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2017年10月23日 (月)

稀に見る

 今月わたしは満七十歳になった。
 七十歳は古稀と呼ばれる。杜甫の「曲江」という詩の「人生七十古来稀なり」という句からきている語だという。
 きっと、七十まで生きるのは古来稀で貴重なことだ、ありがたいとか書いてあるんだろうと思っていたが、読んでみたら違っていた。
 曲江というのは池で、長安にあった景勝地だそうだ。

 曲江  杜甫 

朝囘日日典春衣
毎日江頭盡醉歸
酒債尋常行處有

人生七十古來稀
穿花蛺蝶深深見
點水蜻蜓款款飛
傳語風光共流轉
暫時相賞莫相違

朝(ちょう)より回(かえ)りて日日(にちにち)春衣を典(てん)し
毎日江頭に酔を尽くして帰る
酒債 尋常 行処(こうしょ)に有り
人生 七十 古来稀なり
花を穿つ蛺蝶(きょうちょう)は深深として見え
水に点ずる蜻蜓(せいてい)は款款(かんかん)として飛ぶ
伝語す 風光共に流転して
暫時相(あい)賞して相違(あいたが)うこと莫らんと

 くだいて言うと、

 朝廷の勤めから戻るつど、毎日春着を質に入れて、曲江池のほとりで酔っぱらってから家に帰る。
 酒代の借金はあちこちにあるが、どうせ人生七十まで生きることは滅多にない。
 チョウチョは花の蜜を吸い、トンボはのんびり飛んでいる。
 わたしも自然に調子を合わせてお互いに楽しくやろう

というような意味なのである。
 わたし流に解釈すると、どうせ人生70年、飲み屋のツケなんか気にせず、好きなように酒を飲んで気楽にやろう
という詩なのだ。
 なるほど。もう古稀になってしまったんだから、後はもう酒だけ飲んでいればいいんだと杜甫は言っている――わけはないか。杜甫は五十九歳で死んでいるから、七十歳になってどう考えたかはわからない。

 「古来稀なり」で思い出したのは、ちばてつやのマンガ「のたり松太郎」。
 怪力で粗暴かつ無教養の坂口松太郎が相撲部屋に入門、素質はあるが稽古は嫌い、気ままな
行動で相撲界に波乱を巻きおこす、というストーリー。
 ビッグコミックで1973年に連載だそうだから40年以上前になる。ちゃんとは覚えていないが、おおよそこんな話だった。
 松太郎が幕内に上がった頃、スポーツ新聞にその素質を「まれに見る」と書かれた。それを読んだ松太郎は「まれに見るだと!」と怒り出した。俺ほどの才能はめったにいない。それを「まれに見る」とはなんだ!。つまり松太郎は、「まれに見る」を「よくある」という意味だと勘違いしていたというわけだ。
 なぜこんな場面を覚えているかというと、わたしは最初なんで松太郎が怒っているかわからず、その後の兄弟子の「あいつ勘違いしてる」というセリフでようやくわかって、なるほどと大いに納得したからだ。
 こういう表現はたしかにわかりにくい。「稀に見る」というのは見るのか見ないのか。「未だかつてない」は、あるのかないのか。子供のころ、考えているうちによくわからなくなったことがあった。
 「未曽有(みぞう)」を「みぞうゆう」と読んだ大臣もいた。これは「未だ曽て有る」ではなくて「未だ曽て有らず」だから「いまだかつてない」と同じなのに、「有」の文字で迷わされる人もいるだろう。

 きっと作者のまわりでこんな勘違いがあったに違いないと想像し、印象深かった。

 その「稀に見る」はずの古稀がちっとも稀ではなくなった。最近の平均寿命は男で81歳くらい、女は87歳くらいである。百歳だって古来稀とは言いにくい。百十歳くらいでようやく「古稀」と言っていいように思う。
 昔、「年齢ゴムひも換算」というのがあった。平均寿命が伸びたのを、ゴムひもを引っ張って延ばしたように考える。昔の平均寿命が40歳、今は80歳とすれば、今の40歳はちょうど半分だから昔の20歳くらいだという話である。
 わたしが物心ついたころの昭和30年の男の平均寿命は64歳弱で、現在は81歳くらいである。だから今の40歳の男は、ゴムひも換算すると、64×40/81=31歳 ということになる。これは気持ちがいい。50歳になっても 64×50/81=39.5 歳である。まだ若い、人生これからだという気になる。
 しかし70歳になると、64×70/81=55.3歳。 55歳ならまだ若そうだが、昔でももう定年だ。それに平均寿命まで残り9年だから、現在の残り11年とそんなに変わらない。やっぱり年寄りだ。平均寿命に近づいてくるとゴムひも理論も気休めにならない。 

 70歳になったら身辺整理をしようと、何年か前には思っていたが、いざなってみると、なかなか手をつける気になれない。きちんと片づけて死ぬ人はきっと「稀に見る」だろうから、稀でない70歳は、しばらくこのままでいいことにしておくか。

 


 

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コメント

古稀おめでとう。白寿まで元気に、毎日楽しく生きようね。

投稿: Cheope | 2017年10月25日 (水) 16時52分

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