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2017年5月11日 (木)

館山城・千枚田

 今回の南無谷行きは日程にゆとりがあったので、あちこち出かけました。
 まず富浦町の道の駅枇杷倶楽部。

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 菜の花も桜も終わりましたが、花壇にはいつもきれいな花が咲いています。

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 富浦漁港の釣堀は、連休なので子供連れでにぎわっていました。。

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 ひさしぶりに館山城も行ってみました。

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 ここのツツジ園はもう盛りをすぎていました。

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 藤は見頃です。
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 キジ園も見頃なのか、ちょうど羽を広げているキジもいました。

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 これは館山の養蜂園がやっているというレストラン。

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 隣にある大きな神社にもまけないくらいの広い敷地で、庭がずっと奥まで伸びています。きっと名のある旧家なのでしょう。

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 ご飯にもハチミツを入れて炊いてあるというハチミツづくしのランチです。味はよかったけれど、出てくるまでにかなり時間がかかってちょっと疲れました。
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 さらに鴨川の大山千枚田にも足をのばしました。
 ここは谷が大きく開けていて気分が爽快になります。

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 田植えをしたばかりの田と、まだこれからの田が混じっています。
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 何回見ても壮観です。
 ただこの風景は、過去の日本の農村の貧しさを象徴する風景とも考えられています。
 司馬遼太郎の『街道をゆく9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文庫、1979)にはこんな記載があります。

  耕シテ天ニ至ル。貧ナルカナ。

 という有名なことばは、古語ではなく、また中国の古典にある言葉でもない。
 明治中期にきた清国の政治家が、瀬戸内海を汽船で神戸へむかいつつ、内海の島々の耕作の状態をみて驚嘆してつぶやいたことばである。当時、日清の関係が嶮悪になりつつあり、この清国の政治家としては、日本の経済力を見きわめたいという思いがあったのであろう。岩だらけの小島が、梨の皮を剝くように島肌を剝き、段丘を作り、それが層々と島の天辺にまで達している。まことに貧なるかなであり、清国の政治家としては、帝国主義の相貌を見せはじめているこの小さな島国の楽屋裏を見たような感じがして、あるいは安堵の思いをそういう表現に託したのかもしれない。(p11)

 この清国の政治家というのは李鴻章のようです。
 現在、棚田は貧しさの象徴ではなく、農村の原風景のひとつして評価・鑑賞されるようになっています。ただ後継者の問題など、全国的に年々維持が困難になっているという話を聞きます。ここは保存会が、オーナー制度や各種体験イベントを実施して都会の人を呼び込みながら、運営管理しています。
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 耕して天に至る――残したい風景です。


  

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コメント

4月下旬からずっと自然を満喫しているというか人生を楽しんでいるというか一連のブログを拝見して、本当にいい選択に当たっていますね!

投稿: Cheope | 2017年5月11日 (木) 18時58分

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