« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月

2017年10月26日 (木)

只今旅行中

 10月25日から29日まで旅行中です。

 無事帰ったらまた報告します。

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月23日 (月)

稀に見る

 今月わたしは満七十歳になった。
 七十歳は古稀と呼ばれる。杜甫の「曲江」という詩の「人生七十古来稀なり」という句からきている語だという。
 きっと、七十まで生きるのは古来稀で貴重なことだ、ありがたいとか書いてあるんだろうと思っていたが、読んでみたら違っていた。
 曲江というのは池で、長安にあった景勝地だそうだ。

 曲江  杜甫 

朝囘日日典春衣
毎日江頭盡醉歸
酒債尋常行處有

人生七十古來稀
穿花蛺蝶深深見
點水蜻蜓款款飛
傳語風光共流轉
暫時相賞莫相違

朝(ちょう)より回(かえ)りて日日(にちにち)春衣を典(てん)し
毎日江頭に酔を尽くして帰る
酒債 尋常 行処(こうしょ)に有り
人生 七十 古来稀なり
花を穿つ蛺蝶(きょうちょう)は深深として見え
水に点ずる蜻蜓(せいてい)は款款(かんかん)として飛ぶ
伝語す 風光共に流転して
暫時相(あい)賞して相違(あいたが)うこと莫らんと

 くだいて言うと、

 朝廷の勤めから戻るつど、毎日春着を質に入れて、曲江池のほとりで酔っぱらってから家に帰る。
 酒代の借金はあちこちにあるが、どうせ人生七十まで生きることは滅多にない。
 チョウチョは花の蜜を吸い、トンボはのんびり飛んでいる。
 わたしも自然に調子を合わせてお互いに楽しくやろう

というような意味なのである。
 わたし流に解釈すると、どうせ人生70年、飲み屋のツケなんか気にせず、好きなように酒を飲んで気楽にやろう
という詩なのだ。
 なるほど。もう古稀になってしまったんだから、後はもう酒だけ飲んでいればいいんだと杜甫は言っている――わけはないか。杜甫は五十九歳で死んでいるから、七十歳になってどう考えたかはわからない。

 「古来稀なり」で思い出したのは、ちばてつやのマンガ「のたり松太郎」。
 怪力で粗暴かつ無教養の坂口松太郎が相撲部屋に入門、素質はあるが稽古は嫌い、気ままな
行動で相撲界に波乱を巻きおこす、というストーリー。
 ビッグコミックで1973年に連載だそうだから40年以上前になる。ちゃんとは覚えていないが、おおよそこんな話だった。
 松太郎が幕内に上がった頃、スポーツ新聞にその素質を「まれに見る」と書かれた。それを読んだ松太郎は「まれに見るだと!」と怒り出した。俺ほどの才能はめったにいない。それを「まれに見る」とはなんだ!。つまり松太郎は、「まれに見る」を「よくある」という意味だと勘違いしていたというわけだ。
 なぜこんな場面を覚えているかというと、わたしは最初なんで松太郎が怒っているかわからず、その後の兄弟子の「あいつ勘違いしてる」というセリフでようやくわかって、なるほどと大いに納得したからだ。
 こういう表現はたしかにわかりにくい。「稀に見る」というのは見るのか見ないのか。「未だかつてない」は、あるのかないのか。子供のころ、考えているうちによくわからなくなったことがあった。
 「未曽有(みぞう)」を「みぞうゆう」と読んだ大臣もいた。これは「未だ曽て有る」ではなくて「未だ曽て有らず」だから「いまだかつてない」と同じなのに、「有」の文字で迷わされる人もいるだろう。

 きっと作者のまわりでこんな勘違いがあったに違いないと想像し、印象深かった。

 その「稀に見る」はずの古稀がちっとも稀ではなくなった。最近の平均寿命は男で81歳くらい、女は87歳くらいである。百歳だって古来稀とは言いにくい。百十歳くらいでようやく「古稀」と言っていいように思う。
 昔、「年齢ゴムひも換算」というのがあった。平均寿命が伸びたのを、ゴムひもを引っ張って延ばしたように考える。昔の平均寿命が40歳、今は80歳とすれば、今の40歳はちょうど半分だから昔の20歳くらいだという話である。
 わたしが物心ついたころの昭和30年の男の平均寿命は64歳弱で、現在は81歳くらいである。だから今の40歳の男は、ゴムひも換算すると、64×40/81=31歳 ということになる。これは気持ちがいい。50歳になっても 64×50/81=39.5 歳である。まだ若い、人生これからだという気になる。
 しかし70歳になると、64×70/81=55.3歳。 55歳ならまだ若そうだが、昔でももう定年だ。それに平均寿命まで残り9年だから、現在の残り11年とそんなに変わらない。やっぱり年寄りだ。平均寿命に近づいてくるとゴムひも理論も気休めにならない。 

 70歳になったら身辺整理をしようと、何年か前には思っていたが、いざなってみると、なかなか手をつける気になれない。きちんと片づけて死ぬ人はきっと「稀に見る」だろうから、稀でない70歳は、しばらくこのままでいいことにしておくか。

 


 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年10月19日 (木)

枝野を見に行く

 衆院選は現在、自公大勝、希望尻すぼみ、立憲民主躍進と予想されている。
 立憲民主の枝野党首がやってくるというので、10月16日雨の中を、大船駅東口まで行ってみた。
 駅の前は、これまでここでは見たことのない人だかりになっていた。広場などない。ただの階段下の狭い空地が会場で、雨が降っているからみんな傘をさしていて、よくわからない。

Dscf6595
 ショッピングモール2階のデッキ通路へ行ったら、カメラを持っていたせいか、親切に場所を変わって写真を撮らせてくれた人がいた。ようやく様子がわかった。真ん中の白いジャンパーが枝野幸男氏、隣の黄色いのが立憲民主党神奈川4区の候補者早稲田夕季氏である。

Dscf6592_2
 また下へ降りて、道路の向こうの商店の軒下で演説を聴く。ときどき群衆の隙間から枝野氏の顔が見える。 
Photo

 狭いうえ、雨は降るし、音響もよくない。聴衆に良い状況とはいえなかったが、人は増えこそすれ減らない。寒いくらいのせいか熱気は感じなかったが、集中して演説を聞いている人が多かった。電車に乗り降りする人は通路をふさがれてたいへんだったろう。

 ここでの演説内容については、ちょうど産経ニュースに「【衆院選】「格差拡大、貧困深刻」立憲民主の枝野幸男氏が神奈川県でアベノミスク批判」という記事があった。

 新党「立憲民主党」の枝野幸男代表が16日、神奈川県鎌倉市のJR大船駅東口で応援演説を行った。冷たい雨が降る中、集まった約600人の聴衆を前に、枝野氏は「格差が拡大し、貧困が深刻化している。長時間労働や過労自殺を見逃し続けたから社会は不安定になった」とアベノミクスを強く批判した。

 続けて安保法制と集団的自衛権が採決されたことを上げ、「民主主義の本当の意味は、主権者である国民が多数決で決めるということ。立憲主義を今さら言わなければならないのは、本当にみっともない」と切り捨て、「草の根からの民主主義と経済の再生、社会を下から支えて押し上げる、新しい選択肢を掲げているのが立憲民主党だ」と、支持を求めた。

 また、「急がなくてもいい大型公共事業に回している税金を、いま急がなければならない介護や保育に回すべきだ」と訴えた。http://www.sankei.com/politics/news/171017/plt1710170006-n1.html

 枝野氏は声がよくて演説がうまい。落ち着いた口調でよどみなくはっきりしゃべる。難しい漢語が少なくて内容もわかりやすい。激烈な口調で煽るようなこともしない。
 惜しむらくは、まじめ一方でユーモアに欠ける。優等生の模範的な作文を聞かされているような気がしないでもない。リアルな政治の世界でどこまで通用するかと、ちょっと心配になる。

Dscf6602
 演説終了後、大船の街の練り歩きが始まった。わたしも握手してきた。
 雨の中、たくさんの人がついて歩いている。枝野の街頭演説にはどこでも大勢集まっているという。民進党が分裂したことで、これまでずっと右側勢力に押さえつけられていた左バネが少し戻り始めたというところか。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年10月16日 (月)

予約後九カ月

 こんなニュースが流れている。

Photo_2

  文藝春秋の社長が、図書館で文庫を貸し出すのはやめてくれ、文庫本の売り上げに影響がある。文庫本ぐらいは自分で買って欲しいと訴えたということだ。
 しかし今図書館で文庫を読んでいる人たちが、図書館に置かなくなったら新刊の文庫を買うようになるのかどうか、きわめて疑問だ。
 文庫に出版社の収益がかかっているというが、名作を文庫にするという昔のやり方を変えて、新刊を名作駄作関係なしにすぐ文庫にしてしまうようにしたのいったい誰なのか。
 そもそも文庫に限らず本が売れなくなったのは、スマホなどの普及とか少子化とか他の理由の方が大きいのではないか。

 図書館のおかげで本の売上が減るという主張は以前から繰り返されてきた。
 特にベストセラー小説などは、殺到する市民からのリクエストに応えるため、図書館が何十冊も買い込んで提供することから「複本問題」と呼ばれて、昔から問題にされてきた。
 横浜市は18区あって図書館も18あるが、渡辺淳一の『失楽園』がベストセラーになったころには、横浜市の図書館全部で上下100組以上所蔵していることが取り上げられた。けしからん、図書館は無料貸本屋かと問題になった。(これには「あんなエロ小説を!」という話も付随していたと思う。)

 ちょうど今月の6日、近所の地区センターから、わたしが図書館に予約しておいた本が届いたという連絡があった。
 横浜市の図書館は便利になって、インターネットで予約ができ、場所によっては図書館以外の近所の施設まで配達もしてくれる。わたしは喜んで利用させてもらっている。
 今回届いた本は、宮部みゆき『三鬼』(日本経済新聞出版社、2016)である。

Photo
 宮部みゆきの新刊はたいていベストセラーリストに入る。図書館でも人気だ。
 この本の刊行は2016年12月9日でわたしが予約したのは2017年1月8日だった。このとき予約の順番は601番、つまりわたしの前に順番を待っている人が600人いたわけだ。それが順々に消化されて、ようやくわたしの順番が回ってきたのは2017年10月6日。約9カ月かかったことになる。長い。
 わたしが予約を入れた時点では、横浜市の在庫は全市で14冊だったが、現在の在庫をみると45冊に増えている。予約リクエストに応えるために増やしたものだろう。ちなみにわたしが借りた後の現在でも500人以上の待機者がいる。

 この45冊の在庫は多いか? 45冊ずらっと並んだところを想像するとずいぶん多そうだが。横浜市の人口は(平成29.10.1推計)3,733,234人。人口当たりにすると、3,733,234人÷45冊≓82,961人に1冊。約83,000人ぐらいの都市を調べてみると、秋田県大仙市、熊本県天草市、兵庫県豊岡市、埼玉県行田市といったところが並ぶ。
 これらの都市の図書館に新刊の宮部みゆきを1冊購入したとして、それは問題になるようなことだろうか。借りる方だって9カ月待つのだ。図書館の役割とか存在意義を考えてみれば、許容範囲というか、あたりまえのことではないか。
 出版社だって、図書館に1冊も本が置いてない作家より、たくさん置いてある作家の方が売れるのではないか。
 

 出版社の理屈でいくと、図書館が貸し出さなければ『三鬼』は、これまでに横浜市で約600冊余計に売れていた筈であり、予約残りの分も含めれば千冊以上の売れ行きを逃した、図書館はけしからんということになる。
 しかし前にも書いたように、これらの読者が全部、図書館になければ自前で買ったかどうかはきわめて疑問だ。図書館で借りられるから読んでいるという人が多いのではないか。
 わたしは買わない。この本の定価は1,800円。宮部みゆきは好きな作家だけれど、新刊が出る都度買い込むほどではない。それに現在では新刊から3年くらいで文庫に入る。文庫に入る頃には、単行本はブックオフで100円で売っていたりもする。財布と相談すれば、少し待ってから読もうということになる。
 文庫が出版社の収益の基礎だからという話には、3年くらいの短期間で売れそうなものはみんな文庫に入れてしまうからじゃないかと言いたくなる。
 本が売れない売れないと言いながら、都心の大型書店へ行くと、やたら売り場面積が広くて、色とりどりのいろんな本が所狭しと並べられ積み上げられている。めまいがするくらいだ。最近は鞄だのなんだのいろんなオマケ付きの雑紙まで出ていて驚く。手を変え品を変えこれだけの点数を出版し続けていて、売れないから出版不況だ、図書館はなんとかしろというのはお門違いだろう。
 図書館で本を借りる理由には、本を買い続けていると家に置く場所がなくなるということもある。たまった本を紐で縛って廃品回収に出したり、ブック・オフのような店に持っていったりしていると、図書館で借りられるならそちらの方がいいということになってくる。
 本の好きな人はいろんな事情がある中でやりくりしながら本を読んでいる。その中で出版社も、どのようなかたちで本を届けるか、考えていくしかないだろう。一方的に、こちらの栓を閉めてしまえば向こうの蛇口からたくさん出てくるというわけにはいかない。

 出版社の話ではないけれど、著作権について内田樹が書いた文章を引用しておく。無償で読む読者が増えれば有償で読む読者も増えるだろう、という話だ。
(内田樹の研究室「読者と書籍購入者」から)http://blog.tatsuru.com/2009/01/07_1103.php

------------------------------------------

もの書く人間は「購入者」に用があるのか、「読者」に用があるのか。
私は「読者」に用がある。
読者の中には「本を購入しない読者」がいる。
図書館で読む人も、友だちから借りて読む人も、家の書架に家族が並べておいた本を読む人も、ネットで公開されたものを読む人も、さまざまである。
どれも「自分では本を購入しない読者」たちである。
だから、彼らの読書は著作権者に何の利益ももたらさない。
けれども、おそらく「本読む人」の全員はこの「本を購入しない読者」から、その長い読書人生を開始しているはずである。
私たちは無償のテクストを読むところから始めて、やがて有償のテクストを読む読者に育ってゆく。
この変化は不可逆的なものであると私は考えている。
私たちの書架にしだいに本が増えてゆくにつれて、そこにはある種の「個人的傾向」のようなものがくっきりと際だってくる。
書架は私たちの知的傾向を表示する。それは私たちの「頭の中身の一覧表」のようなものである。
だから、「本読む人」は必ず「個人的な書架」を持つことを欲望する。
その場合書架に並べられるのは、おおかたが購入された書物である。
図書館の本や借りた本やネットで読んだ本はそこにずっと置いておくことが出来ないからである。
もし物を書く人間に栄光があるとすれば、それはできるだけ多くの読者によって「それを書架に置くことが私の個人的な趣味のよさと知的卓越性を表示する本」に選ばれることであろう。
「無償で読む読者」が「有償で読む読者」に位相変換するダイナミックなプロセスにはテクストの質が深くコミットしている。
「この本をぜひ私有して書架に置きたい」と思わせることができるかどうか、物書きの力量はそこで試される。
原理的に言えば、「無償で読む読者」が増えれば増えるほど、「有償で読む読者」予備軍は増えるだろう。
だから、ネット上で無償で読める読者が一気に増えることがどうして「著作権者の不利」にみなされるのか、私にはその理路が見えない

-----------------------------------------

 宮部みゆき三鬼』は期待にたがわず面白い本だった。
 江戸は神田の商店のお嬢さんが、奇怪な体験をした人たちから話を聞き取っていく「百物語」シリーズの第四巻。怪談話が民話のような風景を思い起こさせる。
 おすすめします。お金に余裕のある方はどうぞ新刊を購入してお読みください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017年10月12日 (木)

JB70 ロシア・ソ連のジョーク集3

 ロシア・ソ連のジョーク集は意外にたくさん紹介している。

17 ロシア・ジョーク集JB05 実日国別ジョーク集2/3
90 ジョーク「ロシア革命史」JB23 ロシア・ソ連のジョーク集 1/2
91 スターリン・ジョーク(      〃     ) 
92 マンガとユーモアでみるソ連(   〃     )
93 ロシアより笑いを込めて(         〃     )
94 大笑い!ソ連激烈ジョーク集JB24 ロシア・ソ連のジョーク集 2/2) 
95 ロシアのユーモア (     〃      )
96 ロシアン・ジョーク (     〃      )

 それだけロシアでは「アネクドート」と呼ばれるジョークが盛んだということだろう。さらに一冊を追加する。

 

219 頭でわからないなら尻(ケツ)で理解しろ!

Photo
    (書名)頭でわからないなら尻(ケツ)で理解しろ!
                     爆笑ロシア・ジョーク集

      (著者)  松澤一直
      (出版者) KKベストセラーズ
      (形状)     新書
           (講談社選書メチエ)
      (頁数)     206
      (出版年)   2008/02/20

・ソ連時代のジョークから現代ロシアのジョークまで、社会情勢の解説を交えながら紹介している。

・本のタイトルは「ロシアは頭では理解できない」という有名な言葉をもじったもの。
 こんなジョークもある。

英雄の正体
 ドイツ軍の捕虜となったアメリカ人兵士とロシア人兵士が、並んで銃殺されることになった。最後の瞬間が近づいたとき、ロシア人はアメリカ人にささやいた。
 「俺の尻(ケツ)を思い切り蹴飛ばせ」
 訳がわからぬままにアメリカ人が言われたとおりにすると、ロシア人はドイツ人たちに飛びかかり、銃を奪い取ると、皆殺しにしてしまった。
 安全な場所にたどり着いたのち、アメリカ人が訊ねた。
 「なぜ尻(ケツ)を蹴飛ばせと頼んだんだ?」
 「俺たちロシア人は、誰かに尻(ケツ)を蹴飛ばしてもらわないと自分からは何もできないんだよ」(p15)

 

無理な注文
 ブレジネフがチェコスロバキアを訪問。歓迎セレモニーで国際儀礼に従い、空砲が発射された。一発目の後、二発目が鳴り響いたのを耳にした老婆が警備の警官に訊ねた。
 「あの銃声はなんだい?」
 「ソ連から共産党の書記長が来たんだよ」
 「一発目で命中させることはできなかったのかね?」(p116)

ささやかな援助
 九月一一日の参事の翌日、プーチンがブッシュに見舞いの電話をかけた。
 「ペンタゴンも被害を受けたようですね。重要な機密書類で失われたものがあったら、おっしゃってください。私どもの手元にはコピーがありますから、いつでもお送りできますよ」(p136)

・本書によれば、ソ連崩壊後に発生した、学問や教養のない民間企業の成金たちを「新ロシア人」と呼ぶそうだ。

 

知らぬが仏
 新ロシア人が宝石店に来て言った。
 「十字架型のネックレスで金の量が一番多いやつを見せてくれ」
 「こういうものがございますが?」
 「よし、これをもらおう。だけど、十字懸垂をしている体操選手の像がくっついているのはなぜなんだ?」(p156)

 

気づいてよかった!
 初めてロンドンにやって来た二人の新ロシア人が、二階建ての観光バスに乗り込んだ。
 二階に上がった一人があわてて駆け下りてきて言った。
 「おい、二階はだめだ! 運転手が乗ってないぞ!」(p157)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 9日 (月)

小池出馬は?

 床屋政談は忙しい。10月1日に「フリン解散」を書いたあと、10月2日には立憲民主党ができた。この間の民進党の候補者を選別排除する動きから、希望の党の人気にも翳りが出てきて、当初の安倍対小池の政権選択選挙にはならなくて、民進党が解党しただけで、結局自公は過半数を維持しそうな勢いになってきた。
 わたしが必ず出ると予想した小池知事の衆院選出馬も見送り、という雰囲気になってきた。  
 選挙の方は、希望の党独自の候補者は中身がなくて風頼みばかり。民進党からの候補者は、もともと危ないから逃げてきた人が中心だから、どれほどの成果が上がるか疑問が残る。どれだけの風が起こるか不安だ。
 都政を放り出したという批判を避けるためには、それなりの後継者を立てなければならない。それも地味な元官僚などではなく、取り沙汰された野田聖子代議士クラスの有名人でなければならない。それが見つからない。
 ここでさらに風を起こすためには知事自身の出馬が必要だが、このまま出馬して、選挙に大勝ちできなければ最悪の結果になると読んだのか。一歩引いて、知事の座を確保したまま、選挙結果を見ての合従連衡に賭けようということだろう。

 しかしこれは甘い。今出馬しなければ小池旋風は次第に衰え、選挙結果もぱっとしないだろう。
 その後の合従連衡といっても、少ない議員では大きな力は持てない。その議員も元民進党の面々が中心になるだろうから、都民ファーストのような素人集団と違って、そうそう小池知事を畏れ敬ったりはしない。威令は行き届かず、早晩また選別排除が起こり分裂する。
 小池知事、自分の力を過信しているのではないか。外面をつくろうことはできても、組織の地道な運営のような面倒な仕事は苦手なようだ。
 東京都政についても、豊洲・築地がどうなるか。都庁の役人をうまく使っているようには思えないところへ、今回の件でメッキが剥げてきて「面従腹背」が増えそうだ。さらに「ファースト造反者」が出た都議会は今後どうなるか。造反者がさらに増え、自民党の抵抗が強くなることが予想される。
 現在は、誰かにあとの面倒を託して逃げ出す絶好の機会だ。
 だから、わたしはまだ、明日10日、衆院選に突然比例区一位で出馬するのではないかと思っている。そうしなければ、この後は小池知事の没落の始まりとなるだろう。
 床屋政談、衆院選の怪の巻。はたしていかがなりますことやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 5日 (木)

JB69 指導者たちのユーモア2

 JB25 指導者たちのユーモアで紹介した「88 『指導者たちのユーモア』(村松増美、1996、サイマル出版会)」の改訂版のような本があった。

 

218 秘伝 英語で笑わせるユーモア交渉術

Photo
    (書名)  秘伝 英語で笑わせるユーモア交渉術
      (著者)  村松 増美
      (出版者)  日本経済新聞社 
      (形状)     文庫
      (頁数)     237
      (出版年)   2003/03/ 01

・巻末に『指導者たちのユーモア』をもとに構成し、1章は「ダイワアーク」(大和銀総合研究所)の連載「ユーモアの花束」中心にまとめたものとある。

・その第1章ではジョークを独立した小ばなしとしてではなく、文章の中に溶け込ませてある。

・ジョークではないが、英語のダジャレ。
 アメリカには今でもプロペラを手で回してスタートさせる昔の飛行機があって、そのスタートのやり方を「ヘミングウェイ・スタート(Hemingway start )」というそうだ。なぜか――プロペラを手で回してエンジンに点火した瞬間、すぐ腕を引っ込めないと「Farewell to Arms 」になるから。(p40)
 蛇足だが、”Farewell to Arms”は邦訳「武器よさらば」で、”arm” には「腕」と「「兵器」の二つの意味がある。

・トルーマン大統領の机上には"The Buck Stops Here"という銘が置いてあった。
 "buck"というのは口語で「責任」のことで、 "pass the buck to ~" は[~に責任を転嫁する」 つまり「たらいまわしもここまで」、ここで責任をとる、ということ。
 歴代の大統領のうち、政策の失敗を前任者のせいにしなかったのは、初代大統領ジョージ・ワシントンだけだったとも言われているそうだ。(p72)

 

一番大事なもの(仮題)
 天国で5人のインテリが、「人生にとって一番大事なものはなにか?」という議論をしていたと想像してください。まずモーゼが、自分の頭を指差し、「一番大事のは、ここだ」と、「つまり「理性」(reason)だと言いました。するとイエス・キリストが、「いや、モーゼよ、それは違う。一番大事なのは、ここだ」と自分の胸を指差しました。 Heart 、つまり「愛」(love)だと言ったのです。
 次にカール・マルクスが、「それは違う、大事なのはここだ」と自分の腹を指します。
「胃袋」つまり「物質主義」こそ、というわけです。次いでシグムント・フロイトです。
「みんな違う、一番大事なのは腹のそのまた下だ」と指をさします。なるほど、人間の行動のすべてを「性」の衝動で説明しようとした人でした。
 みなの意見を制して、アルバート・アインシュタイン博士が、「みな違っている。万事は[相対的]である」( You are all wrong. everything is relative.)と宣言して、議論は終わった。(p46)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 2日 (月)

フリン解散

 9月28日に衆議院が解散。解散が本決まりになってから、あっという間に、誰も予想しなかった安倍対小池の政権選択選挙という話になってしまった。

170929
 床屋政談として、今後の見通しについて一言あるべきところだが、こんなことになるとは思っていなかったうえ、民進党の希望の党への合流がどうなるとか、まだわからない。安倍首相も解散を決めた時には、今回の選挙が、小池新党との政権選択選挙になるとは考えていなかったのではないか。

 この解散を「国難突破解散」とか「疑惑隠し解散」とか言っているが、わたしは「フリン解散」と呼びたい。

 まず第一に、解散の引き金を引いたのが、民進党山尾議員の不倫疑惑事件だったこと。むろん10月解散説はその前からあったし、安倍首相はずっと機会をうかがっていた。その上で、巷間言われているように、森友・加計問題や北朝鮮のミサイル、民進党の自壊状況などを総合的に判断して、解散を決断したのだろう。
 ただ山尾議員の問題がなく、民進党が前原代表・山尾幹事長の新体制で順調に船出していたとしたら、この時点で解散していたかどうか疑問が残る。山尾問題で民進党は壊滅しそうだ――これが安倍首相の背中を押した、と考えられる。フリン解散だ。

 第二に、これも巷間言われていることだが、解散に大義がない
 不倫というのは本来「人倫にもとること」「人の道にはずれること」であり、これまでの国会の流れを無視して、今なら勝てる、勝ちさえすれば万事OKと自分の都合で解散してしまうのは、人の道にはずれるのではないだろうか。
 金だってかかる。700億円だそうだ。余程のことがなければ四年間隔でいいものを、自分勝手な都合で二年や三年でやるな。税金の無駄遣いだ。
 安倍首相は、森友・加計問題を追及されるのがどうしてもいやだったんだろう。しかしまさか自分の進退が問題になるかもしれない選挙になってしまうとは思っていなかっただろう。人の道をはずれると思わぬことが起こる。

 第三は、小池都知事の都政投げ出し。まだ投げ出していないけれど、投げ出さなければ大勝負はできない。近いうちそうなる。
 豊洲も築地もオリンピックもろくに仕事をしていないのに、絶好の機会到来と、面倒なことは全部放り投げて国政に乗り出す。これも人の道としていかがなものか。
 あっという間に政局の中心に居座ってしまった勝負勘と度胸には驚く。ここまで先導者のつもりでいた若狭議員も細野議員も、「リセット」の一言で単なる「パシリ」にすぎないと全国的に明らかになってしまった。そう言われても若狭・細野両議員は今さら引き返せない。そこまで読んでの発言なのだろう。
 このあたりの動きが鮮やかといえば鮮やかなので、マスコミがちやほやするのだろうけれど、言うことはいつもあいまいで、具体的な中身がない。マスコミも記者会見でもう少し突っ込んでみたらどうか。東京新聞の望月記者との対決を期待する。
 ふつう、自分のことを「AI」だと言い出したりしたら、まわりの人は心配になって病院へ連れて行ったりするもんじゃないか。機械の道は人の道ではない。

 第四はもちろん前原民進党の身売り。希望の党へ金も人も差し上げます。気に入らない人間はお好きなようにお切り下さいは、いくらなんでもひどい。
 戦国時代の大名なら有利な方へ寝返るのも才覚のうちだが、とても民主政党の代表がすることとは思えない。国会議員たちがそろって賛成したのはいかなる理由によるのか。代表も国会議員も、いったい支持者をなんと心得ているのか。せめて、丁寧に説明して、きちんと解党してから、それぞれ右でも左でも好きな方へ行くべきだろう。人の道だよ。
 「トロイの木馬」になるという話もあるようだが、引かれ者の小唄だ。小池勝負師相手にそんな芝居をうてる役者がいるのか。
 ついこないだ横須賀の三笠公園へ行って日露戦争の戦艦三笠を見てきた。東郷平八郎が連合艦隊司令長官に選ばれたのは、「東郷は運がいい」という評判があったからだそうだ。前原は前の代表時の偽メール事件や今回の山尾幹事長不成立を思うと、「持っていない」人じゃないかと思われる。緑のタヌキのおばさんに化かされて、民進党はこれで溶けてなくなりそうだ。

ということで名付けて「フリン解散」。世間には広まりそうにないが、あらためて現今の政治家たちのレベルを思い知らされた。
 床屋政談としては格好の話題で、ネタも豊富だが、素材が悪いので、いい料理には仕上がりそうにない。ちょっと前にはこんなツイッターも流れていた。まったくゴッタ煮だ。

170927

 これを書いたのは10月1日、さてこれからどうなるか。前原代表、ちゃぶ台返しはできそうにない。結局解党になりそうだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »