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2017年12月 7日 (木)

江南10 旅のはじまり

第3日(10月27日)

 さて、この日は今回のツアーの目玉、蘇州の漢詩愛好会との交流会と、蘇州大学の教授の講演会があった。これをやるためにこのツアーが組織されたようなものなので、ここでそのはじまりを説明しておこう。
 さらにその前に言っておかなければならないのは、わたしは2年前から小さな漢詩愛好者のサークルに参加していることと、成り行きからその世話人になっていること。会場を確保したり会費を集めたり、会の運営にはあれこれ雑務が必要になる。それををやらされているわけだ。
 そのサークルが所属しているのが神奈川県漢詩連盟で、さらにその上には全日本漢詩連盟もある。そしてこれらの組織の特徴は漢詩愛好といっても漢詩を読むだけでなく、漢詩の創作を活動の中心にしていることだ。今どき? と思う人が多いだろう。そのとおり、連盟内では、われわれは「絶滅危惧種」だという声がよく聞こえる。
 

旅のはじまり
 サークルの例会のあとの飲み会の席上。今年は鎌倉あたりで吟行会をやろうという話から、いっそU村さんに上海を案内してもらったらどうかという話が出た。U村さんは某日中関係団体の委員をされていて中国には詳しい。上海にはしょっちゅう行っている。
 会のメンバーで行くなら漢詩に関するツアーにしたらどうか。「江南の春」のような風景や寒山寺を見に行こうと「江南漢詩ツアー」のアイデアが誕生した。
 さらに、わたしには現在の中国ではどんな人たちが漢詩を愛好しているのか、漢詩はどんな位置にあるのか、という興味があったので、できれば現地の漢詩愛好者との交流会をやろうと提案した。
 しかし中国の漢詩愛好者とどうやってコンタクトをとるか? われわれの会にはとてもそんな力はないが、現地の人たちと李白が好きだ、杜甫がいいという話ができればそれは立派な日中文化交流である。U村さんに力を貸していただけないか? と話は進んだ。
 そのためにまず会の公式行事にしようと例会で提案すると、「日中交流とかいって堅苦しいのはいやだ」という意見や「政治的に利用されることはないか」という疑念も出た。「堅苦しいことはしないようにするから」「政治的なことには関わらない」と説明し、了承を得た。
 県漢詩連盟の公認ももらって、関係団体の後援をいただくことになった。顧問格のS田先生、F田先生にも参加いただき、さらに他のサークルにも呼びかけて総勢13人になった。
 そしてU村さんから、M社を紹介してもらい、ツアーの企画及び現地との交渉にあたってもらった。M社は日中間で翻訳など主に情報サービスをしている会社で旅行業者ではない。S社長は中国人で女性である。
 S社長にはご苦労をかけた。まず現地の漢詩愛好者を探し出してもらわなければならない。蘇州市役所に愛好者団体の紹介を依頼するところから始めたそうだ。それが老人大学に漢詩の教室があるとか、民間の詩社があるという話に結びついていった。
 しかしなかなか話が固まらない。まだかと催促したら、社長に「中国では二週間くらい前になるまで話が決まらないんですよ」と言われたこともあった。経費の面でも無理をきいてもらった。
 最終的に、蘇州の民間漢詩愛好団体であるSR詩社との交流会と蘇州大学のG教授の日本人の漢詩に関する講演会を実施することができ、成功裡に終了した。漢詩のふるさとを尋ねるツアーは他にもあるだろうけれど、今回のツアーは、交流会と講演会のあるオリジナルなツアーになった。U村さんとS社長のおかげである。
 そのU村さんが、直前になって家庭の事情で参加できなくなったのはまったく残念だった。

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 できあがったM社の「旅のしおり」の名簿には、わたしの名前に「団長」の肩書きがついていた。おいおいサーカスみたいじゃないか。
 いつのまにかわれわれは「訪中団」になっていたんだろうか。向こうでは「世話人」と言っても通じないのかもしれない。まあ言い出した責任者ではあるのでやむをえない。
 こうなったら紀行文のタイトルは「団長亭日常」とか「団長の思い」とでもしようか。

蘇州へ
 また朝7:30に杭州のホテルを出発して、蘇州へ向かう。天気はよさそうだがすっきりは晴れない。薄いスモッグのようだ。上海もそうだった。北京の大気汚染が有名だが、その他の大都市もみな同じ問題をかかえているとみえる。
 今日、交流会をやるSR詩社は、M社の情報によると、民間の団体で、漢詩に興味をもっている弁護士、大学の先生、古典文学の研究者、定年退職した教育者などにより構成され、会員は百人未満。漢詩についてのセミナーの開催、漢詩、詞などの創作やコンテストなどの活動を行っている。詩の他に書道、絵画、琴、囲碁などに長けた人も多い、という。
 生活レベルも高そうだし、漢詩のレベルもかなり高そうだ。この情報をきいたとき、S田先生、F田先生のお二人に参加してもらってよかった、と思った。
 わがサークルは漢詩を始めて三年目の初心者ばかりで、漢詩について深い話になったり、漢詩の交換というようなことになると、とても太刀打ちできない。初めての試みなので、そう難しい話にはならないはずだが、お二人にいていただければ安心だ。
 S社長とのおおまかな打合せだけで、細かい進行予定はない。成り行き次第でやるしかない。実際にどんな人たちが来てくれるのか、行ってみなければわからない。
 これが今回のツアーの目的であり、目玉なので、成否に「団長」の責任がかかっている。そう思うとさすがにわたしも緊張した。 

滄浪亭(そうろうてい)
 先方が用意してくれた交流会場が滄浪亭というのもちょっとした驚きだった。わたしが買ったガイドブックにも「蘇州でもっとも古い庭園」として載っている名園である。
  実は行くまで知らなかったが、ユネスコの世界遺産「蘇州古典園林」のひとつなのだという。日本ではなにかひとつ選定される度に大騒ぎしている「世界遺産」が会場だったのだ。
 唐の末期に造営され、北宋時代、11世紀中期に詩人蘇舜欽(そしゅんきん)が買い取って改築した。滄浪亭という名は、有名な屈源の「漁父の辞(ぎょほのじ)」から名づけられた。

      滄浪之水清兮  滄浪の水 清まば
   可以濯吾纓    以って、吾が纓
(えい)を洗うべし。
     滄浪之水濁兮  滄浪の水 濁ら
ば、
      可以濯吾足    以って、吾が足を洗うべし。

 蘇舜欽には、「初晴遊滄浪亭(初めて晴れ滄浪亭に遊ぶ)」という詩がある。大意は、竹内実『岩波漢詩紀行辞典』による。

  夜雨連明春水生  夜雨 明に連って春水生じ
  嬌雲濃暖弄微晴  嬌雲 濃暖 微晴を弄す
  簾虚日薄花竹静  簾虚しく日薄く花竹静かなり
  時有乳鳩相対鳴 時に乳鳩
(にゅうきゅう)有り 相対して鳴く

 夜の雨が明け方まで及んで池の水かさが増した。これは春のしらせの水だ。
 女性がしなをつくるような雲は濃く暖かく、わずかな晴れ間をつくってくれた。
 簾の奥には人の気配がなく日も弱く花も竹もしまりかえっている
 ときおり鳩のひなが親鳥と向き合って鳴いている

 ともかく由緒正しい庭園に招かれたということだ。心して行かねばならぬ。

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