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2017年6月19日 (月)

26連勝目の人

 この中学生、藤井聡太四段は凄い。しかし26戦目の対戦相手が瀬川晶司五段と知って、わたしは瀬川五段の方になんとか勝って欲しかった。

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 瀬川五段はニュースの中で、サラリーマンをしながら「史上初めてプロ編入6番勝負を経てプロ入りした、「ミスター苦労人」」と紹介されていた。将棋が好きなわけでもないわたしが、ここは瀬川五段に、と思ったのは、この苦労話を読んでいたからである。

 瀬川晶司『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社、2006)。

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 将棋連盟のプロ棋士養成機関奨励会には全国から地元の天才少年たちが集まって、プロを目指して競いあっている。しかし満26歳までに四段に昇段できなければプロ失格として退会させられる。
 その26歳で四段の壁を破れずプロになれなかった男が、その後アマとしてプロに勝率七割という実績をあげ、前例のないプロ編入試験を実施させて、遂にプロになった、というのが「泣き虫しょったんの奇跡」である。
 この話はニュースで聞いていたが、特に興味は持たなかった。将棋や囲碁の世界では、少年時代から天才と騒がれ、昇進記録をつくるくらいの存在でないと、後に名人や棋聖などのタイトル争いをするところまで行かないと聞いていた。だから35歳でプロになってもこれからが大変なのではないか、と思っていた。 

 興味を持ったのは、わたしが住む港南台の書店に、地元出身の棋士としてサイン本が並んでいたことから。生まれ育ちは港南区の日限山(ひぎりやま)で、六年生になる前の春休みに港南台将棋センターへ連れていってもらい、そこから本格的に将棋をさしはじめたのだという。
 駅から歩いて五分、一階がパチンコ屋、というが、いったいどこだったのか。この本を読んだ時点ではすでにそれらしい将棋クラブはなく、わたしの記憶では、あそこのビルの二階に昔あったかなあ、というくらい。確証はない。
 ともかく瀬川少年は、わたしの住む街、港南台の天才少年だったのである。

 地元の話として読み始め、内容にはそれほど期待していなかったが、泣ける本だった。いったんは挫折しながら、またなんとかはい上がって、というわかりやすい話で、泣ける。
 一番じーんときたのは、港南台で将棋を教え、プロに挑戦させた席主が、奨励会で脱落したことを聞いて、瀬川の人生を狂わせてしまったと、その後九年間ずっと呵責の念に悩まされていた、というところ。将棋を教え、その才能に驚喜し、プロへの道を奨めた結果、一人の人間を挫折させ、人生を誤らせてしまったという思い。それがようやく報われた。
 しかし、将棋に限らず野球やサッカーなどでも、こういう挫折した青少年と指導者の物語は、世の中にたくさんあるのではないか。

 また、この本はめでたしめでたしで読み終えたけれど、今回の報道で、11年後の現在、まだ五段でC級2組という順位戦では一番下のクラスにいるのを知ると、やはり厳しい世界なんだと思わざるを得ない。日本中から天才を集め、その中でもほんの一握りの天才中の天才だけがスポットライトをあびる、そういう世界なのだ。この先、瀬川五段が突然強くなって名人になったりすることはほとんどあり得ないだろう。

 それでも好きな道で生きていくことを選び、日々がんばっている瀬川五段に、この一戦は勝って欲しかった。

 

 

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