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2016年10月20日 (木)

鎌倉七口:亀ヶ谷坂切通

 鎌倉の扇ガ谷(おうぎがやつ)地区と山ノ内地区を結ぶのが亀ヶ谷坂(かめがやつざか)の切通です。

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 北鎌倉駅のあたりが山ノ内で、その南、鎌倉駅あたりまでの横須賀線沿いが扇ガ谷というところです。
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 山ノ内と扇ガ谷というと、山ノ内上杉氏と扇ガ谷上杉氏が思い浮かびます。
 上杉氏はもとは藤原北家の流れをくむ地下貴族だったが、建長4年(1252)京都から宗尊親王が第6代将軍に即位するため鎌倉へ下向した時に供奉してきて、そのまま鎌倉で武士になったのが始まりだと言われています。
 足利氏と姻戚関係を結んで強力になり、室町時代には関東公方(鎌倉公方)を支える関東管領の家柄として勢力をふるいました。屋敷が山ノ内にあった山ノ内上杉氏が嫡流、扇ガ谷上杉氏が庶流で、一族ですが後には両家に争いも起こり、戦国時代に扇ガ谷上杉は滅びます。山ノ内上杉は長尾景虎に乗っ取られ、景虎が上杉謙信として家督を継ぎます。これが幕末まで続いた上杉家です。系図の話はややこしくてよくわかりません。

 扇ガ谷の方から行くと岩船地蔵堂があります。ここを右へ行きます。

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 少しずつ登っていきます。
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 田中智学獅子王文庫跡という石碑があります。田中智学(ちがく)は、明治から昭和前期に、日蓮主義を唱えて国柱会を結成し、社会運動を展開した人です。「八紘一宇」という言葉は、田中智学が日本書紀から造語したものだそうです。獅子王文庫というのは、運動のための雑誌や本の刊行所で、このあたりにあったらしい。

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 これはマンションへの入口です。
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 勾配がけっこうきついけれど、舗装されているし、それほどの距離でもないので、すぐに乗り越えられます。
 あまりに急坂なので亀がひっくり返った、あるいはあきらめて引き返したから「亀ヶ谷坂」の名前がついたとか言いますが、昔は知らず、現在はたいしたことはありません。横浜の住宅地にはこれよりきつくて長い坂がいくらでもあります。

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 道の両側を見てください。

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 道そのものはきれいに舗装されていますが、この両側の崖は昔の状態がそのまま残っているものだそうです。
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 そのせいでしょうか、国指定史跡になっています。
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 これといって特徴のない道です。
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 やがて左手に長寿寺が見えて、道は巨福呂坂からの道にぶつかります。

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 ついでに書いておくと、源氏の郎党で藤原秀郷の後裔だとい首藤氏が、鎌倉郡山ノ内荘を領して山ノ内を名乗り、山ノ内首藤氏と言われました。これがいわゆる山ノ内氏の本流です。
 戦国武将の山内一豊の姓の正しい呼び方は「やまうち」だそうですが、普通「やまのうち」と呼ばれています。これは、その昔出自に格好つけるために、祖先は山ノ内首藤であると言ったからではないか、と誰かがどこかで書いていました。真偽はわかりません。系図上はやはり山ノ内家の傍流であるということになっているようです。
  

 

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