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2017年11月30日 (木)

江南8 西湖を歩く1

西湖を歩く

 さてこの日はここからが大変だった。
 例によってバスを停められないからレストランの駐車場に置いていく。目的の浙江省博物館へは、両先生にはタクシーで行っていただくが、その他は歩くことになった。30分ぐらいかかりそうだというが、帰りはみんなタクシーで帰るということで、歩き始めた。
 有名な西湖のほとりの散歩である。景色も道も悪くはなかった。

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 岳王廟の前を通る。岳飛(がくひ)の墓所である。見たかったが、ガイドのSさんはどんどん先へ行ってしまう。ここは予定外であるらしい。

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Dscf6767 近くには岳飛の像も建っていた。岳飛は南宋の武人である。最近は北方謙三の小説『岳飛伝』で日本でも有名なようだ。
 北宋の滅亡後、中国北部は金の支配下にあり、南宋は杭州(臨安)を都としていた。岳飛は金との戦いで何度も戦功を挙げ主戦派の筆頭であったが、宰相の秦檜(しんかい)は金との講和を進め、岳飛を謀殺した。秦檜は毎年大金を金に貢ぐという屈辱的な和議を結んだ。
 岳飛は愛国の英雄とされ、秦檜は売国奴とされる由縁である。岳飛は背に「尽忠報国」の四文字を刺青していたという。
 後生、岳飛廟内には檻に入れられた秦檜夫婦の像が作られ、見物客が唾を吐きかけたり、叩いたりする習いだったそうだ。今は「唾を吐きかけるな」と看板が出ているらしい。
 その秦檜の像も見たかったのだが、かなわなかった。

 西湖の北岸から孤山という小島にある浙江省博物館を目指して歩く。水面に見えるのは蓮。

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 遊覧船が通り過ぎて行く。

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 西湖は中国四大美女の一人西施(せいし)にたとえられる。 蘇軾(そしょく、蘇東坡)の有名な詩がある。

飮湖上初晴後雨二首 蘇軾 

水光瀲灔晴方好

山色空濛雨亦奇

欲把西湖比西子

淡粧濃抹總相宜

 湖上に飲す 初めは晴れ後雨ふる二首   蘇軾 
水光瀲灔(れんえん)として晴れて方に好し
山色空濛として雨も亦奇なり
西湖を把って西子に比せんと欲すれば
淡粧濃抹(たんしょうのうまつ)総べて相宜し

西子西施。春秋時代の越の美人。呉王夫差に愛され呉の滅ぶ一因となった。

 「淡粧濃抹総べて相宜(あいよろ)し」 化粧が薄くても濃くてもすべて美しいということ。
 日本でも芭蕉が「奥の細道」で
  象潟(きさがた) や雨に西施がねぶの花
と詠んでいる。「ねぶの花」は「「眠り」をかけてあって、これは「象潟の雨に濡れたねむの花を見ていると、西施がなやましげに眼を閉じている姿が浮かんでくる」ということだという。
 ちなみに「ひそみにならう」という言葉も、西施が病気になり眉をしかめたのが美しく見えたのを、醜い女が真似をしたことからきているそうだ。主に他人のする通りに自分もすることを謙遜して言う。
 つまり西施は薄化粧でも厚化粧でも、目をつぶっていても、眉をしかめても美人だったというわけだ。是非一度お目にかかりたい。
 ともかく西湖は晴れて好し雨でも好し。この日の西湖もなかなかよかった。

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 蘇軾が杭州の知事時代に作ったという堤防が蘇堤、白居易の知事時代のものが白堤と呼ばれ、現在もあるが、歩いてきたのはそことは違う。

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 やがて浙江省博物館へ着いた。

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Photo 魯迅紀念館でもそうだったが、入館の際、荷物のX線チェックがあった。ガードマンのような人が立ち会っている。高速道路の料金所でも、大型バスは脇へ行ってチェックされていた。中国ではどこもセキュリティチェックが厳しいようだ。 博物館では土器から陶器、青磁の皿だの壺だのをたくさん見た。相当の量があるから、じっくり見ていると時間がかかる。
 わたしは、なんでも鑑定団に出したらいくらぐらいの値段がつくものかぐらいしか考えることがないから、まあ適当に見た。ここでも同行の人たちは熱心に見ていた。

 

 

 

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