一種のルーレットで、どうも街頭賭博であったらしい。
 ただし、表むきは菓子などを盛りあげてそれを賞品としているが、実際は小銭を賭けたのではないか。
 明治三十年年刊の『絵本江戸風俗往来』などをみると、六角形の大きな独楽(こま)がルーレットになっていて、六角の一面ずつに、花札のような絵が描かれている。
 あるいは円盤があって、六つか八つの区画にわかれていて、円盤がまわらず、円盤の中央についた指針が旋回する。
 客がまわしはじめると、露店のぬしが、
「どっこい、どっこい、どっこい、ああ惜しい」
 と叫ぶ。(p84)

 国会図書館デジタルコレクションの「江戸府内絵本風俗往来. 中編(2コマ〜)、下編(86コマ〜)」を見ると、こんな挿絵が載っている。

Photo

 文章の方には、もともとは子供の遊びだったものが、大人が博打につかうようになり、街頭でおのぼりさんをつかまえて小銭をまきあげるのに使われるようになった。仲間うちのサクラでがはじめに大金を稼ぎ、それにつられた客は一度目は勝ってもやがて負ける。ルーレットのようにまわす竹の篦(へら)には仕掛けがあった、などと書いてある。

 高橋恭一の『坂本龍馬の妻りょう女』には、「どっこいどっこい」について、こう書いてある。

 この「ドッコイドッコイ」は、当時流行したものらしく、明治六年八月の「新聞雑誌」(第百三十二号)に、「大流行のドッコイドッコイ」と題し、

俗ニ、ドッコイヽヽヽヽト呼テ、銭ヲ賭テ菓子類ヲ取ルコトアリ。府下街上何クノ地ニモ在ラザルナク、頃日ハ尤モ盛ニ取行ヘリ。多クハ野郎子供ノ好メル業ニテ、中には、地半、烟草入ナドヲ賭クル者アリ。僅ニ十文二十文ノ銭ヲ以テ勝負ヲナスハ、楊弓吹矢モ同様ニテ、猶黙許スベキコトナレドモ、少シク番人等ノ注意ナクテハ自然ト博奕ニモ同ジキ様立至ルベシ。

と、その内意を説明している。(p66)

 ずいぶん流行ったものらしいが、たいした稼ぎにはならなかったようだし、世間に胸を張って言えるような商売でもなかったようだ。

 龍馬死後のおりょうが主人公という珍しい映画、『竜馬の妻とその夫と愛人』では、おりょうの亭主松兵衛の職業は「どっこい屋」ではなく、大道易者になっていた。どっこい屋の実演が見られるかと思ったのに、残念だった。

Dvd
 この映画はレンタルには見つからず、DVDを買って見たが、ちょっと期待はずれだった。脚本が三谷幸喜なので、もう少し笑える映画かと思っていたが、意外に笑えるところが少なかった。(監督市川準、鈴木京香、木梨憲武、中井貴一、江口洋介)

 この映画の話はまたそのうちに。

 

 

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