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2017年7月27日 (木)

JB59 台湾のジョーク

  台湾のジョーク関連本というのは珍しい、と思ったらこれはジョーク集ともエッセイ集ともいいにくい、聞き書き集のようなものだった。
 カバーのタイトルは「奇抜なジョーク・エッセイ集」となっているが、本体の方は「奇抜なジョーク集」となっているので、このリストはそちらを採用した。

Photo
    (書名)  奇抜なジョーク集
      (著者)   張文山
      (出版者) 創意力文化事業有限公司
      (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)    209
      (出版年) 1994/09

・創意力文化事業有限公司は台湾台北の会社だが、日本語で印刷されている。

・著者は昭和8年台湾生まれで国民学校を経て旧制工業学校在学中に終戦を迎えたという。いわゆる本省人で、蒋介石に率いられた外省人に対するうらみのようなものが散見される。

・小話のようなものと著者の体験・聞き書き・思い出話のようなものが混在している。ジョーク集とはいいにくい。自費出版のようなものではないかと思われる。

敗戦将軍にシャバの風は冷たい
 蔣介石が国共内戦に敗れる前、新聞の見出しは、
”蔣大総統、共匪と激戦す”
とあり、共産軍が雪崩の如き勢いで、長江を越えて国民党軍に圧勝すると、見出しに変化が現れ、
”蔣総司令官、苦戦す”
となり、次いで大陸を全面的に失うや、新聞の見出しは、一気に、
”蔣介石、命からがら、夫人と共に台湾へ逃亡す”
となった。(p20)

 

敵愾心
 緒方良庵は、頑固な漢方医者だった。
 彼は、明治と新しく世の中が変わっていくにつれ、西洋医術がどんどん伸びて来るのを、にがにがしく思っていた。
 或る日、良庵は往診の帰り、あやまって崖から転げ落ちて、足を一本折った。
 村人は、早速彼を最寄りの西洋医の病院へ運んで行き、手あてを受けさせた。
 病院の医者は、良庵の足に適切な処置をし、薬をくれた。
 自宅に運ばれて帰った良庵に、村人はこうきいた。
「先生、足が折れたというのに、その治療中、あんたは、ひとつもうめき声を上げなかった。
 なんで、その痛みに耐えられたのか、私どもは、みな不思議に思っとるのです。
 なぜですか?」
ときいた。
 すると、良庵は胸を張って答えた。
「まさかお前たちは、ワシがあんな西洋医学のヤブ医者に、折れた方の足を差し出して、治療をさせるとでも思っとるのかね?」(p104)

歳月はニセ物もホン物に変える?
 台北のある骨董品店に、次の様な広告が店頭に貼ってあった。

一、当店の全骨董品は、百分の二十が本物で、百分の八十が贋物です。
 如何にその二割しかない本物を掘り当てて行くかは、お客様の手腕――鑑識眼にかかっており、それはまたお客様が一朝にして、富豪の仲間入りをするか、しないかの境目にあります。
 従って、当店はあくまでもお客様が、その掘り出し物によって、一日も早く富豪になられる様、祈るとともに、協力を惜しみません。
二、これにより、お客様が幸運を摑まえた暁には、決して当店のことをお忘れなく、今後とも益ます御贔屓のほどよろしくお願い致します。
三、だが、若し、運悪くニセ物をお求めになられたとしても、失望することなく、それな俗に言う”旅のお笑い草”と思って、そのタカラを大事に、お宅の床の間にでも飾っておきましょう。
 幾十、幾百年かの星霜を経た後、そのニセ物も”浮世”という複雑怪奇な人間世界の塵を吸い取り、ホン物の骨董品として、何時の間にかその真価を身につけるは必定、貴方の子孫にとっても、かけがえのないタカラと衣がえすることは、後世の人々が必らず証明してくれることでありましょう。             店主敬白(p174)

 

・ジョークとは言いがたいが、こんな話も載っている。長いが全部引用しておく。

この道はいつか来た道
 戦後間もなくのことである。
 神国日本が敗退したので、国府は、その後を受けて、台湾の新統治者となっった。
 だが治政は乱れ、台湾派蜂の巣をつついた様な騒ぎとなり、人々は、この前後二つの政府に、バラ色の夢を託したことを悔いた。
 働けど、働けど、そのくらしが猶楽にならざるとき、人々はジーッと手をみる外に、神仏という、唯一の庇護所を求めたのである。
 斯くして、寺廟は盛え、神様業者は、”わが世の春”を謳歌するに至った。

 そのアリサマをみて、アルコトを思いついた、シタタカな男がいた。
 そのとき、彼は辺鄙な或る地方の一郡長であった。
 彼は、人々が寺廟に明け暮れている時、彼が役所の集会所の奧に、一段と輝く神棚をつくり、その中に、恐れ多くも、蔣介石(オカミ)の銅像を安置したのである!
 それからの郡長は、人が変わった様に、その神格化せる銅像を、朝夕拝む様になった……。
 彼の敬虔な姿を見たその地方の特務たちは、感動し、部長の忠誠心を国府(おかみ)に報告……。
 ほどなく、
「誠に殊勝の至りである……」
とて、雲上からオゴソカナ声がかかり、郡長は異例の昇進を遂げたという。

 P.S.
 それから二十年がたち、そのシタタカな男(ヤツ)を訪問した日本のフリーライターに、かつての郡長、今は部長(大臣)席にフンゾリ返っているその人は、イタズラッポク片目をウインクしながらいった。
「ハイ……
 歴史は繰り返される、といい、
 この道はいつか来た道、
 デスカラネ……」
と、傍(そば)に置いてある金庫から、大事そうに桐の箱を一つ取り出すと、
「わたしは、戦前、この箱の中に入っている人の御神影を,朝夕拝んで、当時の特攻から、格別に目をかけて貰った経験を活かしたまでです」
といって、未だに汚れのない、昭和天皇の写真を、一枚取り出して見せてくれた。(p179)

 

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