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2017年6月 1日 (木)

リンゴの神器

 最近のツイッターでこんな発言を見た。発言者の阿部議員がどういう人かはよく知らない。

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 大本教(おおもときょう)が、リンゴ三つなどの供物で国家転覆の意図ありと見なされたという話。共謀罪への賛否を問わず、このツイートを読んだ人たちにはどういうことかよくわからなかったようだ。
 わたしもそういえばそんな話があったなという程度で、くわしくは覚えていなかったので、以前読んだ『巨人出口王仁三郎』(出口京太郎、社会思想社、現代教養文庫、1995)を引っ張り出してみた。

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 出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう、「わにさぶろう」とも呼ばれた)は、戦前、開祖出口なおの神がかりの教えを体系化し、大本教団として大成させた。しかし、その急激な勢力の拡大と教義が内務省に危ぶまれ、第一次大本事件(大正10年、1921)、二次大本事件(昭和11年、1936)と二度にわたって弾圧され、その都度多くの関係者が逮捕され、建造物は破壊された。
 第二次大本事件で大本は治安維持法違反と不敬罪に問われたが、その治安維持法違反の根拠が、お供物のリンゴや大根だった。。大本教が昭和3年(1928)の3月に行った「みろく大祭」で神事を終えたあと、王仁三郎がお供物のリンゴや大根などを自分と妻・幹部に分けたことをもって、国体変革の秘密結社を組織した、ということにされた。
 孫引きになるが、これについて青地晨はこう書いているそうだ。

「治安維持法にひっかけた理由というのが、まことに滑稽だ。昭和三年のみろく大祭のおり、王仁三郎は神前の供物から三個のリンゴをとった。またスミには大根、幹部には八つ頭をあたえた。三個のリンゴは三種の神器、大根(オオネ)は皇后、八つ頭は地方の総督などを象徴していたというタワイもない検察当局のコジツケだ」(p409)

 リンゴ三つに深い意味があったわけではなく、治安維持法に問うためには、大本教がただの宗教団体から国体変革を狙う秘密結社になったことを示さねばならず、過去の儀式がそのための儀式だったとこじつけられたのである。
 捜査当局は、それらしいものはないかと膨大な資料をひっくり返して一生懸命捜したのだろう。それでリンゴ三個が三種の神器で、天皇に取って代わろうとしたことにしたと思うと、今でこそおかしみを覚えてしまうが、当事者たちは笑うどころではなかった。捜査当局は真剣にこれを実行し、その結果逮捕された方は莫大な被害を被った。自殺者や獄死者、発病者などが続出したという。

 共謀罪について一カ月くらい前にはこんなツイートもあっておおいに笑った。
 こうやって笑っているうちはいいが、政府は真剣にこういう答弁をしている。
 そのうち笑えなくなるようなことにはなりませんように。

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 上記の本によれば、王仁三郎は「怪人」と呼ぶにふさわしい型破り、桁外れの人物だったらしい。
 生長の家の谷口雅春、世界救世教の岡田茂吉も若い頃は信者だった。右翼の大物の内田良平や頭山満と交流があった。満州馬賊の小日向白朗も師事した。合気道の開祖植芝盛平も弟子の一人で、一緒に満州から蒙古へ行って張作霖の軍に捕えられ、あわや銃殺刑になるところだった。などなどの逸話がいっぱいでおもしろい。
 ただ著者は王仁三郎の孫なので、内部の目で高く評価していると感じられるところがある。当時の新聞記事をたくさん引いて大本は世を揺るがした云々と書いているが、実際に世間での評価はどれほどのものだったのか。どういう教義で、社会にどういう役割を果たしたのか。奇跡・奇瑞の話など信じていいものか。予言が当たったというが、その他に当たらなかった予言はしていないのか、などよくわからないところもままある。
 なぜ弾圧されたのかについても諸説あるらしいが、勢力を拡大する中で右翼や軍人にも浸透していったことを内務省が危ぶんだという説がもっともらしく思われた。
 現代はこういう型破りの人物を許容しなくなった。戦前まではときどきこういう人がいたらしい。

 

 

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