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2017年3月16日 (木)

漢文の勉強1

 漢文について勉強したことを少しまとめておくことにする。

 夏目漱石は、明治22年、数え年23歳のとき「木屑録(ぼくせつろく)」という漢文の紀行文を書いた。その年の夏休みの房総旅行の記録で、同級生の正岡子規に見せるためだったという。その書き出しは次のとおり。(原文は句読点なし。旧漢字は新漢字に改めた。)

余児時誦唐宋数千言、喜作為文章、或極意彫琢、経旬而始成、或咄嗟衝口而発、自覚澹然有樸気、竊謂古作者豈難臻哉、遂有意于以文立身、自是遊覧登臨、必有記焉。

 これについて、吉川幸次郎は『漢文の話』(ちくま文庫、1986)に、次のように読み下し、こう書いている。

余児時(じじ)唐宋の数千言を誦し、文章を作為するを喜ぶ。或いは意を極めて彫琢(ちょうたく)し、旬(じゅん)を経て始めて成る。或いは咄嗟(とっさ)に口を衝(つ)いて発し、自(み)ずから澹然(たんぜん)として樸気(ぼくき)有るを覚ゆ。窃(ひそ)かに謂(おも)えらく古(いにしえ)の作者も豈(あに)臻(いた)り難からん哉(や)と。遂に文を以って身を立つるに意有り。是自(よ)り遊覧登臨、必ず記有り。

 いおうとすることは、私は子供のころから、唐人(ひと)宋人(ひと)の数千字の文章を暗誦し、それを模範として漢文を作るのが好きであった。ある場合には一生懸命にねりあげ、十日ばかりもかかってやっと完成した。ある場合にはとっさに口から飛び出したのを、かえってあっさり素朴であると感じた。ひそかな自負として、古代の作者だって到達に困難であろうかと、そう考え、かくて文章で身を立てる気もちを抱いた。それ以来、どこかへ遊びに行き、山に登り、水を前にするたびに、紀行文を作った。というのであるが、それを漢文として右のように表現している。文法的な誤りがないばかりでなく、後にしばしばふれるように、漢文はリズムが大切であるが、日本語の訓読としてのリズムが大へんよいばかりでなく、中国人に見せて、中国音で読んでもらっても、高い評価をうるであろう。明治の漢文としてもっともすぐれたものの一つであり、同時の漢学専門家でも、これだけの筆力は普遍でなかったと思われる。高等学校の漢文の教科書に、採録したものがないよしであるのは、ふしぎである。(P14)

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 べたぼめである。中国文学の大家吉川幸次郎先生のお言葉だから、われわれ素人はへへーっとかしこまってうけたまわるしかない。なるほど漱石は若いころから漢文の達人で、文章で身を立てるつもりがあったんだ、たいしたもんだと思わざるを得ない。

 ところが同じく中国文学研究家の高島俊男は『漱石の夏やすみ』(朔北社、2000)に次のように書いた。
 まず冒頭の部分をこう訳した。

 我輩ガキの時分より、唐宋二朝の傑作名篇、よみならつたる数千言、文章つくるをもつともこのんだ。精魂かたむけねりにねり、十日もかけたる苦心の作あり、時にまた、心にうかびし名文句、そのままほれぼれ瀟洒のできばえ。むかしの大家もおそるるにたらんや、お茶の子さいさいあさめしまへ、これはいつちよう文章で、身を立てるべしと心にきめた。
 さあそれからは、どこかに行つてものぼつても、かならず文章つくつたものさ。(P18)

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 文の大意は吉川が示したものと変わらないが、大きく異なるのは文章の調子である。子供のころからせっせと文章修行に励んだという真面目な話が、高島訳ではちょっとふさけた、冗談ぽい話になっている。
 高島はこれがこの文章の真意であるという。同じ頃に漱石から子規へあてた手紙を見ても、「先頃手紙を以て依頼されたる點數一條おつと承知皆迄云ひ給ふな萬事拙の方寸にありやす先づ江戸つ子の為す所を御覧じろ」など江戸の通人ぶった口吻でふざけたものなどがある。こういうふざけを通じてお互いのセンスを比べあっていた。漱石も子規も笑いながら文章を交換していたのだという。
 なるほど学生同士のやりとりで、学識のあるところをひけらかしあったり、戯文を書いて見せあったりというのはままあることである。現代の若者だってやっているだろう。
 また高島は、この文章を吉川のようには称賛せず、あちこち手直しすべきところがあるとしている。(p190~197)

 漢語の文章には真面目な文章もふざけた文章もある。それをみんな「窃(ひそ)かに謂(おも)えらく古(いにしえ)の作者も豈(あに)臻(いた)り難からん哉(や)」などと一律に荘重体のチンプン漢文で読んで、ありがたがっていてはいけないというのが高島の主張である。
 なるほどもっともだ。『木屑録』の読み方は、高島のいうとおりだろう。
 
 

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