« JB67 放送作家のジョーク集2  | トップページ | JB68 英語のジョーク6 »

2017年9月25日 (月)

京都で会津

 最近の週刊文春に、某政治家がらみで会津小鉄会の名前が出てきた。有名な暴力団である。昔、初めて名前を見たときには、「会津」というから福島県あたりの暴力団なんだろうと思った。京都が本拠地で、幕末から明治維新の頃に有名だった侠客の親分「会津の小鉄(あいづのこてつ)」に由来する名前だと知ったのは、ずいぶんたってからのことだ。
 侠客の名前に地名がかぶさるのは、「清水の次郎長」や「吉良の仁吉」のように、出身地や根拠地だと思っていたが会津の小鉄は、幕末に京都守護職として京都の治安維持にあたった会津藩のもとで、人足の口入れ屋をやっていたことからきているそうだ。

 何年か前京都へいったとき、黒谷の金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)へ行った。幕末に会津藩の本陣があったところである。

Photo_4

 ここには「會津藩殉難者墓地」があって、そこに会津の小鉄の墓もあるそうだが、このときは腰痛を発症してしまったので、そこまでは見られなかった。
 帰ってしばらくたってから、飯干晃一の『会津の小鉄』という小説を読んでみた。

Photo

Photo_2              (1986、角川文庫)

 カバーの袖にはこうある。

 幕末から明治維新にかけての動乱の時代。関東の大前田英五郎、東海の清水次郎長と並び称された大侠客会津の小鉄―血なまぐさい事件が頻発する京都で、会津藩部屋総取締役となった小鉄は、徳川の“葵の紋”と近藤勇に己の生命を賭けていった。多くの手下をつかい池田屋襲撃の手引きなどで暗躍し、その侠名を轟かせた。
 だが、ついに訪れた“葵の紋”の落日、幕府の崩壊は、激しく生きた小鉄自身の落日でもあったのだ…。丹念に資料を掘り起こし取材して侠客の生涯を描いた著者会心の傑作史実小説。

 飯干晃一は『仁義なき戦い』などのヤクザもので有名な作家である。会津の小鉄を、幕末の動乱の時代を自分の信念に従って生き抜いたヒーローとして、痛快に描いている。おもしろく読んだ。
 エンターテインメント小説である。侠客賛美だなんだと言ってもはじまらない。それに幕府や藩の動きなどの史実については、丁寧に調べて書かれているようだ。幕府や会津の側から歴史を見たかたちにもなっている。

 金戒光明寺には会津藩士1,000名が駐在し、その活動や生活を支える「会津部屋」が置かれた。今で言う兵站―ロジスティックス部隊というところか。その会津部屋の総元締めがやはり侠客の大垣屋清八(大澤清八)で、上坂仙吉(こうさかせんきち)は、その下の総取締りだった。以来、上坂仙吉は「会津の小鉄」と呼ばれるようになった。
 「小鉄」の方は、身体が小さかったからという話と、近藤勇と同じく「虎徹」の名刀を愛用していたからという話があるようだ。
 上方でヒットしたという初代京山幸枝若の浪曲では「本名上坂仙吉は、さした刀が長曽禰虎鉄、部屋と刀があだ名となって…」と歌われている。(https://www.youtube.com/watch?v=eGKZwoXSsSs&t=184s

 また金戒光明寺のHPの「会津藩と黒谷と新選組」というページには、会津の小鉄について次のように書かれている。

會津藩が鳥羽伏見の戦いで賊軍の汚名を着せられ戦死者の遺体が鳥羽伏見の路上に放置されていたのを子分二百余名を動員し、迫害も恐れず収容し近くの寺で荼毘に付し回向供養したという。以後も、小鉄は容保公の恩義に報いんが為に黒谷會津墓地を西雲院住職とともに死守し、清掃・整備の奉仕を続けたという逸話が残っている。(http://www.kurodani.jp/roots/index.html

 これは清水の次郎長が、明治元年に、幕府の軍艦が清水港内で攻撃を受け沈没させられたとき、政府の意向に逆らって、湾内の屍体を拾い集め、手厚く葬ったという逸話に匹敵する。
 そういえば阪神淡路大震災のとき山口組が炊き出しをやったという話もあった。これを含めて日本ヤクザの三大義挙というのは言い過ぎだろうか。

 現在の暴力団会津小鉄会というのは、幕末の会津小鉄からの直接の継承ではなく、途絶えたものを名称復活させたものらしい。
 NHKの大河ドラマ「八重の桜」は幕末の会津藩をあつかったドラマなので、会津の小鉄も出てきたかと思ったが、出てこなかったようだ。ただ会津部屋元締め大垣屋清八は出ていて、松方弘樹が演じたという。(わたしはこのドラマはほとんど見なかった。)
 この大垣屋清八の養子大沢善助は、同志社の新島襄から洗礼を受けてクリスチャンとなり、組稼業は会津小鉄に譲ったという。のち大沢商会を起こし、京都電鉄社長や京都府議会議長にもなった。こちらも八重の桜には出てきたらしい。
 足を洗い、出世した方はいいけれど、さすがに現役暴力団の名前は出すわけにはいかなかったということか。

 

 

|

« JB67 放送作家のジョーク集2  | トップページ | JB68 英語のジョーク6 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 京都で会津:

« JB67 放送作家のジョーク集2  | トップページ | JB68 英語のジョーク6 »