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2016年12月 5日 (月)

JB46 少年倶楽部の笑話

 戦前の人気雑誌『少年倶楽部』に掲載された笑話などを収録した本。戦後、わたしの幼少年時代にも「少年クラブ」と改名して存続していた。
 笑話も和歌も、読者からの投稿を選んで掲載したもので、当時の生活が色濃く反映されている。

176 滑稽和歌と笑話集

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(書名) 滑稽和歌と笑話集(こっけいわかとしょうわしゅう)
      少年倶楽部文庫41
(著者)  少年倶楽部編
(出版者) 講談社
(形状)    文庫
(頁数)   156
(出版年) 1976/10/16

・これは1975~1976にかけて講談社から刊行された「少年倶楽部文庫」全42冊のうちの一冊。
 表紙の絵は、昭和12年3月号付録の『傑作笑話集 笑いの爆弾』からとっているが、滑稽和歌も含まれており、この付録をそのまま復刻したものではないようだ。(下記写真は「177 『少年倶楽部』の笑い話」口絵より)

T

・ J50 『滑稽和歌と笑話集』では、この本からとった、本の出てくる笑話・滑稽和歌を紹介した。

・選者の意向によるのだろうけれど、あまりひねったものはない。のどかな、ほのぼのとした感じのものが多い。

・投稿者の住 所には、「朝鮮」や「台北」もあって、これも時代を感じさせる。

片かなの算術(仮題)
一年生の子「お母さん、方かなの算術ってあるんだね?」
お母さん「どうして?」
一年生の子「だってあそこの看板にハ引くモはカだって書いてあるよ」(p54)

T1天下に号令(仮題)
 国史の時間に、
先生「日本で天下に号令した英雄を知っていますか。武雄君」
武雄「はい、豊臣秀吉と徳川家康です」
先生「よろしい、そのほかに?」
一郎「はい!」
先生「一郎君」
一郎「ラジオ体操のアナウンサーです」(p143)

 

滑稽和歌いくつか

喧嘩したあとのさびしさただひとり石ころけりつつ帰り行くなり(p8)

先生はぼくできる時ぼくささずぼくできぬ時ぼくをさすかな(p47)

遊ぶ時狭いと思う運動場掃除の時は広すぎるなり(p59)

世の中は清(す)むと濁るの違いにて墓に香あり馬鹿に甲なし(p84)

 

177 のどかで懐かしい『少年倶楽部』の笑い話

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(書名) のどかで懐かしい『少年倶楽部』の笑い話
(著者)  杉山亮 選・解説
(出版者) 講談社
(形状)    A5判ソフトカバー
(頁数)    269
(出版年) 2004/02/25

・大正3年(1914)から昭和37年(1962)まで48年間続いた少年倶楽部(「少年クラブ」の期間も含む)から、掲載された笑話(しょうわ)を年代別に紹介し、時代ごとに簡単な解説をつけた本。

・最初は読者文芸欄の「一口笑話」として、出された「題」に読者が応募するかたちで始まった。
 この本によれば、大正4年新年号の「お雑煮」の題で一等になったのは次のもの。

 元日の朝、母が五つになる子どもを呼んで
「坊や早くお雑煮を食べて六つにおなりなさい」
「それなら明日も食べて七つになろう」(p46)

 この頃は「数え年」で、正月に老若男女みんな一斉にひとつ歳をとることになっていた。わたしの子どもの頃もまわりの大人はそう言っていた。この笑話では、雑煮を食べ終えることが歳をとるための儀式になっていたようだが、わたしの記憶にはない。「数え年」がすたれつつあったのか、それともその地方によるものか。
 歳の数だけ雑煮の餅を食べるものだとは、わたしの子どもの頃も言われていた。

「お雑煮の餅は年の数だけ食べるものだよ」
「それでは、お雑煮を食べる時だけ、お母さんと、年を取り換えましょうか」(p46) 

 今では、雑煮そのものが廃れつつあるようだ。こういう話は本の題名のように「のどかで懐かしい。

・こんなのもある。

誕生日
テル子『明日は、あたいの誕生日よ。母ちゃんが、さうおつしゃつたわ。』
ミチ子『ほんと。それでは、あたいの誕生日は、いつかしら?』
テル子『ミチ子ちゃんは、三つで、あたいより二年もおそく生まれたんだもの。まだ、なかなかよ。』

 あと2年も待たないと誕生日が来ないのでは、ちょっとかわいそうだが、なんともかわいい。

・時局を反映しているものもある。

將棋をしているおぢいさんが、
『金(きん)があればいゝんだがな――』
それを聞いて、ター坊、
『金なんか、ないよ。政府がみんな買い上げているもの』(p114)

 昭和14年の10月号。この頃、愛国金献運動とか、政府による退蔵金の強制買い上げが行われていた。

砂糖の買ひ方
 砂糖を買ひに行つて、
凸坊『をぢさん、白砂糖一斤ください。』
主人『一斤は賣れないことになつてゐるのです。半斤にしてください。』
凸坊『それでは、半斤のを二つ下さい。』(p148)

 これは昭和14年の12月号。砂糖も統制されていたのだろう。

・時局ではなく時代を感じさせるもの。 

國史
 國史の時間、先生大きな聲でテーブルをたゝきながら、『逆賊北條高時を滅ばしたのは誰ですか。誰か。忘れたのか‥‥吉井君!』
 わき見してゐた吉井君、泣き聲で、
『先生、僕ぢゃありません。』(p67)

『日本の英雄』
先生「日本の英雄を五十人だけ挙げてごらンなさい」
生徒「はい。四十七士と乃木大将、東郷元帥、西郷隆盛です」(p158)

・戦後の、わたしが子どもの頃のものも見ておこう。

原爆まぐろ
太郎「このまぐろのかんづめ新しい?」
店員「へえ、新しまっせ。」
太郎「そしたらやめとこうっと。原爆まぐろだったらかなわんから。」
店員「アジャー」(p222)

 「原爆まぐろ」で第五福竜丸の被爆事件を思い起こす人も少なくなっただろう。当時は子どもの笑い話に出てくるぐらい、まぐろの放射能汚染が騒がれた。

・わたしはずっと少年雑誌の愛読者で、笑い話の欄は大好きだったが、不満だったのは、読んだことがある笑い話が何度も出てくることだった。「少年」にも「少年クラブ」にも「冒険王」にも、まったく同じと言っていい笑い話が、繰り返し何度も載っていた。
 それは、この本の解説の部分にも書いてあるとおり、読者が数年単位で入れ替わるため、編集者も確信犯的に同じ話を載せていたものだろう。
 このブログでも「ジョークの本」の解題みたいなことをやっているけれど、本は違ってもジョークの中身は同工異曲のものが大半、というものが多い。この歳になってようやく、ジョークというのは、他人から聞いた面白い話を次の人に伝えていくものなので、やむをえないことだと理解したが、子どもの頃はちょっと気に入らなかった。
 そのどこにでもあった笑い話のひとつがこれ。

ききちがい
おじいさん「太郎、いま、何時だい。」
太郎「もう、六時だよ。」
おじいさん「なんだとっ。もうろくじじいだとっ。」(p237)

 この笑い話は戦前からずっと続いていたのではないかと思う。しかし現在では祖父母との同居が少なく、「もうろくじい」はほとんど廃語になっているようなので、もう今の子どもたちにはこの笑い話は受け継がれていないだろう。

ザ=ピーナッツ
Aくん「Bくん、ザ=ピーナッツはなにごだかしってるかい。」
Bくん「しってるさ、英語だよ」
Aくん「きみ、頭がわるいなあ、あれはふたごだよ。

 これは昭和37年10月号。子どもに限らず、全国にひろがっていた笑い話である。

 

 

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