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2019年10月

2019年10月 5日 (土)

台風15号余波

 9月22日(日)のお昼頃、それは起こった。
 家屋のすぐ前の梅の太い枝が折れていたので、それを切ろうとして脚立を置き、電動のチェーンソーを持って脚立に上がった。アルミ製高さ1.8メートルくらいの一般的なものだ。ちょっとぐらぐらしたが、この程度なら大丈夫と、切ろうとしたとき来客があった。
 14日に来たときささやかながらお見舞いを差し上げた近所の方が、わざわざお返しを持って来て下さったのである。脚立から降り、庭の奧にいたうちの奥さんを呼んで、一緒にしばしおしゃべりの後、わたしは再び枝切りに取りかかった。
 先程ちょっとぐらぐらしていたので、脚立の位置を少しずらした。それでもまだ少しガタがあったが、面倒になって、これくらいならいつものこと、許容範囲とした。
 ところが、いざ枝を切ろうとしてチェーンソーのスイッチを入れ、切り始めたところ、脚立がグラッと揺れて、わたしは仰向けに放り出された。
 わ、チェーンソーを離さないと危ない! と思ったときチェーンソーが遠くへ飛んでいくのが見え、これなら大丈夫! と考えた瞬間、わたしは右肩から地面に激突した。グシャ、肩がつぶれた、と思った。
 「大丈夫!」とうちの奥さんと長男が駆け寄って来るが、しばらくは息が詰まって声も出ない。ややおいて、「大丈夫」と答えるが、そのままでは起き上がれず、小さい脚立を脇に持って来てもらい、それに左手ですがってなんとか上半身を起こした。幸い頭は打っ てない。肩は痛い、右腕を持ち上げることはできないが、手の指はちゃんと動く。神経はつながっている。首も大丈夫。肩だけで済んだようだ。

 長男が一緒に来ていなければ、奧さんは車の運転ができないので救急車を呼ぶしかなかったところだが、世間を騒がせずに病院へ行こうと、奧さんと長男に、今日診てくれる病院を電話で探してもらう。今日は日曜日で明日は祝日だ。横浜と違って、医療機関の数は少ない。携帯電話が回復していてよかった。前回のように「圏外」だと救急車も呼べなかった。
 南房総市役所で「館山病院」を教えられて、長男の運転で館山市へ向かう。電話では、専門の医師はいないけれどそれでよければとのことだったが、ほとんど選択の余地はない。
 館山城に近いところで、着いてみるとそこそこ大きな病院だった。ただ整形外科がない。リハビリテーション科があるので整形外科医がまるでいないわけではなく、日曜祝日にはいないということだろう。帰るときパンフレットを見ると、ここは徳州会の系列病院のようだった。
 診てくれた医師は、右肩の鎖骨のあたりがポッコリ突き出ているのを見て、鎖骨が折れているようだと言う。まずレントゲンを撮って、その後CTまで撮った。そのためいろんなポーズをとるのがつらかった。もうちょっと右へずらしてとか、回ってとか言われてもそのちょっとが痛い。肩はもちろんアバラに響いて息がつまるようだった。
 撮影後の医師の話は、やはり鎖骨が折れている、肋骨も何カ所か亀裂骨折をしているようだ。ただ専門ではないので、横浜へ帰るならそちらの整形外科で再度診てもらえ、診断によっては手術になるかもしれないということ。
 緊急に手術とか入院が必要というわけではなく、このままそっとしておいて、休み明けに整形外科にかかれというだけ。
 肩から背中に、サポーターというのかベルトというのか、背中でバッテンになるタスキのような装具を巻いて患部を固定し、後は痛み止めを出します、でおしまい。
 本当にこれでいいのか、専門の医師じゃないからちょっと不安になるが、こちらは大騒ぎで駆け込んできたけれど、ひょっとすると鎖骨骨折など医師の目から見れば、たいしたことではないのかもしれない。ともかくここではこれ以上のことはできないのだからと納得して
帰る。ありがとうございました。

 南無谷へ戻って、庭の後片付けや荷物を積んで、といって、わたしは当然何もできない。ひたすら奧さんと長男におまかせするのみ。わたしの不注意ご迷惑をかけて、まことに申しわけありませんでした。本当に、あのとき面倒がらずに脚立をきちんと安定させていればこんなことはなかった。馬鹿である。
 22日の夕方横浜の自宅着。この22日と23日がちょっとつらかった。痛むのと、これで本当にいいのか、少し不安だった。

 24日(火)、近所の整形外科へ行く。昔ぎっくり腰でかかって以来何かあるとお世話になっていて、現在は骨粗鬆症の治療で通院している。
  写りがよくないからとX線を撮り直しての診断は、鎖骨骨折と肋骨に三本くらいヒビが入っているようだとのことで、館山と変わらず。細かいヒビがどのくらいあるかは写真でもわからないそうだ。
 そしてこれなら手術は必要ないとのこと。写真を見ると折れた骨が上下に重なっているように見えるが、このまま固定しておけば骨が育ってくっつくのだという。外形が左とは少し変わるかもしれないというのは、現在肩の一部がほっこり盛り上がっているのがこのまま残るということだろうか。
 全治まで一か月半から二カ月。装具は館山のものをそのまま使用。痛み止めは館山での分が切れたら出す。電気療法(超音波療法:アクセラスという)がきくから、できれば毎日通院してやるように、ということで、
昨日一日放っておいたのも、特に問題はなかったらしい。「こんな状態で放っておいたから手術するしかない」とか言われるのが一番心配だった。やっぱり医師にとっては鎖骨骨折くらい、たいしたことではないようだ。ほとんど重症扱いされることはなかった。

 明日(10月6日(日))で怪我してから2週間になる。まだ右腕はちゃんとは使えないが、肩もアバラも少し痛みはやわらいだ。装具をつけたまま寝るので、寝返りが打てず、それが苦しくて夜中に目をさましてしまい少々睡眠不足気味で、昼間はテレビの前でうとうとしながらすごしている。朝から晩まで奧さんの世話になりっぱなしで、まことに申しわけありません。
 10月中の予定は全部キャンセルしたが、11月からは予定どおりに活動するつもりでいる。

 以上、台風15号余波、ちょっとした二次災害の話でした。

 

 


 

 

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2019年10月 3日 (木)

台風15号続き

     9月21日に南無谷へ、今回は三連休で休みの長男も一緒に、三人で南無谷へ出かけた。
 まず南無谷海岸の法華崎の様子を見に行ってた。
 「南無谷」の名前は、鎌倉時代に日蓮聖人がこの地から鎌倉目指して船出をしたことに由来すると言われており、航海の安全を祈って法華経を唱えたと言われているのが「法華崎」である。
 海岸に面して立てられた別荘がいくつも並ぶ場所で、見ると、その別荘群は大きな被害を受けていた。下のグーグルの航空写真のように、直接海からの風にさらされる場所である。

 Photo_20191001210801

 上の写真の下の方の二つの青い目印が、下の写真の二つの岩である。海側を雀島、陸側を船虫島という。下の写真では右側が雀島になる。(実は「船虫島」という名前は今回グーグルマップを見て初めて知った。そんなに船虫がウヨウヨしているという印象はないが)

  2019dscf7969

 これも何かおかしい。うまく比較できる写真が見つからなかったけれど、上の樹木がずいぶんさっぱりしているのだ。台風でかなりの木や枝が落ちてしまったものと思われた。台風は景観も変える。

 南無谷のわが家かようやく電気が来ていた。まずはよかった。
 まず折れた枝が庭中に散らばっているのを片づけ、伸び放題の雑草を草払い機で刈り、とりあえず庭の中を歩きやすくして、折れたままぶら下がっている枝の処理に取りかかった。
 折れた枝はチェンソーで切る。朴の木の大きな枝が折れていた。垣根の槙の木もそこら中で折れていた。
 倒れてもう復活の見込みはない木や、復活しなくてもいい木は根元から切ってしまう。グアバや松の木などだ。
 ほとんど倒れたと言っていいほど傾いたビワの木とレモンの木は、まず折れた枝を切ったが、重機でもないととても元のように起こすことはできない。幸い根っこは繋がっているので、傾いたまま上へ枝が伸びてくれることを期待しよう。地面に着いてしまった枝などは切り、整形した。青いレモンがたくさんとれた。

 22日の朝、山側の方の様子を見に行ってみた。
 わが家の前の赤道(あかみち:里道)は、倒木や倒れた電柱でふさがれたままになっている。車の通る道路は住民の動員で、とりあえず通れるように片づけたが、こういう道まではまだ手がまわらないということだ。

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 山の上神社は鳥居が傾いて、石灯籠の笠が落下していた。

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 川には倒木が落ち込んだまま。

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 このあたりの家のおばあさんに話を聞くと、母屋の方には電気が来たけれど、隣の作業場にしている建物にはまだ来てないのだという。ここは個別の配線の問題かもしれないが、山の方へ入れば入るほど電気の回復は遅かったようだ。

 ソテツを栽培している山へ行ってみると、

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 ソテツも、その上の木も根こそぎになっていた。

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 そこら中で、折れた木がぶら下がっていたり

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倒木がそのままだったりしている。千葉県中の山の中が、こんな状態だとすると、片づけるまでには相当の時間がかかりそうだ。この上さらに台風が来ると崩れてしまいそうな箇所もあちこちで見かけた。復興までは本当に大変だ。

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