« J73 パンダの習性 | トップページ | JB43 英語のジョーク5 »

2016年10月31日 (月)

鎌倉七口:朝比奈切通

 朝比奈切通は鎌倉から現在の横浜市金沢区六浦へ抜ける道であり、この道は金沢道六浦道などと呼ばれました。六浦は鎌倉の外港であり、北条一族である金沢氏の領地でした。

Photo_4

 今回は金沢区側から行ってみました。バス道路の案内には「朝夷奈切通」とあります。朝比奈(あさひな)、朝夷奈(あさいな)、どちらも使われていたようです。

Dscf5336
 住宅地の中を抜けて行くとこんな案内があり、道は山の方へ登っていきます。

Dscf5339t
 このあたりは「朝夷奈」で統一されているようです。

Dscf5341_2
 庚申塔のようなものがたくさんありました。
Dscf5343_2
 頭上を高速道路が通っています。横浜横須賀道路です。
Dscf5344_2
 すぐ切通の道になります。このあたり小切通(こきりどおし)と呼ばれているようです。

Dscf5347
 垂直に切り出した崖もあります。

Dscf5350_3
 横浜市側は崖崩れ防止の工事をやっていました。路面に見える青くて丸いものは砂袋で、石ではありません。
Dscf5354_2
 崖の上の方に「やぐら」が見えます。鎌倉時代の切通はこのやぐらの底部あたりの高さだったという説があります。鎌倉以降少しずつ掘り下げられて現在にいたっているということです。
Dscf5356_2

 途中、熊野神社へ分岐する道があります。鎌倉の鬼門を守るために頼朝が勧請したという伝承です。ここから歩いて5分ぐらい。ひっそりと厳かな感じのする神社ですが、今回は素通りします。

Dscf5375_2

 このあたりが坂の頂上で大切通(おおきりどおし)と言われているところのようです。

Dscf5380_2
 だんだん鎌倉へ向かって下っていきます。

Dscf5381_2
 このあたりは川が道とちゃんと分離しておらず、石の間に小沿い流れがあり、滑りやすくなっています。ここしばらくは降っていなかったのに、この秋はずいぶん雨が降ったので、山には水のたくわえが相当あるようです。
Dscf5385_2
 しばらく川床を歩いているような道が続きます。

Dscf5389_2
 この切通はなかなか風情ある山道で、歩き甲斐もある、いい道です。しかし鎌倉のはずれで、ここまで来るのが面倒なので、あまり観光客は来ません。この日は平日だったので、ほとんどすれ違う人もいませんでした。
 この石地蔵のいわれなどはわかりません。

Dscf5392_2
 ここはまだ川床の道ですが、下るにつれて、道路脇の川が大きくなっていきます。
Dscf5396
 前方に出口が見えてきました。(鎌倉側から入る場合はここが入口です)

Dscf5401
 出口のところに鎌倉市青年団の碑と「三郎の瀧」があります。碑に「土俗ニ朝夷奈三郎義秀、一夜ノ内ニ切抜タルヲ以テ其名アリト傳ヘラレルモ…」とあるように、この切通は朝比奈三郎が一夜にして太刀で切り抜いたものだという伝説があるのです。
 朝比奈三郎義秀和田義盛の三男で、母は巴御前だと言われ、大力・豪勇をもって聞こえた人物でした。和田一族が執権北条義時と戦った和田合戦でも勇戦奮闘、一族は敗れたが三郎は海路安房へ渡り、さらに高麗まで渡ったという伝説もあるようです。

Dscf5406

 この瀧の水量は季節によってずいぶん違うようですが、今回はどうどうと音を立て、立派なものでした。

Dscf5407
 あとは少し歩くと十二所神社のあたりへ出ます。
 紅葉の頃、少し手応えある散歩にいいところです。

Photo_2

 

|

« J73 パンダの習性 | トップページ | JB43 英語のジョーク5 »

鎌倉散歩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鎌倉七口:朝比奈切通:

« J73 パンダの習性 | トップページ | JB43 英語のジョーク5 »