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2016年11月17日 (木)

浄光明寺の楊貴妃観音

 浄光明寺は昨年NHKの「ブラタモリ」で取り上げられました(2015/5/9放送)。そのせいか先日行ってみたら、以前よりは観光客が増えているようでした。それでも有名なお寺に比べれば静かなものですが。

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 山門です。

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 山門を入ってすぐ左は客殿です。
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 客殿の前に楊貴妃観音があります。なんでここで楊貴妃なのかというと、この寺の本山は京都の泉涌寺(せんにゅうじ)で、そちらに有名な楊貴妃観音があり、その模刻が寄進されたものだそうです。

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 泉涌寺の楊貴妃観音は、寛喜二年(1230)中国から招来したもので、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って作らせたという伝説があるそうです。なんでそんなものがわざわざ日本へ来たのか、基本的な疑問が浮かびます。
 ちゃんとした答えはないようですが、それでも泉涌寺の楊貴妃観音は、縁結び、美人祈願に御利益があると、にぎわっているそうです。

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 観音像の脇には白居易の「長恨歌」が掲示してあります。

天生麗質難自棄 天生の麗質自ら棄て難く
一朝選在君王側 一朝選ばれて君王の側に在り
迴眸一笑百媚生 眸を迴(めぐ)らして一笑すれば百媚生ず
六宮粉黛無顏色 六宮の粉黛(ふんたい)顔色無し

というのがこの詩の中で楊貴妃の美貌を形容しているところですが、この像にそれほどの麗質があるかどうか。こんな顔の観音様はあちこちにあったような気がします。
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 いつの世にもあやしげな伝説でもったいをつけて売り出す「知恵者」はいたんだなと、インターネットで楊貴妃関連の記事を見ていたら、なんと楊貴妃が日本にやって来たという伝説まであることを知って驚きました。

 安史の乱で、兵士たちの恨みをかった楊貴妃は、兵士たちに自死をしいられることになったが、死んだと見せかけて逃れ、漂流の末、山口県へ流れ着いて、その後しばらくして死んだというのが、その伝説。
 山口県長門市の二尊院(にそんいん)というお寺には楊貴妃の墓があるそうです。この寺のホームページ(→http://www.k5.dion.ne.jp/~nisonin/index.html )を見てみると、墓の他にも楊貴妃像や隣接地には中国風の「楊貴妃の里」という公園があって、すっかり観光資源になっています。
 また、このお寺があるところがなんと「向津具(むかつく)半島」と言うのだそうです。むろん現代語の「ムカツク」ではなく、「向かつ国」が転じたものだといいます。この地名も、知恵者にかかれば「悪名は無名にまさる」で、売り物になるかもしれません。
 インターネットで調べてみると、むかつくどころか、風光明媚な、とてもよさそうなところです。(→http://www.tabi-magazine.com/report/mukatsuku/
 近くへ行くことがあったら、寄ってみてもいいかもしれません。

 鎌倉の浄光明寺は、美人祈願で売り出そうという気持ちはないようで、この像も片隅に置いてある感じですが、インターネットには「美人祈願」と書いているページがたくさんあります。いつかこの寺のメインになる日が来ないことを祈ります。

 話がそれました。その他の浄光明寺の話はまたこの次に。

 

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